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ふたり

 

 「待った?」
 「いや、俺も今来たばっかりだよ」
 「良かった。涼子と話してたら長引いちゃって、なかなか抜け出せなかったの」
 「相変わらず仲がいいなぁ、涼子ちゃんと。さて、と。どこ行こうか?」
 「今日はちゃんと決めてるよ」
 「えっ、どこ?」
 「ふふふー、和哉の通ってるキャンパス!」
 「ええ? そんなんでいいの?」
 「だって、どんな所か私、知らないもん。楽しみー」
 「奈緒の期待に沿えるほど、豪華なキャンパスでもないんだけどなぁ」
 「そんな期待、してないもん。和哉が行ってる大学だから興味があるの。ボロボロの小さい大学でも、全然構わないよ」
 「はいはい。じゃあ、行こうか」

***

 「へーえ! 大きい! 綺麗だねー、緑がいっぱいあるじゃない。やっぱりアメリカの大学って感じで、広々してる」
 「日本の大学だって広いとこは広いよ。さて、どこが見たい?」
 「んーと、じゃあ、図書館」
 「あはは、奈緒ならそう言うと思った」
 「えっ、どうして?」
 「どうして、って、中学の時も高校の時も、俺達、いつも同じ図書委員やってたじゃないか」
 「あ、そうか! 私達には思い出の場所だよね、図書室は」
 「…なんだ。そういう理由で図書館選んだんじゃないのか」
 「ごめんー。でも、まだ1年も経ってないのに、懐かしいー。学年違うと学校でなかなか一緒にいられないから、って言って、毎回率先して手を挙げてたもんなー、私」
 「今は奈緒、何委員やってるんだっけ」
 「うん、結局また、図書委員。和哉が卒業しちゃったから、もう図書委員にこだわる必要ないんだけど、もうこれは、癖だね」
 「奈緒に向いてるんだろう。本も好きだし。大学も、国文とか行くといいんじゃないか?」
 「うーん、どうしようかな。それより、図書館、まだ?」
 「キャンパスの一番奥の建物なんだから、まだだよ」
 「えー、遠いー。じゃあ途中でどっか見どころとか、ない?」
 「見どころって…観光地じゃないんだからさ」
 「和哉がしょっちゅう行ってる所がいい」
 「じゃあ、カフェテリアかな」
 「あっ、行く行く」

***

 「カフェテリアも広くて綺麗。いいなー、こんなとこでランチしてるんだ、和哉は」
 「何か食べる?」
 「おなか空いてないから、飲むだけでいい」
 「それは賢明な選択だ」
 「おいしくないの? ここの食事」
 「高校の売店にあった焼きそばパンがこの世で一番うまいもんだったような錯覚に陥る位には、まずいよ」
 「うわー、それ、最悪」
 「俺も腹減ってないから、コーヒーだけにしよう。奈緒は?」
 「んーと、コーラ」


 「ねえ、このカフェテリアで、いつも誰とお昼とか食べてるの?」
 「同じ講義取ってる同期の奴らとか、かな」
 「日本人?」
 「いや、仲間内に日本人はいないな」
 「えー、じゃあ、お喋りするのも、全部英語?」
 「そりゃあ、そうだよ。アメリカに来てるんだから、日常会話は基本的に英語だよ。講義にしろ、友達との会話にしろ」
 「うわぁ、疲れそう。休み時間くらい、日本語喋れたらいいのに」
 「ま、これも、勉強だ。留学決めた時から、言葉の壁は覚悟済みだよ」
 「もしかして…そうやってお昼食べたりする友達の中に、女の子とかも、いる?」
 「いるけど」
 「ふーん」
 「何だ、やきもちか?」
 「違います」
 「いいよ、別に、やいてくれても」
 「だから、違うって言ってるでしょお?」
 「わかったわかった」
 「…やきもちじゃ、ないけど、1つだけ質問してもいい?」
 「何?」
 「その子達って、綺麗?」
 「アハハハ! そのセリフ言いながら、やきもちじゃない、って主張するの、相当無理があるよ」
 「笑うなんて、酷いっ! 心配になるの、当たり前じゃない! 私は、アメリカの女の子みたいに、グラマーでも彫りの深い顔立ちでもないし」
 「心配する必要、全然ないよ。グラマーが好きな訳じゃないし、奈緒みたいな、日本人形みたいな顔が、俺の好みだから」
 「怪しい。金髪美人に囲まれてるうちに、美人の基準値が変わっちゃうかもしれないもん」
 「おいおい…」
 「私も和哉を追いかけて、留学しちゃおっかなー。和哉って、留学直前のTOEFL、何点だった?」
 「620点位かな」
 「うわー、やっぱり無理かな、私には」
 「奈緒。コーラ、全部飲んだ?」
 「え? うん」
 「じゃあ、そろそろ行こうか。図書館。ぶらぶら散歩するには、なかなかいい道だし」

