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もう一度 One on One

 

 下駄箱からスニーカーを引っ張り出したら、何かがハラリとすのこの上に落ちた。
 拾い上げて見て、オレは固まってしまった。

 ピンク地に白い小花模様という、もの凄い少女趣味な封筒―――“井原君へ”と書かれたそれは、どっからどう見ても、オレ宛てのラブレターだったから。


***


 「森下〜〜〜〜〜っ!!!!」
 猛ダッシュで教室に戻ったオレは、今まさに帰ろうとしていた森下のもとへと走った。
 「あれ、井原。帰ったんじゃなかったのかよ」
 眼鏡を既に外してしまっている森下は、オレの顔を確認するように目を細めた。その森下の目の前に、オレは例の封筒をずいっと突きつける。
 「これ、見ろ!」
 「……」
 ぜーぜー言いながらそう命令すると、森下は素直に、小花柄封筒を目の前50センチの位置でじっと見つめた。
 「…これが、何?」
 「バカッ! ラブレターだよ、ラブレター! 17年間の人生で1回も貰ったことねーシロモノが、ついにオレの下駄箱にも紛れ込むようになったんだってっ!」
 大興奮のオレをよそに、森下はどこまでもクールだ。
 「…ふーん。井原って、ラブレター貰ったこと、なかったんだ」
 「―――…」
 …そこに反応するな。
 「意外だなぁ。お前、顔可愛いし、スポーツ得意だし、もっとモテてもいいのに」
 「うるせーっ。そんなこと言うけど、森下は貰ったことあるのかよ、ラブレター」
 「あるよ。毎日貰ってる」
 「は?」
 「ほら」
 森下はそう言って、ポケットから何か取り出した。
 突きつけられたそれは、確かにラブレター…らしかった。
 いや、ちょっと待て、これラブレターか? 普通、ラブレターって言ったら、女の子からの手紙なんだから可愛い封筒とかに入ってるだろ。何これ。なんでわざわざ紺色の封筒? 鉛筆で“森下君へ”と書いてあるにはあるけど、紺色地と同化してて、傾けないと読めねー…。
 くるりと裏を向けると、そこには、差出人署名。
 「…ってこれ、お前の彼女からじゃんっ!」
 「そうだよ」
 「なんで付き合ってる奴から毎日ラブレターが来るんだよ。しかもお前ら、毎日学校で顔合わせてんじゃん」
 一体何書いてるんだ、と思って、思わず断りも入れずに中身を確認した。
 出てきた便箋も紺色だったらどうしようかと思ったが、さすがにそれはなかった。ただし、どう見たってこれはレポート用紙だろう、という色気の欠片もない白い紙だったが。
 四つ折になってるそれを広げると、ど真ん中に、丸っぽい文字が並んでいた。


 “昨日、まみっちの家に遊びに行ったよ。
 まみっちのお母さんが作ってくれたグリーンティーって、甘みと苦味が絶妙でサイコー!”


 「…何これ」
 「鈴木鈴音流ラブレターだ」
 「どこがだよっ!」
 前々から、森下・鈴木コンビはちょっとおかしいんじゃないかとは思ってたんだよ。お前らホントに付き合ってんの? と訊きたくなる位、冷めてるというかなんというか―――そもそも、あんまり一緒にいないし。一緒にいても、手繋いだりしてるとこすら見たことないし。
 でも。
 でも、ここまで変だとは思わなかった。
 「まみっちのお母さんのグリーンティー褒めてるだけで、お前のことなんて一つも書いてねーじゃん! これのどこがラブレターだよ…っていうか、この位なら口で伝えろ! 資源の無駄遣いだぞ!」
 「…って俺に言われてもね…。いいんだよ。俺、鈴木のこういう変なとこが気に入ってるんだから」
 「…そういうお前が、一番ヘンだと、オレは思う」
 「ほっといてくれ。それより、お前のラブレターは大丈夫か? 実は果たし状だったりしないか?」
 「するわけねーだろっ」
 と言いながらも、今見てしまった鈴木鈴音のラブレターは、それなりにオレを不安にさせた。見た目はいかにもラブレターだけど、実は中身は全く違う内容だったりして…。
 「とりあえず、中身確認すれば」
 「い、言われなくても確認するぞっ」
 動揺を隠すように、オレは森下の手からラブレターを奪い取り、開封した。
 出てきたのは、封筒とお揃いの、可愛らしい花柄の便箋―――ホッ。とりあえず、まともだ。


