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   ダイエット倶楽部  


 信じられない―――これが、鏡を見た裕子の素直な感想だった。
 自分なりの理想体重であった45キロをオーバーしてから4年間、どんなに節制してもどんなに運動しても、あの45キロの日々には戻れなかったのに。たとえ多少痩せたにしても、また食べればダイエットする前より更に体重が増えてしまっていたのに。
 今、鏡の向こうにいる自分は、4年前に苦しくてはけなくなったスカートを、一切無理せずに履いている。体重計は、44.5キロを指している。44.5キロになったのは、実際には1ヶ月前だ。あれから、少しは節制しながらも、過激なダイエットというほどのことはしていない。にもかかわらず、44.5キロをキープできたのだ。
 裕子は、ダイエットに成功した。

***

 「ヨーグルトキノコがいいらしいわよ」
 「それより、スパイラルテープのほうが、手軽だし効果あるんだって」

 裕子をはじめ、友人4人も、やはりダイエットをしていた。大学の同じ講座をとる仲間である。
 近頃の5人のもっぱらの話題は、「ダイエット」である。いかにして痩せるか、いかにして体重を減らすか。この話題で喫茶店で2時間は話せるのである。
 裕子1人に絞って分析してみよう。
 彼女が大学に入った2年前から今日までに購入したダイエット関連の本は、実に24冊。その時々で流行したダイエットグッズが当然存在するわけで、それらを購入するのに要した金額は、全部で60万を超える。
 もちろん、本人は60万以上もの金を使ったという自覚はない。なぜなら、先ほど出ていた「ヨーグルトキノコ」にしろ「スパイラルテープ」にしろ、みな単価は安いのである。500円に満たないものまである。が、2年間で塵も積もれば山になるわけで、自覚のないままに60万以上の金が、ダイエットに使われた。
 それでも、裕子の体重は、思うように減らなかった。
 正直なところ、裕子を含めた5人の中で、特に「肥満」というほどの太った女の子は、1人もいない。春の健康診断でも、誰も「太りすぎ」とは出なかったし、洋服のサイズだって標準である。ちょっと食べ過ぎると、Mサイズの服がきついなあ、という程度が、5人揃ってダイエットに熱中しているのである。
 別に10キロも20キロも落としたいわけじゃない。そうでないと健康によろしくない、というわけでもない。彼女たちが好んで使う言葉は、「引きしめたい」である。
 裕子が試したダイエット方法は、そのまま、その時話題になったダイエット方法である。実は、同じ方法を、他の4人も同時に試しており、次のような報告会があったわけだ。

 「ねーねー、今日で1週間たったよね。どおどお? ちょっとは効果あった?」
 「うーん…あたし、あんまし変わらないなあ。さっちゃん、どう?」
 「あたしもお。すこーし引き締まったかなあ、って程度」
 「やっぱし、あの記事、インチキっぽかったんじゃない? 今、どの本にも載ってないじゃん。今雑誌とかでは、ダンベル体操がいいって、どこでも書いてるでしょ」
 「ああ、ダンベルで効率よく脂肪を燃やして痩せる、ってやつね」
 「私あの本買ったー」

