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備え付けのテレビ画面では、スターチャイルドが地球を見下ろしている。有名な映画「2001年宇宙の旅」のラストシーンだ。
だが、それを見ている筈の人間は、もう10分以上前から、テレビを見ていない。
―――寒い。
夢遊病状態で、蕾夏はもぞもぞとベッドの上を這いまわり、マットレスの縁に押し込まれている綿毛布と上掛け布団をずるずると引っ張り出して、その中に潜り込んだ。空調を調節すればいい筈だが、眠気で澱んだ頭ではそこまで思い浮かばない。
―――瑞樹、風邪ひくかな。
一瞬、そう思ったが、その1秒後、蕾夏の意識は完全に途絶えた。
***
その、数時間前のこと。
「シングル2つにツイン2つだけど、どうやって分かれる? 希望とかあるか?」
ホテルのフロントで4つの鍵を受け取った久保田は、ロビーの椅子に陣取っている他の5人に向かって訊ねた。
「私、シングル希望。今までツインで泊まったことないから」
蕾夏が真っ先に手を挙げた。
「じゃあ、自動的に、私とナナがツインね」
と佳那子。異存はないらしく、奈々美もそれに頷いた。
「おっけー。じゃ、藤井さん、シングル決定。佐々木と木下がツイン、と」
「じゃ、男3人でじゃんけんしますか」
と和臣が提案したので、3人でじゃんけんをする。結果は、瑞樹と久保田がチョキ、和臣がグーだった。
「わーい、オレ、シングルね」
「…隼雄、静かに寝ろよ」
「お前こそ静かに寝ろよ」
こうしてあっさり、6人は4つの部屋に分かれた。
***
―――確かに静かだけど、早すぎる。
瑞樹は、ベッドに倒れこんで数秒後にもう寝息をたてている久保田を見下ろし、呆れたようにため息をついた。
だが、無理もなかった。日中さんざん泳ぎまくってクタクタの体に、さきほどの夕食で浴びるほどビールを飲んだのだから。いくら酒豪の久保田でも、通常時の数倍は酔いが回っている筈だ。
時計を見ると午後10時50分。いつもの生活で考えれば、まだ寝るには早すぎる時間だった。が、土曜日にやっている映画番組はもう終わっているし、時間帯からみてバラエティ番組しかやってなさそうだ。
―――暇だよなぁ。
そう思った時、突如、備え付けの電話がけたたましく鳴った。
そのあまりの音の大きさに飛び退った瑞樹だが、ふと見ると、久保田の方は全く無反応だ。不自然なうつぶせ状態の久保田は、ピクリとも動かない。
ジリリリリ、と鳴る電話と久保田を見比べ、こういうのを「爆睡」って表現するんだろうな、と考えた。
3コール目位で受話器を取った。
「はい」
『あ、瑞樹?』
「なんだ、蕾夏だったのか。この電話、凄い音するから驚いた」
『ごめん。だってここ、携帯入んないんだもの。今何してる? 久保田さんも一緒?』
「隼雄は現在爆睡中」
『もう!? さっき別れたばっかじゃん!』
「疲れてるし、酔ってるんだろ…この電話の音でも目覚まさないんだから立派だよ。で? どうした?」
『あ、そうそう。あのね、備え付けのテレビの有料放送映画、今月は“2001年”だって。暇してるんだったら、観ながら解説して欲しいなと思って。この館内電話、繋ぎっぱなしでも大丈夫でしょ?』
「へえ。何時から?」
『23時5分からって番組表に書いてある』
「番組表?」
瑞樹はぐるりと周囲を見回した。テレビのリモコンはすぐ見つかったが、番組表が見つからない。
テレビのリモコンを見て謎が解けた。
有料番組を選択し、最後に支払を決定させると思われるボタンに、これみよがしに黒いビニールテープが貼られていたのだ。リモコンの故障らしい。
―――直せよ、これ位。
好きな映画だけに、ムカついた。
***
「…狭いなー、シングルは」
「文句言うなら自分とこで見れば」
「お前、それが人に解説頼む態度かよ」
結局、瑞樹は蕾夏の部屋に出張解説に出向く羽目になった。
一応リゾート地らしく若干広めだったツインルームと違い、シングルルームはビジネスホテル並みの狭さである。ソファやテーブルといった余計なスペースもなくて、壁際に机、その横にテレビ、あとはベッドがあるだけ。江ノ島まで来てこれじゃあ、ちょっと気の毒ではないだろうか、と、瑞樹は思った。