 “井原君へ
  もうすぐ、北高との対抗試合ですね。
  広いコートを力いっぱい走り回る井原君は、バスケ部で一番小さいけど、一番カッコイイです。
  いつも応援してます。がんばって下さい。”


 「―――…」
 あ。ヤバイ。
 なんか、涙腺弱くなりかけてる。
 「…え、ちょっ、おい、井原。なに目をウルウルさせてるんだ」
 オレが泣きそうになってるのに気づいた森下が、慌てたように顔を覗き込んできた。けど、ダメだ、止まらない。1秒後、オレの目は堰を切ったようにだーっと涙を流していた。
 「か…感動…」
 「―――井原…お前も結構、変だぞ」
 「うるせー。しばらく感動に浸らせろ。うう、ここ最近、弱ってたからなぁ…。こういうタイミングで、こういう文句見ちゃうと、やっぱり泣けてくる。あー、ほんとにありがとう、ええと…」
 ずずっと鼻をすすりながら、封筒をひっくり返す。
 でも、そこには目的のものが書かれていなくて、オレはもう一度、便箋の端から端までを、それこそ裏側までしっかり見直した。

 ―――ない。

 ある筈のものが、書かれていない。


 オレが人生で初めて貰ったラブレターには、差出人名が全くなかった。

***

 3年生になって最初の試合が、あと2週間に迫っていた。が、実はオレは、このところ少々スランプ気味だ。
 2年生の夏、北高背番号3との接触事故で骨折して、それが治ってからはもの凄く順調だった。レギュラーになったオレは、毎回スターティングメンバーとして試合に出させてもらい、ポイントガードとしての役割をきっちりこなした。小柄な体格を生かして、デカい奴らの視界の下を掻い潜って、がんがんボールを運ぶ。井原がいるから勝てる、なんて卒業間近かった先輩たちに言われた位、オレはうまくやっていた。
 でも。
 オレには1つ、夢がある。
 その夢のために、自らに課したノルマ―――公式試合で、シュートを決める。これがまだ、クリアできない。
 ポイントガードであるオレは、シュートを決める奴までボールを運ぶのが主な役割なので、自らシュートを決めるチャンスは少ない。それでも何度かはシュートを放ったシーンもあったが、決めることができなかった。ポイントガードとしては有利なこの小さな体が、いざシュートを放つ時になると、不利に働く。はるかに体格の大きな敵方の選手に阻まれ、まともなフォームで打つことすらできないのだ。
 焦るな、と、自分に言い聞かせる。
 でも、焦らないなんて無理だ。オレは今、3年生―――受験のことを考えたら、秋の県大会が実質の引退試合になる。今、5月…ということは、あと半年もない。その間に、シュートを決めないと。

 曜子さん。オレの、憧れの人。
 思わず見惚れてしまうほどの美しいフォームで、シュートを軽々と決めてしまった人。
 彼女に告白をするには、せめて、試合で1点取らなくてはダメだ。彼女に想いを打ち明けるだけの勇気と自信が欲しい―――だからこそ課した、ノルマ。
 オレが通う高校から徒歩圏内にある曜子さんと同じ大学に入って、そこのバスケ部でプレーする、という方法も考えた。でも、曜子さんの大学は、オレにとっては高嶺の花…成績が全然追いつかない。違う大学に入ってしまえば、もう接点はほとんど無くなるだろう。だから、この半年がラストチャンスだ。
 その先は、もうない。そう思えば思うほど、焦る。焦ると、普段のプレーまでもが荒れる。
 そんな訳で、ちょっとスランプ気味だ。

 だから。
 あんな手紙を貰っちゃうと―――かなり、くる。
 誰だか分からないけど、オレを陰で応援してくれてる子がいる。そう思うと、よっしゃ、がんばれ、と活を入れる気になる。


 「おお…井原。なんか今日は、妙にハイテンションだな」
 「オレはいつもハイテンションっすよー」
 「…確かにな」
 監督が、めちゃくちゃ不審げな目をオレに向ける。
 まぁ、確かに、ちょっといつもよりレベルアップしてるかも―――行く手を阻む下級生を「オラオラどけどけーっ!」と叫びつつドリブルでかわしていく様は、ついこの前キャプテンになったばかりの下級生にも「…どうしたんですか?」と怯えられてしまったほどだから。
 でも、いいのさ。
 差出人不明のななこさん(“名無し”であることから、こういうニックネームがついた)。見ててくれ。オレは絶対、次の試合で、自分のシュートで1点取ってみせるっ!

