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crossover ― クロスオーバー ―

 

 俺がその日、珍しく昼にその喫茶店に行ったのは、午後にある筈だった講義が教授の都合で休講になったせいだった。

 俺が勝手に決めている「指定席」は、既に他の客に取られていた。しかも、それが見知った男だったので、俺はつい不機嫌に眉根を寄せてしまった。
 「おおー、久しぶり。営業まわりで、偶然こっち方面来たんで、立ち寄ったんだ」
 そいつは、俺の姿を見つけて、ニコニコと笑って手を振っている。テーブルの上のオムライスは、おそらく今日の昼飯なのだろう。
 半年前、俺が大学入学で上京して初めて知り合いになった「大学関係者以外の人間」。この喫茶店の常連だという以外に接点のない奴だが、こいつが異常に人なつこい。構われるのが嫌いな俺は、こいつがいそうな昼間は、なるべくこの店に来ないようにしている。
 「ふーん、“偶然”、ね。婚約者の店に“偶然”…」
 「ハ、ハハハ、なんか、険のある目つきだねぇ」
 「…別にいいけど。渡会(わたらい)さんがクビになっても、俺の知ったこっちゃねーし」
 冷めた目つきでそう言い放ち、向かいの席に腰を下ろした。朗らかさが命の渡会も、さすがに笑顔が引きつっている。
 「―――相変わらず辛辣だねぇ…。大学1年目でそんなに捻くれてちゃ、この先心配だよ」
 渡会と俺の年齢差、実に7歳。けっ、と白けた顔をする大学1年生の顔を、証券マン4年目の渡会が困ったように見つめる様は、結構妙な図かもしれない。

 「あ、珍しいねー、水野君。今日は午後講義ないの?」
 グラスに入れた水を持ってカウンターから出てきた葵さんが、そう言ってニコリと笑った。
 彼女は、渡会の婚約者で、かつ、この店のマスターだ。葵さんが結婚したら、この店はどうなるのだろう、と大学内の「葵さんファン」はヤキモキしているが、俺としては存続しようが潰れようが、どちらでもいいというレベル。便利のいい店が1つ無くなるのは惜しいが、飲み食い自体は学食で事足りるからだ。
 「あったけど、休講になった」
 「ふーん、そうなんだ。ご注文は?」
 「アイスコーヒー」
 「はーい。…あっ、渡会さん、ちゃんと時間確認してる? 長居して仕事に差し支えたら、私、未来の奥さん失格って言われちゃう」
 「はいはい。葵さんの評判に差し支えない程度に、ちゃんと退散するよ」
 ―――極甘…。
 目の前で展開される、渡会と葵さんのどことなく桜色した会話を一瞥した俺は、内心うんざりした。まあ、でも、極甘なのも無理もない。結婚式まで、あと半年を切っているのだから。

 「なあ…ちょっと、つかぬ事を訊くけど」
 コーヒーを淹れるために去って行く葵さんの背中を見送った渡会は、ちょっと眉をひそめて、俺に小声で確認した。
 「キミって、“水野”君だった?」
 「いや、違うよ」
 「…なんで葵さん、キミのこと“水野君”て呼んでるの?」
 「さぁ? 聞き間違えたんじゃねーの」
 「…なんで訂正しないの」
 「別に、困んねーし。あの人が“水野”って呼んだら、それは俺のことらしいから」
 つまんねぇ事訊くなよ、という顔をしてみせると、渡会は呆れたような面持ちになった。
 「変わってるねぇ、キミって…」
 「そうかな」
 そう変わってるとも思えない。―――まあ、普通であるつもりも、ないけど。
 洗いざらしのシャツの胸ポケットから、くしゃくしゃになったマルボロを取り出す。一応許可を求めるように視線を送ると、渡会は、どうぞ、という風に軽く頷いてみせた。
 「しかし、何だか寝不足な顔をしてるね。慣れない一人暮らしで大変なんじゃないか?」
 オムライスを口に運ぶ動作を再開して、渡会がそんな事を言った。俺は、くわえた煙草に火をつけながら、少し日々の生活に思いを巡らせた。が、これといって困っている部分は見つからない。
 「別に。元々、一人暮らしと大差ない暮らしだったし」
 「そうは言っても、知らない土地での一人暮らしは、寂しいだろ、やっぱり」
 「何で」
 「…やっぱり変わってるねぇ…」
 理解不能、という風に首を捻る渡会に、曖昧な笑みを返す。…まぁ、この点については、確かに「変わってる」かもしれない。

