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― Wedding Complex -おまけ- ―

※注意※「Infinity World」と「Wedding Complex」読了の必要があります。

 

 「ちくしょー! 絶対、リベンジしてやらなきゃ気が済まねぇっ!!」
 イライライラ。
 新居の居間で、落ち着かなく動き回る久保田の様子に、写真を確認していた佳那子は、半ば呆れたようなため息をついた。
 結婚式、および披露宴の間に瑞樹が撮ってくれた大量の写真が、無事プリントされてきてからというもの―――つまり、つい1時間ほど前からずっと、久保田は、まるで冬眠から目覚めた熊みたいに、部屋をウロウロし通しなのである。気持ちは分からないでもないが、はっきり言って、かなり鬱陶しい。
 「ねえ、ちょっとは落ち着いて座ったら?」
 「これが落ち着いてられるか! なんでお前、そんなに落ち着いてるんだよ!」
 「あんたが落ち着かなさ過ぎなのよ」
 「写真見たら、また怒りが蘇ってきちまったんだから、しょーがねーだろっ」
 「…あのね。どの写真焼き増しするかチェックしなくちゃいけないし、式場の方に集合写真の追加も頼まないといけないし、式が終わったからって、やらなくちゃいけない作業がまだまだたーくさん残ってるのよ? それを全部、私にやれっていうの、あんたは!」
 「……」
 さすがにそれは、まずい。久保田は、髪をぐしゃぐしゃと掻き毟ると、ドサリと佳那子の横に腰を下ろした。

 久保田のイライラの原因は、勿論、自分達の披露宴の時の、あの余興である。
 そして、復讐を誓った相手は勿論―――あんな企画を最初にぶち上げた瑞樹と蕾夏であり、それを更にトンデモナイ企画に発展させた真の黒幕・善次郎である。
 「そこまで怒るような話でもないでしょ。結局、一番騙されて、一番割り食った役割になったのは、うちのお父さんなんだから」
 そもそも、あの企画全体が、娘に対していまだストーカー状態で、結婚はいいけどキスは駄目だ、なんて恐ろしい理論をぶちかます昭夫に対する天誅企画だった。
 瑞樹と蕾夏が、後に語った話によれば―――…。


 「最初は、4回戦までみたいな“孫自慢・娘自慢バトル”だけの企画だったんだよね」
 と、蕾夏。それを受けて瑞樹も、
 「そ。で、どっちが勝っても負けても、“勝利のキスをプレゼント”に持ち込んで、佐々木先生をとっちめてやろう、っつー企画」
 「でも、佳那子さんが負けちゃったら、多分、パニックになったままキスまでいかずに終わっちゃうなぁ、と思って悩んでたら、久保田さんのおじいさんが、“そんなら、最初から筋書きを作っておけばよかろう”って」
 「それに、爺さんと親父のバトルなのに、闘ってる当人じゃない新郎新婦が納得してそこまでやるとは思えない、とさ」
 「で、最後にもう1回戦、新郎新婦を巻き込んだバトルをやっといた方が、久保田さんも佳那子さんも乗ってくる筈だ、ってことになったの」
 つまりは。
 審判団に判断を委ねなくてはならない4回戦までは、善次郎が、披露する内容を適度に調整して、両家ほぼ互角に持ち込む。
 そして5回戦では、佳那子と昭夫が絶対に同じ答えを書くような問題を特別に選び、善次郎は悉く久保田の裏をかいて、負けに追い込む、と。
 そう。1回戦から5回戦まで、あのバトル、全て善次郎が勝ち負け操作していたのである。
 「5回戦第2問で、佐々木先生が本当のこと書いちゃったのは、意外だったよね。絶対、佳那子さんと同じ“ノーコメント”で来ると思ってたのに」
 「1回戦は爺さん、負ける計算でやってたらしいぜ。でも予想外に勝っちまったから、孫自慢は押さえ気味でいったらしい」
 「私達はまだあの域までいけてないよねー。試合の盛り上がりまで計算して、回答操作なんてできないもん」
 そして2人が口を揃えて言ったのは、この言葉。