 いつも以上に体力使いまくりの練習が終わり、肩で息しながら体育館を出ると、そこに見知った顔が3人、ブリックパックのジュースを手にして佇んでいた。
 「あ…っ、曜子さん!」
 律さんと話をしていた曜子さんは、オレが声をかけると、くるんと振り返った。そして、オレの顔を確認すると、ニッと口の端を上げた。
 「えらいハイテンションだったね、少年」
 「は…はははははは、そうっすか」
 笑ってみせるが、実は内心、心臓バクバクものだ。
 「え、えーと、律さんと拓人さんもこんちは」
 「久しぶりー。相変わらず元気だね、井原君は」
 律さんの隣で、彼女が飲むブリックパックを一口貰おうと必死に頼み込んでいた拓人さんが、瞬時にその情けない表情を温和な笑みに変えて挨拶してきた。
 拓人さんはこの春、長年の努力がやっと実って、初恋の人である律さんと付き合い始めた。電信柱のようにノッポな拓人さんと、後姿は間違いなく小学生な律さんが並ぶと、どうやっても恋人同士には見えないんだけど―――それに、拓人さんの横にいる律さんは、纏わりつく拓人さんを迷惑そうに睨んだりもするんだけど―――それでもこの2人、一応カップルなのだ。
 うーん。それにしても、拓人さんに先越されるとは…。見込みゼロって感じだったから、絶対負けない自信あったのに。
 「今日は秀才君は見学してないんだね」
 律さんが、バッグの中から新たなブリックパックを出しながら言う。秀才君とは、森下のこと。曜子さんがそう呼ぶもんだから、この人たちの間で森下は名前では呼ばれなくなってしまっている。
 「森下は、受験勉強という名のデート中です」
 「へー。さすが、秀才。はい、練習後のアップルジュース。秀才君の分も持ってきたけど、いないんなら、井原君が2本とも飲んでいいよ」
 「うわぁ、ありがとうございますー」
 ああ、なんだか昨日からついてるよなぁ。ラブレターは貰うし、ジュースは差し入れてもらえるし。
 律さんと拓人さんは、オレにジュースを渡すと、校内を散策しに行ってしまった。そうか…考えてみたら、あの2人に会うのって、試合なんかで外に出た時だけで、うちの学校に来るのはこれが初めてかも。だからあちこち見て回りたいんだな。
 「このところ調子悪そうだったけど、持ち直したみたいじゃない」
 遠ざかるアンバランスなカップルの後姿を眺めてたら、曜子さんに声を掛けられた。慌てて振り返ると、飲み終えたパックを器用に畳みながら、曜子さんが軽く首を傾げるようにしてこちらを見ていた。
 「え…っ」
 「なんか、ドリブル見ててもパス見てても、イライラしてる感じだったからね、3年に上がってから」
 「…やっぱ、気づいてましたか」
 さすがにバレてたらしい。きまりが悪くて、思わず頭を掻いてしまう。
 「なのに今日は、別人のように楽しそうじゃない。何かいい事でもあった?」
 …うぐっ。
 さすがに、言葉に詰まる。
 ブリックパックを手に固まって、目だけをあちこちに泳がせてしまっているオレは、相当挙動不審だと思う。でも―――い…言えねーよ、やっぱり。見知らぬななこさんのラブレターで元気づけられたなんて。
 「…何、その反応。怪しすぎるぞ、少年」
 「や、その、なんていうか…は、ははははははははは」
 とりあえず笑って誤魔化せ、オレ。
 「…ああ、なんだ。なるほど。彼女でも出来たんだ」
 曜子さんのセリフに、笑いがピタリと止まる。
 もの凄く間の抜けた顔をしているであろうオレを、曜子さんは愉しげな笑みを浮かべて眺めた。
 「心の支えになってくれる子がいるってのはいいことだけど、井原の場合、浮かれすぎて逆効果な可能性もあるねぇ…。北高との試合までには落ち着いときなさい」
 「……」
 「あ、当日はあたしも見に行くから。その時彼女来るんなら、紹介してよ。あはははは」
 明るく笑いながらポンポン、と、肩を叩かれて。
 オレは、あと少しのところで、その場にへたりこみそうになった。

***

 「…井原。暗いぞ」
 「…うるせぇ…」
 死ぬほどの落ち込みを見せるオレに、森下が溜め息をつく。
 「なんだよ。ラブレター貰って最高にご機嫌だったの、つい2、3日前だろ。なんでこんなに落ち込んでるんだ? やっぱりあれは、ラブレターに見せかけた果たし状だったか」
 「ちげーよっ」
 そんなんだったら、ここまで落ち込むかっ。

