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no063:
そぅっと覗いてみてごらん
-odai:35-

 

ミイラトリ ガ ミイラ?

―99.03―

 女子社員の間では、成田瑞樹は「弱点のない男」であるとされていた。
 仕事ができる。女にもてる。だけど、女に冷たい。

 「…言っていいかしら」
 「はい〜? なんでしょう?」
 「女に冷たい、ってわかってるなら、突撃するだけ無駄だと思わない?」
 来客用の湯呑みを布巾でキュッキュッと拭きながら、佳那子は感情のない声でそう指摘した。が、給湯室で佳那子を捕まえた自称「成田撃墜隊長」里谷には、あまり効果がなかったようだ。
 「それをあえて撃墜しようっていうのがいいんですよぉ」
 「…そういうもん? 第一、なんでそんなに成田がいいのかが、一番わからないわ」
 「ええー、なんかこう、攻略意欲が湧くじゃないですかぁ! 無口で謎めいてる上にあんなセクシーな目してる男なんて、滅多にいないですよぉ?」
 …攻略意欲? 成田はゲームと一緒な訳?
 「それにしても成田さん、最近手ごわいですよー。前は大勢の前で大胆に迫れば、注目浴びるよりはマシって感じでデートに応じてくれてたけど、この頃は全然だめです。部長や次長の前で思いっきり抱きついてやっても、一言“邪魔”って言って引き剥がされて終わりですもん」
 「…あんたたち…そんな事成田にしてるの」
 「なーんかいい方法ないですかねぇ…。佐々木さん、いい知恵貸して下さいよぉ」
 ―――成田…可哀想に…。
 自分が瑞樹の立場だったら、絶対会社を辞めてるだろう。佳那子は心底、瑞樹に同情した。

***

 ―――独り身の女に、こんな映画見せるんじゃないわよっ。
 ベタベタのラブロマンスをスクリーン一杯に見せつけられた里谷は、ちっ、と舌打ちをして、席を立った。タダ券を貰ったからって、素直に来るんじゃなかった、と後悔する。
 里谷は、コール・センターに配属されてまもなく丸1年の新人である。久保田たちの間では、瑞樹と蕾夏がはちあわせして路上で毒舌バトルを展開した時の瑞樹側の相手、という認識が大きいが、社内的には、そのトランジスタ・グラマーな体型と大きな目のせいで「ベティさんみたいな子」と称されている。そんな訳で、フェロモン系に弱い男性社員などに、そこそこモテている。
 だが、今日は土曜日。里谷の外見は、ベティさんからは程遠い。勿論、体型は変わらないが、日頃きっちりカールしている髪も、今日は適当に1つに束ねているだけ。ノーメイクに近い顔は色気のいの字も感じさせないし、コンタクトをやめているので赤い縁の眼鏡をかけている。服装もセーターにボックススカートというさえないコーディネートである。日頃気合を入れている分、休みは極端に脱力してしまう。
 ―――成田さんと、この映画見たかったな〜。ラブシーンのオンパレードだもん、最高にムードが盛り上がると思うんだけど。
 そんな勝手な事を妄想しつつ、里谷は映画館を出た。右を向いても左を見てもカップルだらけで、腹が立ってくる。
 これまで、そのベティさんのような姿で狙った男は確実にゲットしてきた里谷からすれば、瑞樹がどうやっても自分になびかないのは屈辱的だった。今こうして一人寂しくカップルに囲まれてるのも全部あいつのせいよ! と勝手な逆恨みを増幅させる。

 「ちゃちな映画だったなぁ。ストーリーはベタだし、役者は下手だし。見て損した」
 「まぁ、あの監督じゃ期待はしてなかったけどね。主役は一応美人だったかな。相手役はいまいちだけど」
 里谷の背後を歩いているカップルが、今見た映画の批評をしていた。あれ? とひっかかるものを感じ、里谷は歩きながらその会話に耳をそばだてた。
 「いくら美人でも、あんな寒いラブシーンがあるかよ。アダルトビデオじゃあるまいし」
 「あはは、確かにねぇ…あれはちょっと、寒かったかも。見てて引いちゃった」
 「R指定しろよ、全く…うっかりお子様連れてきちまったじゃねーか」
 「…何それ。腹たつー…」
 ―――ちょっと、待って。この男の人の方の声…。
 里谷は、相手に気づかれないよう、こっそり背後を窺った。
 そして、すぐ後ろを歩くカップルの男性側の顔を確認した途端、ガバッと前に向き直った。

 ―――な、な、成田さんじゃんっ!!