 俺は、19年という短い人生の中で、「寂しい」という感情を抱いた事がほとんどない。幼い頃にはそれなりにあったんだろうが、物心つく前のことだから、もう忘れている。
 おかしい、と思われるかもしれないが、これはこれでいいと、俺は割り切っている。
 「寂しい」という感情は、記憶にないから余計そう思うのかもしれないが、多分「感じたら耐えられない程辛い感情」のような気がしている。苦しいとか痛いとか面白くないとか、ネガティブなものは一杯あるけれど、「寂しい」に比べたらまだマシのような気がする。
 耐えられないような感情は、感じない方が楽に生きていける―――だから俺は、このままでいい。多少、常識から逸脱した存在でも。

 「あ、そうだ。キミにこれ、あげるよ」
 オムライスを平らげた渡会が、突然そんな事を言って、スーツのポケットから何かを取り出した。コン、という軽い音をたててテーブルの上に置かれたのは、何故か、こんぺい糖の入った小瓶だった。
 「…何これ」
 「さっき、取引先の人から貰ったんだ。3つも貰って困ってたんだよ。1つは葵さんにあげたし、1つは僕のだから、残り1つ、キミにあげる」
 「……」
 別に、要らねーけど…。
 でも、断るのも面倒なので、俺は「どうも」とだけ返事して、その小さな瓶を、胸ポケットに放り込んだ。


***


 客先に間に合うギリギリの時間に、まるでつんのめるようにして店を出て行った渡会を、俺はコーヒー片手に見送った。好景気の今、証券マンは忙しいらしい。
 俺が社会人になる頃には、どうせこんな狂った経済状況も弾けとんでるだろう。呆れ返る―――大人連中の、イカレたマネー・ゲームには。あの人の良い渡会が、よく証券会社なんていう狂気の根源に勤めていられるものだ。
 俺から見ると、渡会のような人間は、謎だ。
 お人よし。おせっかい。1回2回言葉を交わしただけの相手を、何故ああも気にするのか。
 自分の生活には関係のない人間。生きようが死のうが、別に自分の人生に差し障りのない人間。そりゃ最初は心が痛むだろうが、それにさえ目を瞑れば、俺が一人暮らしでナーバスになっていようが、栄養不良でフラフラしてようが、渡会には何の関係もない筈だ。なのに、なんで気にするのだろう?
 あんまり親しげにするので、一度、訊いてみたことがある。そしたら渡会は、こう言った。

 「ほら、“袖振り合うも多生の縁”って言葉があるだろ? あれだよ」

 ―――渡会と俺が、前世から縁があったとは、到底思えないが。
 人間的には、おそらくあいつのような人間の方が、他人に無関心な俺よりはるかに優れているのだと思う。でも、どう頑張ってみても、俺が渡会の境地に至ることは無い気がする。あの種の人間は、永遠の謎だ。

 コーヒーも飲み終わったので、俺は一度大きく伸びをし、席を立った。
 世間話に持ち込もうとする葵さんを適当にかわし、さっさと勘定だけ済ませて、店を出る。この人も、俺にとっては謎の一人だ。渡会同様、俺の顔を見ると「ちゃんと食べてる?」「何か困ってない?」と訊いてくる。そんなに俺、構いたくなるような顔してるんだろうか?