 「まあ、気絶したのは、想定の範囲外だったけど」


 「でも、余興にトークバトルやりたい、って最初に裏工作したのは、お父さんなのよね…」
 「…お前が悪いんだぞ。あの悪魔コンビの話なんかを、結納の席で出すから」
 “何を画策するか分からないから、カメラマン役を頼んで、目一杯働いてもらう”なんて話をしてしまったがために、昭夫と善次郎が、いそいそとその悪魔の所にはせ参じる羽目になったのだ。
 「私は、当日はそりゃ疲れちゃったけど、後で思い返すと結構楽しかったわよ。一気飲みさせられたバーボンだって、私達が一番好きなお酒がバーボンなの知ってるからこその選択でしょ? 実際、12年もので、おいしかったし」
 「そりゃそーだけどなー! お前はせいぜい“兎おいしい”位の秘密しか暴露されなかったから平気なんだよっ!」
 「ああ…、久保田は結構、やられちゃったものねぇ…」
 「ちっきしょー…。何かいいリベンジの方法、ねぇかなあ…」
 「…そもそも、倉木さんのターゲットを成田に切り替えさせたりするから、こーゆーことになったのよ? だから成田を怒らせちゃ駄目だって言うのに」
 それに関しては、反論の余地のない久保田であった。うぐ、と、言葉を詰まらせる。
 「もー、いーじゃないのー、どうでも。結婚式そのものは、凄く厳かで良かったし。披露宴だって、ああいうのはお客様をもてなすためにあるんでしょ? スピーチ7連発なら、安心して高砂席に座ってはいられたかもしれないけど、多分参列者からはブーイングの嵐だったと思うわよ。部長の言う通り、私達の生真面目な頭じゃ、あーんな盛り上がる披露宴は逆立ちしたって計画できなかったんだから、結果オーライでよしとすれば?」
 「できねーよっ!」
 「じゃあ、成田と蕾夏ちゃんの結婚式まで待てば?」
 「んな、いつあるか分からねーもん、待てるか! あの2人、結婚するかどうかも怪しいのに」
 「そうねぇ。入籍しても、親族だけでひっそり式挙げるだけで、披露宴なんてやらなそうよねぇ、あの2人なら」
 自分達はやる予定がないからこそ、あんなバラエティーショーのような企画を平然とぶち上げられるのかもしれない。更にイライラが募って、久保田は余計、頭を掻き毟った。

 実を言えば、よく考えると、あの2人にはさほど酷いことをされた訳でもないのだ。
 特設リングに久保田善次郎対佐々木昭夫、というシチュエーションだけで十分卒倒物だが、会場に集まった人間は全て久保田と佳那子側の人間―――マスコミも、テレビカメラも、善次郎や昭夫の関係者も皆無だ。そう考えると、催し物としては結構面白い物だったかもしれない。実際、1回戦辺りのバトルは、今思い出すと結構面白かった(内容が自分達のことなのが辛いところだが)。
 5回戦第3問も、佳那子と昭夫が確実に同じ答えを書くと踏んだからこそ、悪友どもの悪ふざけしたリクエストをあえて採用したのだし、その結果、善次郎があんなオソロシイ回答を書いたのは、瑞樹と蕾夏にとっては予想外の話(逆に、絶対に外れとなるよう現在の久保田の年齢より高い年齢をわざと書いてくると予想していたのだ。瑞樹が書いた13歳は、その辺の計算から来たおふざけである)。恨むなら、善次郎と大学の悪友を恨まなくてはいけない。
 二度と見たくなかった小学校時代の絵も、善次郎が持ち出したものであって、あの2人もあの会場で初めて目にしたらしい。「あそこまで酷い絵だとは思わなかった」と言われたが、下手な絵だったのは久保田の責任であり、あの2人のせいではない。

 でも。
 それでも、久保田のリベンジ熱は、何故かあの2人に向いてしまう。
 要するに―――あの2人を警戒していたにも関わらず、あっさりやられてしまったどころか、招待客ぐるみで騙されてしまったことが、どうにもこうにも悔しいのだ。