 ど、どーゆー事!? 成田さん、今彼女いないって噂だったじゃない! 会社の中にそれらしき女なんていないわよ。社外ってこと? でも、どっからも情報流れてきてないし…。
 うわー、うわー、どうしよう。女の子の方の顔、確認しとけば良かった〜〜〜! でも、あれだけ誰にもなびかない成田さんが、わざわざ休日割いて会う位だから、相当レベルの高い女よね、きっと。うわー、“写ルンです”買っとけばよかった。写真撮ってみやちゃんや梅沢ちゃんに報告したい〜〜!

 もうこれは、尾行しかない!
 里谷は、さりげなく歩く位置を変えて瑞樹たちの後ろに回りこみ、辛うじて会話が聞き取れる距離をあけ、尾行を開始した。

***

 どこに行くのか見当もつかない2人の後姿を追いながら、里谷は瑞樹の隣を歩く人物をじっくり観察した。
 残念なことにまだ顔ははっきり見えない。体型もよくわからない。体のラインが出ないハーフコートを羽織っているので、胸もあるんだかないんだか、ウエストもどの辺にあるんだか、さっぱりわからないのだ。
 時折見える手は、白くて華奢だった。肩幅もないし、Gパンで覆われた足も細い。真っ黒で長い髪は確かに羨ましいほど綺麗だったが、体型はとにかく華奢で、色気はほぼゼロ。スタイルにだけは自信のある里谷は、勝った、と内心ほくそえむ。

 ―――なんか、恋人同士、っていうよりは、お兄ちゃんと妹、みたいな感じだなぁ、あの2人。
 でも妹じゃないよね。だって、相手の女の子、成田さんを“瑞樹”って呼んでるもの。成田さんの方は“お前”呼ばわりだから、相手の子の名前が全然わからないんだけど…。
 それにしても成田さん、滅茶苦茶リラックスしてるなぁ。私、初めてかもしれない、成田さんの普通の笑顔見たのって。それに、さりげなくだけど、結構エスコートしてる。今だって車道側歩いてるし、女の子が人ごみで押されたりすると、すぐ腕を取って支えるし。うちの会社の子たちなんて、目の前で転んでも無視だもんね。ちくしょー、羨ましいぞ、あの女の子。

 歯軋りする里谷をよそに、2人は2人のペースで行動し続ける。
 ロッテリアに入ったので慌てて近くの席を取ったが、えびバーガーを食べながら2人が語っている話は、はっきり言って里谷には理解不能な話だった。照明がどうの、美術監督がどうの、あの監督の前作はどうのと極度に映画オタクな話ばかりを延々喋っている。ロッテリアを出る頃には、もう暫く映画はいいや、というおなか一杯な気分に里谷はなっていた。
 でも、本当に大変だったのは、それからだった。
 やたら、歩くのだ。地下鉄3駅位を平気で徒歩で移動する。途中立ち止まっては、街灯や店舗のショーウィンドウやちょっとした看板などに瑞樹がカメラを向けるので、里谷も立ち止まってそれが終わるのを待つしかない。こういう中断を挟むと、ひたすら歩き続ける以上に疲れる。スニーカーで来なかった事を里谷は激しく後悔した。まあ、日頃のピンヒールに比べれば、厚底サンダルの方がマシではあるが。
 グロッキー寸前の里谷を翻弄するように、2人はCDショップで40分、本屋で50分もねばった。勘弁してよ、と思いつつも、少し離れた所で耐える。これだけの根性、他の物に使えばいいのに、里谷は決して諦めない。
 ―――成田さんの弱点、何がなんでも見つけてやるっ!
 ふらふらになりながら、本屋を出て行く2人の後を追った。