 ショックだ。
 もー、ちょっとやそっとの事じゃ浮かび上がれない位に、ショックだ。
 オレに彼女が出来たと思ってるのに、ケラケラ笑う曜子さん―――そりゃ、嫉妬して欲しいなんて思わない。3つも下だから、全然対象外ってことだって大いにある。そんなの分かってるさ。
 でも…でも、あそこまで言われると、微かに見える気がしてた可能性の糸も、ぶちっと無惨に千切られたような気分になる。

 「なんかなぁ…。そうやって落ち込んでる井原って、井原じゃないみたいで、嫌だよなぁ」
 辞書をめくりながら、森下が眉をひそめる。
 オレも、そう思う。こういうオレは、オレじゃない。目標に向かって猛突進してくのがオレだ。ダメだと分かっててもチャレンジする―――その、無謀に近いポジティブさがオレらしさなのだと、曜子さんも言っていた。褒められたんだか、バカにされたんだか、あの時は分からなかったけど、今なら分かる。あれは、褒めてくれてたんだと。
 「はぁー…。しょーがねーなー…。がんばってポジティブになるか」
 溜め息と共に顔を上げる。
 そうさ。可能性が限りなくゼロなのは、元から分かってる。でも、ここまで来たら意地だ。中3から足掛け2年半。告白もしないままに撃沈したんじゃ、井原哲平の名がすたる。
 「そうそう。ポジティブシンキングで行かないと。“名無しのななこさん”もついてるんだろ。曜子さんがダメでもななこちゃんがある。そう思えばいいって」
 「…正体不明のまんまだけどな」
 あれから、いろいろ可能性を探ってはみたけど、ななこさんらしき人物はどうやっても浮かんでこない。下級生かな、と思うんだが、下級生情報に疎いからよくわからないときてる。
 「―――森下。今日もすずちゃんのラブレターって来てんの?」
 ふと思い出して訊ねると、森下は涼しい顔で、ポケットから紺色の封筒を取り出した。
 「この通り」
 「ほんとだ。見して」
 「…なんで井原にいちいち見せなきゃいけないんだ」
 「ラブレターとしては変だけど、気晴らしにはなるから」
 オレがそう言うと、ちょっと迷惑な顔をしながらも、森下は封筒の中身をオレに差し出した。言っておいてなんだけど…いいのか? オレにほいほい見せることを、すずちゃんは何とも言わないんだろうか。
 差し出された紙は、やっぱりレポート用紙だった。がさがさと開くと、中央に、また丸っぽい文字。


 “問1. x=31 y=15
  問2. 高さ52cm 底辺1m12cm”


 「…何だ、これ」
 「昨日鈴木に出した数学の小テストの答え。ちなみに、問2は間違ってる」
 ―――これじゃ、ラブレターじゃなくて、解答用紙だろ。
 でも森下は、こんなもんを毎日受け取って、毎日それなりに喜んでいるらしい。やっぱり変だ。我が友人ながら。
 変だけど―――いいよなぁ。
 これを書いたのが曜子さんなら、オレも喜々として受け取るんだろうな、なんてことを考えて、オレはまた、ちょっとだけ落ち込んだ。

***

 “名無しのななこさん”から、2度目のラブレターが届いた。
 またしても、差出人名がない。


 “あと5日ですね。楽しみです。
  私も試合、見に行きますね。スタンドから精一杯応援するから、井原君らしいプレーをしてくださいね。”


 ―――来てくれても、分からないんだよね。誰なんだか。
 スタンドから「私ですー。ななこですー」とか言ってくれればいいんだけど…って、ななこって名前じゃないんだよな。どうも混乱する。
 でも。正体不明ながらも、彼女はオレのことを見守っててくれるらしい。わざわざ試合にも足を運んでくれるという。

 鈴木鈴音同様、女の子っぽい、丸っぽい字―――オレの憧れの曜子さんは、その性格を表すように、ハネやトメがしっかりした、大人びた綺麗な字を書く。きっとこの子は、曜子さんとは全然違うタイプだ。つまり…オレの好みではない。多分。
 でも、曜子さんの勘違い笑いに徹底的にやられてしまってる今のオレには、この子の一言だけが、唯一の心の支えだ。こんなに応援してくれてるんだ、がんばらなきゃ、という思いを、テンションを上げるための起爆剤にする。

 「オレらしいプレーかぁ…」
 それってやっぱり、わき目もふらずに、ゴールに向かってドリブル一直線、だよな。
 ―――よし。がんばるぞ。
 小花柄の封筒を、自室のタンスの上に丁寧に置くと、オレはそれに向かって一礼し、パンパン、とかしわ手を打った。まるで、神棚にでも手を合わせるように。

***

 “いよいよ明日ですね。
  試合の後、何か予定はありますか? もしよければ、少しお話できたら嬉しいです。
  試合が終わったら、競技場の正門で待ってます。私だって分かるように、目印持っていきますね。”


 ―――目印。
 って、何?

