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駅の改札を抜けたところで、電話をしようと携帯をポケットから取り出したら、淡いライトがチカチカと点滅していた。
不覚にも、電車の中で眠ってしまったので、気づかなかったらしい。慌てて着信履歴を見た瑞樹は、30分足らずの間に蕾夏の番号が3回も表示されているのを見て、さすがに目を丸くした。
どうしたのだろう? 珍しいこともあるものだ―――とはいえ、瑞樹にしたって、今から電話しようと思った相手は、蕾夏なのだけれど。
人の流れから抜け出し、夕方から降り出した雨を避けるように駅の外壁にもたれて、着信履歴からそのまま発信する。
無機質な呼び出し音が、耳元で続く。が、5回続いたところで、お馴染みの「こちらはNTTドコモ留守番サービスセンターです」という声に変わってしまった。
「……」
眉をひそめた瑞樹は、一端通話を切り、1分ほど待ってもう一度かけてみた。
やっぱり留守番電話になる。
―――あいつ、一体どこにいるんだ?
一番新しい履歴は10分前だったが、もしかして向こうも移動中なのだろうか。
全く、タイミングが悪い。
タイミングが悪いのは今日だけの話ではないが、今日はちょっと、普段なら我慢できることが、我慢できない。だからこそ、まだ出先だというのに蕾夏に電話しようとしていたのだし、着信履歴に一瞬胸がざわめいたのだ。
苛立ったように前髪を掻き上げた瑞樹は、しばし携帯の液晶画面を見つめた後、くるりと踵を返すと、今出たばかりの改札口へと戻った。
***
駅の改札を抜けたところで、もう一度電話してみようと携帯をバッグから取り出したら、小窓の部分に「着信アリ」と出ていた。
電車の中ではマナーモードにしているので、バッグの中では鳴っているのに気づかなかった。慌てて着信履歴を見た蕾夏は、30分ほどの間に瑞樹の番号が3回も表示されているのを見て、思わず苦笑した。
なんだか、鏡を見ているようだ。きっと瑞樹も、蕾夏からの着信履歴を見て、何事かと驚いて電話してきたのだろう。せっかくかけてやってるのに、出ないとは何事だ、と憤慨しているかもしれない。
一番新しい履歴は、つい5分前だった。蕾夏は、手にしていた傘を腕に掛けると、着信履歴から直接電話をかけてみた。
コール2回。電話は間もなく、繋がった。
『はい』
「瑞樹?」
『ああ―――履歴見た』
「私も、見た。ごめんね。電車の中だったから、全然気づかなかった」
『それは俺もだし。もう降りたのか?』
「うん。瑞樹は? 今、どこ?」
『また電車乗ってる』
「え?」
『お前、どうせもう家のそばだろ?』
「そうだけど…」
『今、そっち向かってる。あと10分弱で着く』
「でも、私、そっち行こうかなと思って電話したのに…」
『…なんだ。じゃあ同じか』
「同じ?」
『俺も、そっち行っていいか、って電話しようとしてたから』
「…ホント。同じだね」
思わず笑ってしまう。
今日はちょっと、一人で居る気にはなれなくて―――ほんの僅かな時間でも瑞樹と一緒に居られたら、きっと今感じている様々な思いが、少しは穏やかで楽しいものに変わる気がして。瑞樹が撮影現場から戻る途中か、事務所にいるのだったら、帰宅前にどこかで待ち合わせられないだろうか、と、考えていたのだ。
まさか、瑞樹もそうだったなんて。自分がそうであったように、瑞樹も今日、何かあったのだろうか。
「じゃあ、改札のとこで待ってる」
『いや、先家帰ってていいって。雨足強くなりそうだから』
「ううん、待ってる。だって」
―――その方が、1分でも早く、顔が見られるから。
言葉にはしなかったが、続いた沈黙の中に、そんな心の声は聞き取れたのかもしれない。受話器の向こうの声が、僅かに苦笑する。
『…わかった。じゃ、また後で』
「うん、後でね」
再会まで、あと10分弱。
それまでの間―――今日、思いがけず思い出すことになった過去の様々な出来事について、ちょっと思いを馳せるのも、悪くはないかもしれない。
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