***

 本屋を出ると、2人はすぐ近くの公園に行った。こんな公園あったっけ、という公園だが、知ってる人は知ってるらしく、結構な人がベンチに座って本を読んだり、小さなグラウンドでキャッチボールをしてたりする。
 あまり変な場所に立ってるのもおかしいし、足がもう限界なので、里谷は空いていたベンチに腰を下ろした。さっきの本屋で買ったファッション雑誌を取り出し、カモフラージュとして広げる。
 雑誌を読むフリをしながら、2人の姿を目で追うと、2人は公園内をうろうろしながら、木や花をカメラで撮影しているようだった。あちこち動くので、動きの全部は把握しきれない。里谷は仕方なく、近くを通りかかるまで雑誌を読むことにした。

 「もう梅は終わっちゃったみたいだねぇ。残念」
 女の子の声が思ったより近くで聞こえて、雑誌に目を落としていた里谷の心臓が一瞬止まりかけた。
 ソロソロと目を上げると、里谷が座っているベンチの前を、ちょうど2人が通りかかったところだった。あまり撮るものがなかったのか、2人は幸運にも里谷の斜め右向かいのベンチに腰掛けた。辛うじて会話の聞き取れるギリギリの距離だ。慌ててまた目を雑誌に落とす。
 「あー、結構歩いちゃったなぁ。疲れた」
 「お前、宝探し付き合うごとに、脚が鍛えられてくよな」
 「そうかも。瑞樹は学生時代の土台があるもんねぇ。神戸って坂道多いんでしょ? 鍛えられたんじゃない?」
 「…それ、三浦行った時、親父さんも言ってた。ほんとに頭の構造似てんな、お前ら親子…」
 ―――何、親とも顔見知りなの? まさか婚約者とかそういうんじゃ…。
 きゃーっ! 冗談じゃないわよ、そんなのっ!
 勝手な推理を膨らませて、里谷は一人慌てまくる。が、いつものようにオーバーアクションで騒ぎまくってはバレてしまうので、努めてただ雑誌を見てるだけのポーズを保った。
 「来週末あたりから、桜がそろそろ見ごろだよな」
 「桜かぁ。いいよね。また隅田川行こっか。あそこ、桜も名所なんでしょ?」
 「隅田川も悪くないけど、吉野まで行って千本桜撮るとかいうのもいいなぁ。お前、飛行機ダメらしいけど、新幹線で行くなら大丈夫だろ」
 「吉野? 奈良じゃん…日帰りは無理じゃない?」
 「だから、どっか旅館でも取って、泊りがけで」
 泊りがけぇ!?
 思わず顔を上げると、斜め前に座る瑞樹は、からかうような笑いを浮かべて女の子の方を見ていた。彼女の方は、その手にのるか、という顔をして、瑞樹を睨みあげている。
 「…またそうやってからかう気でしょ。もうその位で赤面なんかしないもんっ」
 「つまんねー…、学習しやがって。本当に連れてくぞ、吉野」
 「1人で行けば」
 ―――うわ、冷たっ。ひどいっ。成田さんから誘われるなんて、会社の仲間だったら涙流して喜んじゃうのにっ。
 だが、瑞樹はいたって機嫌がいい。肩を震わせながら笑うので、唇を尖らせてる彼女にまた睨まれた。
 「喉渇いたなぁ―――ウーロン茶飲むか?」
 「…飲む」
 「じゃ、ベンチキープしとけ」
 「命令するなっ」
 瑞樹は荷物を彼女に預けて、どこかへ行ってしまった。おそらくウーロン茶を買いに行ったのだろう。
 残された女の子の方は、その後姿を見送るまでは普通の顔だったが、瑞樹の姿が見えなくなった途端、頬がどんどん赤くなっていった。先ほどから彼女の顔をつぶさに観察していた里谷も、つられて顔が赤くなった気がする。
 ―――なんだ。可愛いじゃん。
 ついさっきまでは、瑞樹に対するそっけない態度に「可愛くないなぁ」などと思っていた里谷だったが、彼女なりの強がりだとわかってしまうと、逆にそのそっけない態度が可愛いと感じてしまった。ちょっと、悔しい。

