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 改めて連絡するから、と言う叔父に、奏は、複雑な心境をそのまま映したような顔で振り返った。

 「…なあ、郁」
 「何?」
 「あんたたちにとってのオレって、何?」
 「僕にとっては、自慢の甥だよ」
 「…“あいつ”にとっては?」
 暫し口を閉ざした叔父は、少し目を細め、静かに口を開いた。
 「じゃあ、キミにとっての“あいつ”は、一体“何”?」
 「……」
 “何”なのか―――奏は、答えられなかった。


 一宮 奏、27歳。
 遠い空の向こうに、大切な「Home」と、忘れ去りたい「Home」がある。

 


 くっついて離れない弟と妹をなんとか宥めた咲夜は、実家を後にする直前、母に呼び止められた。

 「たまには夕飯、食べていったらどう?」
 「んー…、でも、そろそろお父さん帰ってくるしね」
 「…命日も、近づいてるし。お父さんと話し合うこともあるんじゃない?」
 「……」
 「“お母さん”だって、たまには、父娘(おやこ)揃った顔も見たいんじゃないかと思うわよ?」
 母にとっては、微妙な話題だろう。少しの間、黙って考えた咲夜は、最後にはニッ、と笑ってみせた。
 「手の合わせ方ひとつで喧嘩になるような父娘なら、バラバラの方が親孝行かもね」
 「咲夜ちゃん…」
 「あの人はあの人、私は私さ」


 如月咲夜、24歳。
 もう存在しない、忘れたくない「Home」と、帰ることのできない「Home」がある。

 


 今にも壊れそうな「Home」を、必死に支えている者もいる。
 失った絆を取り戻させるため、再び「Home」を築き直そうとしている者もいる。

 大好きだけれど、狭すぎて息が詰まりそうな「Home」。
 もう帰りたくもない、呪縛でしかない「Home」。
 ここには、様々な「Home」を持つ者が集っている。

 


 「―――…(れん)、」

 背後からかけられた声に、蓮は、荷造りをする手を止めた。
 が、振り返らなかった。

 「本当に、出て行っちゃうの?」
 「……」
 「何も、出て行かなくたって―――少し様子を見ない? まだ時間はあるんだし」
 答えず、パンパン、と手をはたき、立ち上がる。まだ運び出すのは先の話だが、多忙な蓮には、準備のための時間があまりない。けれど、こうして見渡すと5割がた終わったな、という感じだ。
 ほっと一息つき、ようやく、背後の女を振り返る。
 誰だお前、と言いたくなるほど普段の彼女とは違った服装に、皮肉な笑みが口元に浮かぶ。今更気取ったところで、どうなるもんでもないだろうに―――これがTPOとかいうやつか。でも、全然似合っていない。
 「そろそろ、始まるだろ、結納式」
 「…うん」
 「じゃ、行くぞ」
 「でも、蓮、」
 「俺は、出て行く」
 追いすがるような女の声を振り払うように、そっけなく宣言する。
 「遅かれ早かれ、独立するんだ。いい節目だから出て行く―――それ以上でも、それ以下でもない」
 「……」
 「行こう」
 まだ何か言いたそうな振袖姿を一瞥し、蓮は、すたすたと自分の部屋を後にした。

 すれ違う時、女が、何か小さく呟いたような気がした。けれど、蓮には、その言葉が聞こえなかった。
 聞こえたとしても、蓮の気持ちが変わることなど、なかっただろう。


 穂積 蓮、21歳。
 今、まさに、「Home」から逃げ出そうとしているところ。

 


 2003年、夏。
 6人の住人の、今の居場所(Home)―――“ベルメゾンみそら”に、新たな住人が加わろうとしていた。


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