***

 「緑が綺麗だね」
 「そうだろ? 俺も気に入ってて、講義の合間に、この辺をよくウロついてるんだ」
 「あれっ、おもしろーい。道端でバイオリン演奏なんてしてる」
 「ああ、いつもいるんだよな。2つ上の奴だけど、よっぽど好きみたいで、うちの大学の名物と化してるらしいよ」
 「ふーん。いいなぁ。私、バイオリンの音って大好き」
 「そうだったな」
 「バイオリンの音って、一番、人の声に近い音のような気がするんだ」
 「奈緒が一番好きなあの曲、なんて曲名だっけ?」
 「ツィゴイネルワイゼン?」
 「そうそう」
 「ツィゴイネルワイゼンって、ジプシーの歌、って意味なんだよ。知ってる?」
 「いや、知らなかった」
 「ふるさとを持たずに、旅を続けて流れていくジプシーの悲しさが、あの高いバイオリンの音にこめられてる気がして、聴くたびに、泣いちゃうの」

 「和哉?」

 「…どうしたの、和哉。急に黙っちゃって」

 「ごめんね。バイオリンの話なんて、しない方が良かったね、私」

 「いや。そんなことないよ」
 「ほんとに?」
 「ああ、ほんとに。俺が心配なのは、奈緒がつらい思いしたんじゃないか、ってことだよ」
 「私は、平気だよ」
 「ごめん」
 「やだな。和哉が謝ったりしないでよ」

***

 「ほら、あの、右手に見える建物が、図書館だ」
 「うわ、大きい! 学校の図書館って、あんなに大きいの!?」
 「そりゃあ、高校の図書室と一緒の筈がないだろ?」
 「はー。アメリカって、スケールおっきいなー」
 「日本の大学でも、この位の大きさの図書館があるとこ、一杯あるよ」
 「そうなの? 全然知らない」
 「お前なー。ちゃんと大学受ける気、あるのか?」
 「まだ2年だもん」
 「そんなこと言ってると、あっという間に年明けて受験生だぞ。1校位、志望校の目星、つけてるんだろうな?」

 「どうした、奈緒?」

 「奈緒? 怒ったのか?」

 「黙ってちゃ、わからないだろ? どうしたんだ?」

 「ねえ、和哉」
 「ん?」
 「私、和哉の大学行きたい」

 「さっきの、冗談じゃなかったの。私も、和哉と同じ大学行きたい。アメリカの大学に、留学したいの」

 「それは…駄目だよ」
 「でも、私、和哉と離れてるの、寂しいよ」
 「俺だって、寂しいよ。でも、駄目だ。冬休みにはちゃんと帰るよ。それまで待ってて」
 「でも、そんなの、1年に何日間かだけでしょう? しかも、卒業して、お医者さんになるまで、何年も何年もかかるじゃない」
 「奈緒。その話は、もう十分しただろう?」
 「したけど! こんなに苦しくて寂しくてつらいなんて、実際に離れてみるまで、わからなかったんだもの!」