 試合前日に届いたラブレターを手に、オレは首を捻る。
 10回位、文面を読み返す。けど、どこにも目印に関する記述はない。裏も封筒も確認するけど、やっぱり、ない。
 文面を見る限り、いたって普通の女の子といった印象を持っていたけど、名前がないことといい、目印と言いながらそれが何なのか具体的に書いてないことといい、肝心な部分で抜けている。全く…困るなぁ。

 …やっぱり、会った方がいいよな。
 オレを応援してくれてることは、間違いないんだから。やっぱり、ちゃんと会って、お礼が言いたい。
 ラブレター3通分の勇気をくれた“ななこさん”のためにも、無様な試合だけはできない。シュートは無理かもしれないけど―――せめて彼女の言う“オレらしいプレー”をしよう。

 シュートは、次回でもいい。
 振られる可能性増大中の曜子さんのことは、とりあえず置いておく。今はただ、“ななこさん”の応援に応えることだけ、考える。
 彼女の望むプレーをして、そして堂々と、彼女にお礼を言おう―――そう決めたオレは、ラブレター3通を明日の試合に持っていくスポーツバッグに突っ込んだ。


***


 翌日の試合は、かなりハードだった。
 北高といえば、因縁の対決だ。去年、オレとぶつかって大怪我を負った背番号3が、ギリギリ選手生命は絶たれずにすんだらしく、現役最後の試合として出場していたのだ。
 「えええええい、どけーーーーっ!」
 「させるかーーーーっ!」
 頭に血が上るタイプ2名が、コートのど真ん中でボールの奪い合いをする。周りの選手も、去年の一件は十分知ってるから、それぞれ自分のチームの選手に味方してエキサイトする。試合はどんどん荒れた。
 「背番号11が流血!」
 「監督! 5番が倒れたまま動きませんっ!」
 負傷者続出で、代えの選手が次々に投入される。第4ピリオドを終えた時、コート内にいた全員が、その場にひっくり返ったほどだ。

 試合は、40対41で、オレ達が勝った。
 最後の1点は、オレがドリブルで繋いだボールを、後輩がシュートして生み出した1点だった。

***

 「い、いてててて…」
 試合中に痛めた足が、痛い。
 半分、右足をひきずるようにして、オレは必死に、競技場の正門を目指した。試合中は痛みなんて全然感じなかったのになぁ…。病は気から、と言うが、怪我の痛みも気から、かもしれない。
 ミーティングが長引いて、オレが予想していたよりも随分遅い時間になってしまった。北高の連中も、既にいない。広いグラウンドも、体育館の周辺も、すっかり人が消えて静まり返っていた。

 スポーツバッグを肩にかけ直したオレは、近づいてくる正門の辺りに目を凝らした。
 が…やっぱり遅すぎたのか、人影なんてひとつも見えない。
 ―――もしかしたら、かつがれただけかもしれないし。
 一瞬、ガッカリしてしまった気持ちを誤魔化すために、そんな言い訳を心の中で呟く。名前も顔も分からない相手だもんな。全部、ただのジョークだった、って可能性だってある。
 …でも、いいや。
 今日の試合は、満足できた。勝てたし。その最後の1点に絡むことができたし。実質上、曜子さんに振られた状態のオレがここまでがんばれたのは、あのラブレターのおかげだ。だから、あれがジョークだったとしても、もう、いいや。

 ちょっと溜め息をつき、正門をくぐる。
 と、足元に、何故かバスケットボールが転がってきた。
 「―――…?」
 なんで、こんなところに?
 不審に思い、ボールが転がってきた方向を見たオレは、次の瞬間、その場に完全にフリーズした。

 「―――遅い」

 待ちくたびれた顔をしてそう呟いたのは、正門前に座り込んで膝を抱えている、曜子さんだったのだ。

 え…ええと。
 ええと、ええと、ええと―――あのー、どういうこと??????