 講義を受ける筈だった午後の時間が丸々空いてしまったが、今日はバイトもない。暇を持て余す。10月の高い空を見上げて、どっか適当にぶらつくかな、とぼんやり考えていた俺は、ふと人の気配を感じ、後ろを振り向いた。
 「あの、すみません」
 元々、俺に声をかける気だったのだろう。俺が振り返っても、あまり驚いた顔をしなかったそいつは、ちょっと控えめな態度でそう声をかけてきた。
 背後に立っていたのは、子供だった。
 年の頃は、小学校に上がったかどうかギリギリといった感じ。入学式でもあるまいし、白いシャツにサスペンダー付の黒っぽい半ズボンを履いている。もしかして私立の小学校の制服だろうか。手入れの行き届いた髪は、良家の子息風に、耳の上で上品に切りそろえられている。ますます、金のかかった私立小学校に通うどこぞのご子息、といった感じがする。
 「この辺に、しょうえんじ、ってお寺、ないですか」
 「しょうえんじ?」
 妙に子供らしくない喋り方のそいつは、手に小さな紙切れを持っていた。覗き込んでみると、そこには「正苑寺」と万年筆で書かれていた。明らかな大人の字だ。
 「正苑寺なら、ここから歩いて30分位だけど」
 「…そうですか」
 何故かヤツは、意気消沈したように、首をうな垂れさせた。思ったより遠かったことに落胆したのだろうか。
 というか。
 ―――もしかしてこいつ、迷子?
 周囲を見回す。大人と呼べる人間は、誰もいない。大学帰りらしき女が2、3人と、野良猫が1匹歩いてるだけ。
 「お前、この辺に住んでるのか?」
 一応確認すると、ヤツは、気が進まないような仕草で何度か首を横に振った。
 …迷子決定っぽい。
 「地図書いたら、一人で行けるか」
 「…僕、地図読むの、下手なんです」
 「下手?」
 「習字の先生の家に行く時、母に地図を渡されたのに、結局夜になっても着けなくて、泣きながら帰ってきたことがあるんです」
 「そんなに遠かったのかよ」
 「…後で連れられて行ったら、歩いて10分でした」
 ―――駄目だ。一人じゃ正苑寺に辿り着けねーよ、こいつ。
 まさかこんなガキを放り出して帰る訳にもいかない。仕方なく俺は、そいつの頭にポン、と手を乗せた。

 「…わかった。俺が連れてってやる」

 途端、暗く沈んでいたそいつの顔が、僅かに明るい笑顔に変わった。


***


 思いがけない事態で、約30分の道程を同行することになったそいつは、本当に変わったガキだった。

 「お兄さんは、大学生ですか」
 「俺? まあな」
 「大学生って、こんな昼間から、そんな風に暇そうにしてるんですか」
 「…いや、今日はたまたま。…っていうか、俺、そんなに暇そうに見えるか?」
 「歩道のど真ん中で、大あくびしながら伸びしてましたから」

 ―――可愛くねーガキ…。
 そもそも、この年頃でやたらと丁寧語を使ってるあたり、かなり変わってると思う。(しつけ)が行き届いている証拠なのかもしれないが(習字の先生とか言ってた位だから、結構教育熱心な家なのだろう)、服装といい喋り方といい、漫画にでも出てきそうな位「お坊ちゃま」だ。

 「お前さぁ…もしかして、金持ちのお坊ちゃんか何か?」
 思わず眉をひそめてそう言うと、そいつの肩が、ピクン、と揺れた。俺を見上げてくる目は、何故か疑いの眼差しだった。
 「―――もし金持ちの子供だったら、このまま誘拐しようとか、考えてますか?」
 「…はぁ?」
 「あるでしょう、そういう話」
 「…ドラマの見すぎなんじゃねーの、お前」
 「考えてないんですか」
 「馬鹿か。考える訳ねーだろ。俺が犯罪働くように見えんのかよ」
 「犯罪者が人相悪いとは、限らないですよ。お兄さんみたいに整った顔の人に限って、実は共産圏のスパイだったり、闇の殺し屋だったりするんです。ドラマや映画でも大体そうでしょう」
 「―――…」