 やっとじっくり斜め前にいる彼女を観察する時間が出来たので、里谷は少し大胆に顔を上げ、まじまじとその顔を見つめた。
 彼女は、平均よりは上だけど、目を見張るほどの顔ではなかった。が、手がそうだったように、首や顔も雪みたいに真っ白で、黒い髪と見事なコントラストを醸し出している。ピンクベージュのやや小さめの唇が、さほど童顔とも思えない顔を少し幼く見せている。スラリと細い手足のせいもあって、全体的にまだ少女っぽい印象の人物だった。
 ―――なんか、触るのをためらっちゃう感じのある子だなぁ…。成田さんとの会話聞いてると、案外私より年上なのかもしれないけど。全体的にパーツが小づくりで、抱きしめたら壊れちゃいそう。美少女趣味の男なんかには、結構モテるかもしれないわね。

 ただし、性格きつそうだけど。
 そうつけ加える事を、里谷は忘れなかった。

***

 午後の陽射しは穏やかで、結構居心地が良い。瑞樹と親しげな女の子を頭の中で自分といろいろ比較させているうちに、10分近く経ってしまった。
 ―――成田さん、遅いなぁ…。
 気になって、チラリと視線を上げる。例の彼女は、ベンチの背もたれに頭をのせて、完全に眠っていた。さっきまで起きていた筈なのに…と、里谷は少々驚いた。
 ―――やっぱり、子供みたい。成田さんと一緒にいても全然色っぽいムードないし。
 彼女、っていうより、友達なのかな、と、里谷はひそかに安堵のため息をついた。

 「蕾夏」
 ちょうどその時、すぐそばで、瑞樹の声が聞こえた。反射的に雑誌に目を落とすと、里谷の目の前を瑞樹が通り過ぎるのがわかった。
 ―――らいか、ね。珍しい名前だなぁ。あとでメモしとかなきゃ。
 どんな字書くんだろう、と思いながらも、観察続行のために、里谷は目だけをそっと上げた。
 ウーロン茶を手にした瑞樹は、熟睡状態の蕾夏を見下ろし、またか、といった表情でその左隣に腰掛けた。
 「おーい、蕾夏。起きろよ」
 目を覚ますとは期待していない声で、瑞樹が声をかける。案の定、蕾夏はピクリとも動かない。小さくため息をつくと、瑞樹は、ウーロン茶2缶を傍らに置き、背もたれに肘をついて、蕾夏の寝顔を眺めた。
 昼寝にはちょうどいい気候の中、蕾夏は一向に目を覚ます気配がない。瑞樹も、それを起こすでもなく、穏やかな表情でそれを眺めているだけだ。
 ―――何考えてるのかなぁ、成田さん…。寝顔なんて眺めてて楽しい?
 揺すって起こすとか声かけるとかすりゃいいのに、と思うのだが、瑞樹にそんな素振りは全く見えない。さっぱり動かない2人を観察しつつ、だんだん里谷の方が焦れてくる。
 だが、注意して見てみると、僅かながら動きはあった。瑞樹が、肩から滑り落ちている蕾夏の髪を、クルクルと指に絡めているのだ。無意識なのだろうか。絡めては解き、絡めては解き…ずーっとそれを繰り返している。
 「…蕾夏」
 やっと、声をかける。でも、それは起こすためにかけてる訳ではなさそうだった。

 ―――…なんだか、せつないなぁ…。
 ただ名前を呼んで髪を指に絡めてるだけなのに、妙にせつなさを感じてしまう。観察している里谷の心臓が、にわかに鼓動を速めだした。

 蕾夏の髪が風で数本顔にかかると、瑞樹は指先でそれを掻き上げた。まだ蕾夏が目を覚ます気配はない。
 髪を掻き上げた指先が、そのまま蕾夏の頬を辿る。
 額から、目もとへ。頬を辿り、唇まで。
 ゆっくりと―――焦れてくる位、ゆっくりと。

 ―――こ…っ、これは…ちょっと直視するのが(はばか)られるかも…。
 さっき見た映画にだって、もっともっと露骨なラブシーンが何度も登場したわよ。あれ見た時は、うわー照れるなぁ、とは思ったけど、ドキドキなんてしなかった。
 でも、これ…ただ指先で触れてるだけなのに…なんでこんなにせつなくて、ドキドキするんだろう?
 あの子が、触れたら壊れちゃいそうなムードがあるから余計、ただ触れるだけのことが、とんでもなく色っぽく感じてしまう。
 どんなラブシーン見せられるより―――刺激的な気がする。