「ウーロン茶でいい?」
「あ、サンキュ」
蕾夏は備え付けの冷蔵庫からウーロン茶を1本取り出すと、瑞樹に渡した。自分の分はオレンジジュースを選び、瑞樹からすこし離れたベッドの上に膝を抱えて座った。
「やっぱり部屋が違うせいか、いつも以上に目が冴えちゃって」
「まだ時間早いしな」
「うん。それに、家なら“眠れない日はチャット”だったんだけど、ここじゃそれも無理だしね」
リモコン操作しながらそう言う蕾夏の横顔を、ちょっと意外だ、という顔で瑞樹は眺めた。
「もしかして、チャット始めた理由って、それか?」
「きっかけはね。眠れなくてネットをうろうろしてて、偶然参加したチャットルームがあそこだったの」
「…ふーん」
その相槌の微妙なニュアンスに気づき、蕾夏は眉をひそめた。
「もしかして、自分もそうだとか言わない?」
「まあな。全然眠れなかった日があって、偶然迷い込んだチャットルームにいたのが、江戸川。とっつかまって、延々時代劇の話聞かされて、1時間後には疲れ果ててよく眠れた」
「あははは、江戸川さんて吉川英治とか司馬遼太郎とか大好きだもんねぇ、若いのに」
「俺も蕾夏も、隼雄の神経分けてもらえりゃいいのにな」
「ほんとにねぇ。…あ、始まった」
オープニング画面になったのを機に、2人並んでテレビ画面に目を移した。
「この映画が難解なのって、キューブリック監督のせいか、原作のクラークのせいか、どっちかな」
画面からは目を離さず、蕾夏はオレンジジュースを口にして言った。
「比重からすれば、クラークかな。同じキューブリック作品でも“シャイニング”なんかはわかりやすいし」
「キューブリックってもうかなり高齢だよね。来年新作が公開されるらしいけど」
「あー…あれな。R18指定になるって噂の映画」
「え。そうなの?」
「残念だな。お子様観覧禁止じゃ、お前、観に行けねーじゃん」
サラリと言われた一言に、蕾夏の目が、険悪に
「―――枕と番組表、どっちがいい?」
「番組表」
直後、蕾夏が投げた枕が、瑞樹の頭を直撃した。
「…番組表っつったのに…」
「あ、ねぇねぇ、このシーン! 宇宙船の客室乗務員、なんでわざわざここで一回転するんだろう? 客室の構造、どうなってんのかなぁ?」
「…もう聞いてねーし…」
飛んできた枕を元あったあたりに投げ出して、瑞樹も画面に目を向けた。枕が直撃した影響で少々首が痛かったが、数分するとそれもおさまった。
淡々と進むストーリーに、2人は徐々に没頭していった。
***
―――このへんまでは面白いけど、ラスト30分が難解なんだよなぁ、この映画。
映画もそろそ後半にさしかかっている。蕾夏は、すっかりぬるくなったオレンジジュースを口にした。あまりおいしくなくて、まだ少し残っているが、枕元のサイドボードの上に置いてしまった。
セリフも音楽も少ない映画のせいか、思考力が落ちかけている。旅行先では明け方近くまで寝つけずにいる事が多いのに、今寝転がったら気持ちよく寝られそうな気がする。
でも、瑞樹に解説して欲しい肝心なシーンは、ここから先なのだ。眠ってはいられない。眠気覚ましを兼ねて、蕾夏は久々に瑞樹に声をかけた。
「ねぇ、結局“HAL-9000”が暴走した理由ってさぁ…」
50センチほど向こうに座っている瑞樹の方を見た蕾夏は、そこで言葉を切った。
「―――もしかして、眠ってる?」
瑞樹は、ベッドに腰掛けて脚を組んだまま、腕組みした腕に頭がくっつきそうなほど、前に傾いていた。時折右や左に微かに体が
「ちょっ…寝るんなら部屋戻ってよ?」
返事なし。
「ちょっとー、瑞樹! 起きなさいって!」
肩を叩いてみると、やっと反応があった。びくん、というように顔を上げ、それから目覚めに抵抗するように眉を顰める。長めの前髪を掻きあげると、更に眉を顰めた。
「うー…眠い…」
「眠いんなら、部屋戻れば?」
「んー…」
ところが瑞樹は、全く反対の行動を取った。
ずるずるとベッドの上に這い上がると、その足元あたりにゴロンと転がり、本格的に眠ってしまったのだ。
「こ、こらっ! ちゃんと部屋戻ってから寝なよぉ」