 …大丈夫か、こいつ。
 関わってしまった事を、俺は次第に後悔し始めていた。年齢不相応な喋り方は、単に親のお仕着せかと思っていたが、基本的にこいつは中身がヘンらしい。一介の大学生を捕まえて、よくそこまで想像が働くものだ。

 「…あのな。一応言っとくけど、俺は犯罪経験ゼロだし、金にもさほど困ってないし、もし困ってても、数ある犯罪の中から一番成功率の低い略取誘拐を選ぶようなバカでもない。俺がお前に“金持ちのお坊ちゃんか?”と訊いたのは、お前の服装と喋り方が、お前の年齢にしては変だからだ」
 憮然とした顔で一気にそう言ってやると、ヤツは、初めて年齢相応にキョトンとした目をしてみせた。
 「…僕、喋り方、変なんですか?」
 「変だろ」
 「幼稚園に入学する前、両親に叩き込まれたんで、この喋り方しか出来なくなったんです」
 「ああ、なるほどな…。やっぱり、私立か」
 「はい。幼稚舎から、初等部に上がったところです。でも、来月からは普通の公立に転入するんです」
 「なんでまた」
 11月なんて中途半端な時期に転入とは珍しい。思わずそう訊くと、ヤツは、何故か表情を曇らせ、目線を前に戻してしまった。

 ―――なんだか。
 全然種類は違うが、ある意味、自分の子供の頃を彷彿とさせる奴だ。
 年齢不相応な振舞い。周囲の大人はそれを褒めてくれたが、自分ではさして変とは思っていない。物心つく前からずっと、そうだったから。
 そして―――今、こいつがしたように、俺もまた、訊ねられると答えに詰まり、思わず視線を逸らしてしまう事が、何度かあった。大人びていても、そこは子供のままだ。上手く誤魔化すことができないのだ。
 訊かれたくない質問だったんだな、と察し、俺はそれ以上、転入の事については訊かないことにした。

***


 (しばら)く、無言のまま、人通りの少ない住宅街を2人並んで歩いた。
 手を引いてやるのも妙だし、こいつの性格からすると、そういう子供扱いは気分が悪いだろうから、つかず離れずの距離を保つ。

 「―――お兄さんて、地元の人なんですか?」
 沈黙に耐え兼ねたのか、ヤツはそう言って、俺の顔を見上げた。
 「いや。大学がこの辺なだけ。親元離れて上京してきてるから、東京の地元民ですらない」
 「えっ。じゃあ、一人暮らしなんですか」
 「まぁな」
 「…家族と離れてるのって、寂しくないですか?」
 急に、声が真剣みを帯びる。俺は、一瞬眉をひそめたが、とりあえずありのままを答えた。
 「別に、寂しくない」
 「え、でも、いつも一緒にいた人が、全然いなくなっちゃうんでしょう? 寂しいんじゃないですか?」
 顔を顰めるヤツを見下ろし、俺はちょっと自嘲気味に笑った。

 いつも一緒にいた人…か。
 家族のことを、普通はそう表現するんだろう。朝起きて、夜寝るまでの時間の大半を共に過ごす相手。いるのが当たり前の、いて当然の人間―――家族。
 でも残念ながら、俺の知る家族には、そういう表現はあまり当てはまらない。
 小さい頃から、両親はほとんど家にいなかった。ある時を境に、母親の方は、帰ってくるべき時間に帰ってくることさえなくなった。たまの日曜に遊んでくれる父親の存在がなかったら、俺は「親」というもの自体を認識しないまま成長したかもしれない。その位、俺にとっての親は、希薄な生き物だ。
 だから今、一人で暮らしていても、別に寂しいと思わない。母はいつ帰るのだろう、と膝を抱えて待っていたガキの頃を考えれば、誰も帰ってくる予定がない今の生活の方が、はるかに気が楽だ。