 オレが、ボールを足元に転がしたままボーゼンとしているのを見て、曜子さんは、可笑しそうにくっと笑った。
 「全く…なんて顔してるの。ああ、デジカメ持ってくりゃよかったなぁ。あの秀才君に、今のキミの顔、是非見せてやりたい」
 「…あ…あのー…」
 「はい?」
 「どういうことでしょう」
 何故か、丁寧語。
 その反応が面白かったのか、曜子さんは余計笑った。「あー、おかしい」と言いながら立ち上がり、軽くジーンズについたホコリを叩く。立ち上がる時、ちょっとバランスを崩してしまうのは、昔の大怪我の後遺症だろう。
 やっと笑いのおさまった曜子さんは、くすっと女の子っぽい笑い方をすると、オレを真っ直ぐに見た。
 「シュートを打ちに行こうと焦ってる井原は、好きじゃない」
 「……」
 「その理由は、分かってたけど―――それでも、やっぱり嫌。井原はやっぱり、コートを走り回って楽しそうにしてる方が似合う。良かったよ、今日の試合。ちょっとエキサイトしすぎではあったけどね」
 「…あの…じゃあ、あのラブレターは…」
 「そ。あたし」

 がーーーーーーーん。
 だ…っ、騙されたーーーーーーっ!!!

 何かを言おうとするけど、声にならない。陸に上げられた魚みたいにパクパク口をさせてるオレに、曜子さんはまた笑いがこみ上げてきたらしい。手を口元におき、肩を震わせ始める。
 「だ、だ、だ、だ、だ、だって、字がっ! 字が全然違うじゃないですかーっ!」
 「あはは、あれは、律に代筆してもらったの。大変だったよー。拓人が嫌がって。代筆でも、他の男のためのラブレターを律が書くなんてヤダヤダヤダって、もう駄々をこねるこねる」
 「てことは、この前、“彼女が出来たんだ”って笑ってたのも…」
 「どんな反応するかな、と思って言ってみたら、見事に落ち込んだよね、少年。ま、ちょっと可哀想ではあったけど、あれで“シュート打つぞ”オーラが多少は軽減したから、まあ効果はあったってことで」
 「ひでぇーーーっ!」
 マジで、泣きたい。全部全部、曜子さんが、オレにシュートへの執着を手放させるためにやった作戦だったなんて…。畜生、落ち込みまくったこの数日間を返せっ!
 全身を、憤りでぶるぶる震わすオレとは対照的に、曜子さんはあくまでも楽しそうだ。そりゃ、楽しいだろう。作戦通りにはまったオレを見るのは。さすがにムッとして曜子さんを睨んでいたら、曜子さんは、オレの足元に転がってるバスケットボールを指さした。
 「ほらほら、井原。ボール」
 「…猫にねこじゃらし、井原にボールっすか」
 「バカ。ほら、貸して」
 パス、という感じで両手を広げる曜子さんに、オレはハーッと大きな溜め息をつき、足元のボールを拾った。
 脚の負担にならないよう、適度なスピードで、曜子さんの方へと投げる。曜子さんはそれを、両手でパン、と音を立てながら受け取り、ニッと笑うと、こう言った。

 「―――1ポイント」
 …えっ。
 「シュート、決まったじゃん。おめでとう、少年」
 「―――…」

 曜子さんは、ボールをそこいらに放り出すと、オレの方に歩み寄って、頬に1回、軽いキスをくれた。


 オレは勿論、天にも昇るほどの嬉しさに、足まで震えてたんだけど―――…。

 それにしたって。
 こんなの、アリ??

 

 ともあれ―――どうやら、オレの長い長い試合は、今日、ゲームセットとなったらしい。


33333番ゲットの日和さんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は「意外なオチのあるラブコメ(Step Beat1〜6話のように)」。
…無理です。Step Beatの1話から6話レベルは、そう簡単には出せません(単に結城のアイディアの引き出しが少ないせいかもしれませんが)。
で、あまり意外ではない終わり方のような気はしますが、井原君主人公の「one on one」の続編です。
どこまでも熱い少年・井原哲平(下の名前がやっと出せた)。どうやら、長いが無い試合には、勝てたようです。おめでとう。
でも今回、個人的にツボだったのは、森下宛ての鈴音のラブレターかな。やはり変です、鈴木鈴音。いや、森下も相当変ですが。
「忠犬」後の律と拓人もチラリと出て参りましたが…まぁ、相変わらずのようです(^^;
関連するお話:「one on one」「忠犬とご主人様の恋愛事情」「帰り道」などなど多数


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