慌てて瑞樹の体を揺すったが、鬱陶しいと感じたのか、瑞樹はその蕾夏の手を引きはがした。そして、その手を中途半端に握ったまま、規則的な寝息をたて始めてしまった。
「ちょっと…私の手は安眠枕じゃないよ」
ぐいぐい、と手を引き抜こうとするが、ロックされたみたいに全然動かない。
「…もうっ! どっちが18歳未満よ」
担いでドアの外に放り出そうにも、自分より20センチ以上も背の高い大人の男相手では無理だ。
蕾夏は諦め、瑞樹に手を貸したまま、またテレビ画面に目を移した。
だがそれも、10分も持たなかった。
握られている手が温かくて、先ほどまで微かだった睡魔がどんどん増してくる。加えて、映画も難解なシーン続出で、効果音が眠気に拍車をかける。
瑞樹は完全に熟睡モードなのか、最初は引き抜こうとしてもびくともしなかった手が、今では簡単にするりと抜け出せた。
手を離してしまったら、急に寒さを感じた。
―――寒い。
ぶるっと身を震わすと、蕾夏は布団の中に潜り込んだ。
***
それから何時間経っただろうか。
ふと人の気配を感じて、蕾夏は目を覚ました。といっても、元々すっきり目が覚めるタイプではない。半分眠った状態で、目を微かに開けたような状態だ。
「…さむ…」
足元の方で、瑞樹の声がした。ああそうか、瑞樹いたんだっけね、と思ったが、眠くて動けない。
続いて、上掛け布団がズルズルと足元の方へと引っ張られていく感じ―――寒くなった瑞樹が上掛け布団を引っ張って行ってるのだろうということはわかったが、抗議の声をあげるだけの思考力は、蕾夏にはなかった。
―――さ…寒くなったなぁ…。
上掛け布団に包まってまた足元にゴロンと転がる瑞樹を感じつつ、蕾夏は本能的に綿毛布を死守するように握り締め、体を丸めた。
とにかく、眠い。その眠気を優先し、蕾夏は綿毛布に包まってまた眠りの淵に落ちた。
旅行先だというのに、眠りはとてつもなく心地よい―――蕾夏は久々に、夢すら見ずに深く深く眠ることができた。
***
―――なんで瑞樹がいないんだ?
翌朝、目が覚めた久保田は、自分が昨日夕食から戻った時と同じ服装であることと、部屋のどこにも瑞樹がいないことに驚いた。
しかも、部屋の鍵がない。つまり、瑞樹が鍵を持ち出したということだ。
久保田は、オートロックされないようドアにボストンバッグを挟んで、廊下を挟んだ向い側の和臣の部屋に向かった。
呼び鈴を2、3度鳴らすと、寝ぼけ眼の和臣が、薄く開いたドアから顔を出した。
「あー、久保田さん…おはよーございます…」
「おはよう。瑞樹ってそこにいる?」
「ふぇ? 成田…? いないですよ。成田は久保田さんとこでしょ?」
「―――いないのか。いや、悪かった、起こして」
「い〜え〜」
大きな
―――藤井さんなら知ってるかな。
暫し逡巡した後、久保田は、和臣の部屋の隣にあたる蕾夏の部屋の呼び鈴を押した。
1度ではなんの反応もなく、もう1回押す。すると、ドアの向こう側で人の動く気配があり、ドアが開いた。
「…んだよ。隼雄じゃん」
「―――…」
寝起きの、超不機嫌オーラを放っている瑞樹と対峙して、久保田は言葉を失った。
「…何?」
目もほとんど開いていない瑞樹は、呆然と突っ立っている久保田の顔を不審げに眺めた。が、何かを思いついたらしく、Gパンのポケットをごそごそと探った。
「―――ああ、鍵か。ごめん。はい」
久保田の手に、部屋の鍵が握らされた。
「…おお。サンキュ」
―――いや、そうじゃなくて。
「なんでお前、ここに…」
と久保田が言いかけたその時、部屋の中から、蕾夏のくしゃみが聞こえた。
―――ちょっと待て! 藤井さんもいるんじゃねーか! 一体どうなってるんだ!?
混乱する久保田をよそに、瑞樹もくしゃみをした。
「うー、さむ…。なんかここ、よく眠れるから、もーちょい寝てく」
「へ?」
「じゃ、また後で」
そう言い残し、瑞樹は部屋の奥へと消えてしまった。ドアが自然と、パタン、と閉まった。
「…おい…誰か説明してくれよ」
鍵を片手に呆然とする久保田に、説明してくれる者はいなかった。
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