 「あー、でも、成田も少し隙が出てきたわよねぇ」
 もうリベンジの話はどうでもいいらしく、再び写真を整理しだした佳那子が、感慨深げにそう呟く。
 「なんだ? 隙、って」
 「え? ああ、だって、神崎とナナの結婚式の時は、人前では結構よそよそしかったじゃない? 成田と蕾夏ちゃんって。でも今回は、式の間も披露宴の間も、ずーっと2人1セットで動いてたでしょ。蕾夏ちゃんがアシスタント務めて」
 「……」
 「社長とか部長とかもいたのにねぇ。結構驚いてたわよ。そうか、あれが噂の成田の恋人か、って。ほら、ハリウッド女優だとか、モデルだとか、会社の連中の間で色々憶測が飛び交ってたでしょ?」
 「…………」

 ―――…そ……、

 その手が、あったか―――!!!

 「おい」
 写真を持つ手を、ぐい、と久保田に掴まれ、佳那子はキョトンと目を丸くした。
 いきなり手を掴まれたことも驚いたが、それ以上に―――久保田の表情が、一変していたことに、驚いたから。
 つい今しがたまで、イライラ度200パーセント、という顔だった久保田は、何故か、嬉々とした顔でニンマリと笑っていたのだ。
 「偉いぞ、佐々木。いい所に気がついた」
 「な、何???」
 「ふっふっふっ」
 久保田の不審すぎる笑みが、余計、深くなった。
 「見てろよ、瑞樹。誰がお前らの結婚式なんて霞みたいな未来を大人しく待っててやるか。来週末には、リベンジ祭りだ」
 「????」
 そう言われても、何が何だか、さっぱり分からない佳那子であった。

 

***

 

 その、翌週末。

 まだ朝早い時間帯に、瑞樹と蕾夏の住むマンションの1室の呼び鈴が、突如けたたましく鳴った。
 一体誰だよ、と、半分寝ぼけ眼で玄関へ向かった瑞樹。魚眼レンズから覗くと、そこに立っていたのは、久保田だった。
 だが、しかし。

 「よおー、瑞樹。同棲生活スタート、おめでとう。転居祝いに来てやったぞ」
 そう言って満面の笑みを湛える久保田の背後には。

 「げっ、マジで成田、同棲してんの!?」
 「なるほど、あの会場で会ったお嬢さんは、成田の同棲相手だったのか」
 「社長、黙ってましたがあの女性、実はうちと取引のあった会社の元SEさんでして…」
 「えーっ、だったら、取引先の女に手ぇ出したって噂が合ってたのか!」
 「ショックー! 俺、金髪モデルって噂に1万円賭けてたのに」
 「なあなあ、ディカプリオと共演したって噂は、結局、どうだったんだよ?」

 社長、部長連中をはじめとする、株式会社ブレインコスモスの元上司・元同僚、総勢7名もの顔が、ズラリと並んでいたのだった。

 「里谷とか倉木とか、女どもを呼ばなかったのは、ひとえに、俺の善意だからな。ありがたく思えよ」
 「……」
 「俺達、朝飯食ってねーんだよ」
 そう言って久保田が差し出したのは、玉子2パックだった。
 「お前、オムレツ作る腕が、プロレベルなんだってな。是非、ふるまってくれよ」

 

 週明け。株式会社ブレインコスモスには、誰も想像だにできなかった「器用にオムレツをひっくり返す瑞樹」の写真と一緒に、こんな噂話が広まっていた。

 「見ちゃったよー、成田の彼女! あれって大学生?」
 「え、取引先の女じゃなかったっけ」
 「高校生だったりして。大丈夫かよ、成田」
 「最初見た時彼女が着てたのって、絶対、成田の服だろ。もしかして俺ら、もの凄くヤバイ時に踏み込んだのかな」
 「うわーっ、想像させるなっ! あんな清純派とあの成田のそんなシーン、想像するだけで刺激強すぎ」
 「俺、それより、彼女が着替え終わるまで入るな! って睨みきかしてた成田が最高だった。おもしれー。“俺の女を勝手に見るな”オーラ全開」
 「あいつでも嫉妬とか独占欲ってあるんだなぁ、一般人並みに」
 「っつーか、人間だったんだなぁ、成田も」
 「で、結局、ディカプリオと共演したって話、どうなったんだっけ??」
 

 この後に展開される地獄絵図は―――筆者には、とても書けません。


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