 「…まあ、普通は寂しいんだろうけどな。俺は、寂しくないんだよ」
 「……」
 そんな人間がいるなんて信じられない、といった目をして、ヤツは俺の顔を凝視する。俺が強がりを言ってると思ったらしい。
 「嘘だ。家族と離れ離れで、平気な人なんていないよ。いくら大人でも」
 口調が、突然、年齢相応に変わった。
 感情的になっている。少し口を尖らせたその表情は、さっきまでのこいつのお坊ちゃま風の顔とは違い、どこにでもいる普通の小学生だ。受験用のよそ行き言葉をかなぐり捨てた後に残った、顔―――おそらく、こいつの本来の、顔。
 何故か俺には、それが、今にも泣き出しそうな顔に見えた。

 ―――もしかして…。

 いや。そう考えれば、この服装も、さっきの学校を変わる話も、今俺の話に感情的になっているのも、そして今向かっている目的地のことも、全部説明がつく。
 一瞬ひらめいた可能性は、考えれば考える程、確信に変わっていった。

 「―――俺は、ちょっと、変わってるんだよ」
 少し怒ったような顔で見上げているヤツに、俺は苦笑を返した。
 「強がりでも何でもなく、本当に寂しくないんだよ」
 「…どうして?」
 「どうして―――どうして、だろうな」
 こんな子供相手に、昔語りをする気など毛頭無い。言っても理解できない話だし、俺もこの話は誰にもしたくない。だから、俺は、曖昧な言葉で要点だけを口にした。
 「例えば、だけど―――― 一緒に暮らしてる家族がいくら待っても帰って来ないのと、一人暮らししてるから誰も帰って来ないのが当たり前なのと、お前ならどっちが寂しいと思う?」
 「…えっ」
 「帰ってこない家族を待ってる状態と、もう待つ必要が無い状態と、どっちが苦しい?」
 「……」
 頭の良い方らしいヤツは、俺の言葉を理解したのだろう。怒ったような顔を少し歪め、力なく俯いてしまった。
 「会えて当然なのに会えない。そういう家族もいる。それよりは、会えなくて当然な今の方が、俺はずっと寂しくない」


 そう口にして、俺は意外なことに気づいた。

 “今の方が、ずっと寂しくない”。

 ―――じゃあ俺は、昔は「寂しい」って感情を、ずっと抱いてたんだろうか?
 今と昔を比較すると、今の方が断然「寂しくない」。ということは、昔の俺は「寂しかった」んだろうか?

 …ああ。なんだ、そういう事か。
 常に寂しかったから、それが「寂しい」と言われる状況だと気づく事がなかったのか。
 今のこいつみたいに、それまであった「満たされた環境」が奪われて「寂しい状態」に突き落とされた記憶が、俺にはない。気がついたら既に、周囲の人間が「寂しい」と表現するであろう状態に陥っていた。最初からそういう状態だったから、今の自分が「寂しい」だなんて、気づく事ができなかったんだ。

 …そうか。
 俺って、子供時代、寂しい奴だったのか。


 気づくと俺は、うな垂れている小さな子供の手を握っていた。
 子ども扱いされて憤慨するのではないか、と思われたそいつは、俺が手を握ってる力よりも強い力で、必死に俺の手を握り返してきた。
 無言で、そのまま歩き続ける。おそらくはこいつにとっては辛い場所である筈の目的地に向けて。
 言葉にはならないが、俺の手を握る小さな手が、寂しい、寂しい、と何度も訴えかけている気がした。


***


 正苑寺に着くと、予想通り、黒塗りの車が門前にズラリと並んでいた。
 大きな花輪がいくつも石畳の両側に飾られてる。その傍で、オロオロしていた女性が、俺と、俺に手を引かれた子供の姿を見つけた途端、目を大きく見開いて駆け寄って来た。それに続くように、10歳前後の女の子も走ってくる。顔立ちがちょっとこいつに似ているから、もしかしたらこいつの姉貴なのかもしれない。