 こうして、1つのダイエット方法が「効果なし」の烙印を押されて、世の中から消えていった。そして、今注目の新しいダイエットが、彼女たちによって試されるわけである。
 こうなると、周りから見れば、ダイエットは彼女たちの趣味である。そして、こういう女の子が世の中の大部分を占めていたりするものだから、世の中は「ダイエットブーム」になってしまったのだ。
 書店には「ダイエットコーナー」が設けられ、「ダイエットフーズ」が大量に出回っている。まさしく、ダイエットは一大ブームなのだ。
 裕子は実は、痩せたいという願望以上に、流行に乗り遅れたくない、というタイプの女子大生である。話題になっているおいしいケーキの店で、話題になっている一番カロリーの高そうなケーキを食べながら、今話題のダイエット方法について語る、かなり矛盾した生活をしているのだから、これは痩せたいんじゃなく、流行だからやっているのに近い。他の4人にしても、やはり一緒にケーキをたべつつ、500グラム痩せただの、ウエストが1センチ減っただの言っているのだから、まあ同じようなものなのだろう。
 だが、ただ流行だからやってるだけでもない。切実に、痩せたいという願望はあるのだ。そのほうが服を着ててカッコイイし、男の子にももてる、と思うからだ。
 そこで夏休み、他の4人に差をつけたくて、裕子は努力をした。
 毎日、3食のうち2食をヨーグルトにした。もちろん、砂糖なしのヨーグルトである。どうしてもまずくて食べられない時は、リンゴをほうり込んで食べる。さらに、本に書いてあったとおり、酵素を飲む。一般人が聞いたら、酵素を飲むってなんだそりゃ、と思うのだが、ダイエットフーズのコーナーに行けば、「飲む酵素」がちゃんとある。まずくて飲めたしろものではないが、水で薄めれば多少味はまともだ。裕子は、それを毎日、目をつむって一気に飲み込んだ。こうすると、ヨーグルトの効果も手伝って、新陳代謝が良くなり、満腹感も出るのだ(と、そう本に書いてあった)。
 酵素は薄めてもまずく、満腹感も普通の食事をした時のようなものでなく、胃がどーんと重くなるような感じで不快だった。なによりも、毎日ヨーグルトを食べるから、1週間たつとヨーグルトのパックだけで吐き気がしてきた。それでも、もともと真面目で努力家の裕子は、ひたすらに努力した。夏休みが過ぎて、いざ新学期で他の4人と会ったとき、あっと言わせたい。そのために努力したのだ。
 そして、明日が新学期という今日。裕子は自分がダイエットに成功したことを確信した。
 明日が待ち遠しかった。

***

 「うわー! 裕子、痩せたあ!!」
 「ほんとほんと! 今体重いくつ?」
 「ふふふ、実はね、ベストの45キロをちょっと切ったくらい。リバウンドもなかったの」
 「えー、うらやましいー」

 友人たちの反応は顕著だった。みんな、夏休みの間、それぞれダイエットにチャレンジしていたようだが、目に見えた効果があったのは、裕子ただ1人だったのだ。みな口々に、「うらやましい」「いいなあ」を連発し、裕子としては大満足であった。
 そう、はじめの3日間は。

 が、4日たったあたりで、裕子はおかしなことに気がついた。
 他の4人が、あきらかに裕子を誘わなくなったのだ。以前なら、5人揃って近くの喫茶店でおしゃべりをしてから家に帰るのに、裕子が他の4人を探してももういない、ということが何日か続いた。
 私が、痩せてしまったからだろうか。
 裕子の胸の中に、小さな不安が生じる。
 思えば、話題の90パーセントがダイエットだったような仲間である。いわば、「ダイエット同好会」とか「ダイエット倶楽部」といった仲間だったのだ。痩せてしまった裕子に、その仲間に入る資格は、もはやなかった。
 そして今、世の中の若い女性の大部分が、「ダイエット倶楽部」に属しているのだ。痩せてしまった裕子は、ここからもはじき出されるのだろうか?
 裕子は、背筋が冷たくなった。
 痩せることがブームの今、痩せてしまった人間は、もうブームに乗れない、遅れた人間なのだろうか。悲しさと心細さで、今にも泣きたい心境だった。
 だめだ。
 痩せたら、友達もいなくなっちゃうんだ。
 病的な、裕子の思い込みだった。

***

 数日後。
 ヨーグルトをやめ、酵素をやめ、大好きなケーキを心ゆくまで食べた裕子は、再び話題のケーキショップで、仲間とともに「いかにして痩せるか」の話題に花をさかせていた。その体重は、ヨーグルトを食べる前より2キロ増えていた。


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