  「それは、俺もだよ」

 「俺も、この2ヶ月近く、後悔してばっかりだよ。こんな苦しい思いするなら、奈緒に寂しい思いさせるなら、日本の医大に入ってれば良かったのかな、って」

 「でも、駄目なんだよ、こっちの大学でないと」

 「奈緒の病気について研究するには、実績のあるこの大学で学ばないと」


 「うん。それは、わかってる。日本の医大に入ってくれればいいのに、なんて、今更言わない。私、嬉しい。和哉がそこまで考えてくれて。ありがとう」
 「お礼を言われるようなことじゃないよ。俺がそうしたいだけなんだから」
 「ううん、本当に、ありがとう。だから、私の方が、和哉の傍に行きたいの。和哉の傍で、和哉の支えになりたいの。だから、留学したいの。そう考えるの、おかしい?」

 「命の危険を冒してか?」

 「先生が、言ってただろう? 奈緒の体は、フライトの気圧変化に耐えられるかどうかわからない、って」

 「脳は最後の聖域だ。下手に手術しても、命を落としかねない。奈緒の病気は、まだ原因も治療法もわかっていない。効いてるかどうかも怪しい薬を大量に飲み続けて、小康状態をじっと維持し続けるしかないんだ。それなのに、飛行機になんて乗せられないよ」

 「奈緒」

 「奈緒、頼むよ。我慢してくれ。できるだけたくさん、日本に帰るようにするから」

 

 「…私、本物のキャンパスを歩きたかったな」

 「和哉が住んでる部屋も、和哉の行きつけのお店も、全部、自分の目で見たかった」

 「メールで送られてくる写真だけじゃなく、本当に大学のキャンパスを眺めて、カフェテリアでお茶して、涼しそうな並木道を和哉と歩いてみたかった」

 「…ごめんね。わがまま言って。それができないの、私自身が一番、よくわかってるのに」
 「そんなこと、言うな」
 「ううん。私、和哉をいっぱい困らせてるもの」
 「そんなことない。俺の方こそ、歯がゆいよ。今の奈緒にしてやれることが、写真送ってやること位しかなくて」
 「こんなこと位しか、なんて言わないで。写真見ながらおしゃべりしてると、本当に行ったような気分になれるもん。ほんとだよ?」


 「明日は、どこに行きたい? あちこち撮りためた写真、まだまだたくさんあるぞ?」
 「そうだなぁ。今日の続きにしよっかな。まだ図書館見てないし」
 「じゃ、ついでに、一番よく行く講義室にも一緒に行って、いつも座る席に一緒に座ってみようか」
 「うん!」
 「でも奈緒、もっと早く寝た方がいいんじゃないか? こっちが昼休みの時間って、日本は真夜中じゃないか」
 「その前にちょっと仮眠とってるもん。大丈夫」
 「無理するなよ」
 「無理してでも、和哉と会いたいから」

 「奈緒」
 「なあに?」
 「本物の奈緒に、会いたい」
 「私も、本物の和哉に、会いたいよ」
 「うん」

 「そして、いつか―――和哉の声を、もう一度聞きたい」

 「俺だけ奈緒の声聞いたら、ずるいよな」
 「そうだよ。ずるいよ。もう1年以上聞いてないんだよ、私。でも…もし、和哉が凄くつらかったら、言ってね。私から電話するから」
 「ありがとう。病気が治ったら、一緒にまた、ツィゴイネルワイゼンを聴こう」
 「聴けるかな。…聴こえるようになるかな」
 「なるよ。俺がそうしてみせる」
 「うん。そうだよね」

 「じゃあ、おやすみ、奈緒」

 「おやすみなさい」


 

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 ログアウト:XX/10/03 00:48 A.M. チャットルームご利用ありがとうございました



800000番ゲットのkararaさんのリクエストにおこたえした1作です。
ご希望は「最後に、あ〜そういうことかって言える話」。む、難しい…。前にあった大どんでん返しのリクエストの時も難しかったけど、これも厳しいなぁ。
今回のはちょっと、実験的作品です。全編、会話のみ。しかも、結局電話じゃないから、沈黙時の「……」も使えない(笑) うーむ、果たして無事、皆さんを騙すことが出来たかなぁ?
内容は、ちょっと悲しいお話です。右下の写真(素材サイト「君に、」より)は、2人の高校時代のイメージでしょうか…。


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