 「とっ…(とおる)ちゃんっ! どこに行ってたの!?」
 「…ごめんなさい、叔母さん」
 徹、というのが、この生意気な口をきくガキの名前らしい。駆け寄った徹の叔母は、徹の前にしゃがみこむと、涙の溜まった目で徹の顔を覗き込んだ。その顔は、半ば怒っているようだった。
 「突然走り出しちゃうから、おばちゃん、心配したんだよ? お姉ちゃんと手を繋いでるように言ったのに、一体どうしちゃったの?」
 「…ごめん…なさい。なんか、急に、怖くなっちゃって…」
 うな垂れたままの徹は、俺の手を握ったまま、そう小さく呟いた。
 叔母の目が、少し動揺したように揺れる。そして次の瞬間、せり上がる感情に耐えかねたみたいに、徹をぎゅっと抱きしめた。その反動で、徹の手が俺の手から離れた。
 「大丈夫。大丈夫だよ、徹ちゃん。おばちゃんもおじちゃんも、ちゃんと傍にいてあげるから―――だから、ちゃんとお父さんとお母さんに、お別れ言おうね。徹ちゃんが見送ってあげないと、2人とも、きっと寂しがるよ?」
 「―――うん…もう、大丈夫。ごめんなさい」

 俺からは、徹の背中しか見えなかった。でも、どんな顔をしてるのかは、想像に難くない。
 もう明日からは、どんなに家で待っても、徹の父や母が家に帰ってくることはない。予想はしていたが、まさか両親一度とは思わなかった。かなり過酷な現実だ。徹には、耐え難い日々に違いない。
 でも―――ちょっとは、慰めになっているだろうか?
 会える筈の人間と会えない辛さに比べれば、会えなくて当たり前な人と会えない方がまだマシだ、という言葉は。
 両親と会えないのは当たり前だ、どう頑張ったって会えないんだ、だから諦めるしかない―――そう割り切るための材料になっているだろうか?

 「―――徹」
 俺が声をかけると、徹は、叔母の肩をちょっと押して、ノロノロと振り返った。
 徹は、泣いてはいなかった。この現実を受け入れようという覚悟を決めたように、唇をぎゅっと引き結んでいる。
 「これ、やるよ」
 俺は、胸ポケットから、こんぺい糖の入った小瓶を取り出し、徹の手に握らせた。
 途端に、徹の硬かった表情が、さっき一度だけ見せた子供らしいキョトンとした表情に変わる。驚いたように、手の中のこんぺい糖と俺の顔を、交互に見比べている。
 俺は、その子供らしいリアクションにちょっとだけ笑い、徹の頭にポン、とまた手を置いた。
 「頑張れ」
 一言、そう言うと、徹もちょっとだけ笑顔を見せた。
 「…うん。頑張る」

 

 袖振り合うも多生の縁―――そんな立派な考え方は、俺には無理だけれど。
 でも、あんな寂しそうなガキ見たら、いくら自分の人生と関係なくても、放っとけなくて当然だろう?

 そう考えた時、渡会や葵さんが何故俺のことをとやかく構いたがるのか、なんだか分かった気がした。

 まだまだ俺も、彼らが放っとけなくなるような「寂しそうなガキ」なのかもしれない―――そんな風に思い、思わず苦笑した。



6000番ゲットのケイさんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は「男子大学生主人公の、心温まるストーリー」。うっ、心温まるかな。ちょっと心配。
でもって―――一人称の彼、および、こまっちゃくれたお坊ちゃん風の子供、どちらも、既出キャラです(笑)
主人公の「彼」は、Presentsシリーズには出てきておりません。他で探しましょう。
子供の方は…わかるかなぁ。キミはこの頃から妙な事を想像するヘンな奴だったんだね、とだけ申しておきましょう(^^; 彼はこの後、叔母夫妻に引き取られました。
タイトルである「crossover」は、「出会い」という意味合いで使ってますが、「2つのシリーズが交差した話」という意味も含ませました(笑)
関連するお話:「帰り道」「Calling me Calling you」(Presents内では)


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