 見ちゃいけない、と思いながらもどうしても目が離せずにいると、瑞樹は、唇まで到達した指をすっと引き、蕾夏の肩をトントン、と叩いた。
 「蕾夏、起きろ」
 耳元でそう言うと、蕾夏の眉が僅かに寄せられる。が、目は開けない。
 最終手段、とばかりに、瑞樹は、傍らに置いた冷たいウーロン茶の缶を手にとると、それを蕾夏の頬に押しつけた。
 「ひゃああああぁっ!」
 一気に目の覚めた蕾夏は、押しつけられた冷たい缶を奪い取ると、真っ赤な顔で瑞樹を見上げた。
 「や、やめてよーっ! こんな起こし方! 心臓麻痺で死んだらどーしてくれんのよっ!」
 「ほんっっとにお前、公園のベンチに弱いなぁ。そのうち誘拐されるぞ」
 面白そうに笑う瑞樹は、蕾夏の抗議にひるむことなく、自分の分のウーロン茶のプルトップを引き、ウーロン茶をあおった。

 ―――確かに、あの無防備ぶりじゃあ、そのうち誘拐されるかもしれないけど…。
 誘拐犯の心配より、隣に座ってるその男の心配をした方がいいと思うよ。らいかさん。

 速まった鼓動は、なかなか大人しくならなかった。
 だから、それから間もなく2人が立ち上がってどこかへ歩き去った時も、里谷は追いかけることができず、ずっとベンチに座ったままでいた。

***

 明けて、月曜日。

 「里谷」
 出勤途中の歩道で、突如背後から呼びかけられ、里谷は悲鳴をあげそうになった。
 だって、それは間違いようもなく、あの人物の声―――瑞樹の声だったから。
 慌てて振り向くと、そこには、いつも通りの無愛想な瑞樹が立っていた。
 ―――おととい見た笑顔とは雲泥の差じゃない? これ。やっぱり羨ましいぞ、らいかさん。
 「あ、お、おはよーございますぅ、成田さん」
 咄嗟に笑顔を作り、めいっぱい可愛い子ぶってみるが、瑞樹は別に挨拶をするでもなく、1枚の写真を里谷の目の前につきつけた。
 「……?」
 近眼の里谷は、まだコンタクトを嵌めてなかったので、その写真はぼやけて見えた。
 写真に鼻先がくっつく位顔を近づけた里谷は、それが何の写真であるかわかった途端、手に持っていたルイ・ヴィトンのバッグを落としてしまった。
 「―――!!!」
 そこに写っていたのは、公園のベンチに座り、雑誌を広げて斜め前の様子をしきりに窺っている、里谷本人だった。
 休日仕様のため、一目では里谷とわからないほどに脱力しきった服装とメイクだが、自分なのだから見間違う筈もなかった。日頃の里谷を知る人物には、絶対見せたくないような写真だ。

 ―――ななななななんで!? なんで私だってわかったの!? っていうか、いつ撮ったのよ、これーっ!
 そうだ―――ウーロン茶買いに行った時、帰ってくるのがやたらと遅かった。あれってもしかして、この写真撮ってたから遅かった訳!?
 ってことは、成田さん、私が見てるって知ってた上で“あれ”やった訳? し、信じらんなーいっ!!

 「喋ったらどうなるか、わかるよな?」
 里谷は、言葉を失って口をパクパクさせたまま、ぜんまい仕掛けの人形のように何度も頷いた。
 「ついでに、今度アタックかけてきたらどうなるかも、わかるよな?」
 うっ、と更に言葉につまる。
 弱点を見つけるために尾行したのに、逆に弱みを握られてしまったのだ。
 ―――ごめん…みやちゃん、梅沢ちゃん。撃墜隊長の先立つ不幸をお許し下さい。
 里谷は観念して、力なく頷いた。
 それを見て、瑞樹は写真をシャツの胸ポケットに収めてニッと笑うと、里谷を追い越して行ってしまった。

 ―――…く…っ、くやしい〜〜〜〜〜〜〜っ!!!
 覚えてなさいよっ、成田瑞樹! 絶対どっかでリベンジしてやるーっ!!

 表面上そう闘志を燃やす里谷だったが、あの悪魔相手にリベンジは無理だな―――という真実も、心のどこかで悟っているのだった。


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