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05 : 招かれざる客 (2)

 「我ら1年1組、総勢31名負傷者1名ーっ、空腹にも進路妨害にも負けず、正々堂々、学年1位を勝ち取らんーっ! 我ら1組の必勝を期して、三っっ三七拍子ーっ!!」

 負傷者1名である骨折した男子生徒が、松葉杖をたよりにホイッスルを吹く。その音に合わせて、学ラン姿の応援団が扇を振って舞い、ポンポンを持ったチアリーダーが飛び跳ねる。
 ただし、学ラン姿は女子生徒、チアリーダーは男子生徒である。
 ―――うわぁ…変な光景。
 とは、死んでも言えない透子だった。何故なら、このアイディアを出したのは、他ならぬ透子だから。

 それにしても、まさか自分が応援団長になろうとは、このアイディアを出した時には予想できなかった。気づけば、明らかにサイズの合わないダボダボの学生服を着せられ、「必勝」の2文字の入ったハチマキを額に巻かれ、全員の前に立って団旗を振り回す羽目になっていた。
 最後尾の生徒にも聞こえるよう口上を叫ぶのはなかなか大変だし、小柄すぎる透子には女子全員で作った団旗は大きすぎる。もの凄く大変な上に恥ずかしいことこの上ないが、テニス部員のスコートを借りてチアリーディングしている荘太や古坂に比べればまだマシかもしれない。


 誰が考えたのか、体育祭恒例、応援合戦。
 午前の競技の最後に行われるこの伝統のバカ騒ぎも、実はちゃんと審査員がいて、各クラスにポイントがつけられる。順位によってポイント加算される100メートル走や障害物競走などと同様の扱いなのだ。透子のクラスは、なにせ荘太という強力兵器がいるので比較的呑気だが、運動の苦手な生徒だらけのクラスは結構捨て身な応援をしている。男子生徒のチアリーディングなんて、まだ生易しい位だ。
 「でも恥ずかしかったよぉ、やっぱり」
 応援合戦が終わり、昼休みのために教室へと向かいながら、真奈美がまだ顔を真っ赤にしながら愚痴った。
 「真奈はまだマシだよ…私なんて、先頭切って団旗振りながら三三七拍子だもん」
 「…でも、文句言えないよね…男の子たちのこと考えると」
 「古坂君、もの凄く元気なかったよ。荘太は意外に喜んでやってたけど。女装好きなのかなぁ」
 「―――誰が女装好きだって?」
 ガツッ、と音がして、透子の後頭部に拳がぶつけられた。一瞬、瞼の奥に火花が散る。
 「いったーいっ!」
 「痛くしたんだから当たり前だろーがっ!」
 振り返ればそこに、怒りに眉を上げている荘太と、笑いを噛み殺して肩を震わせている古坂がいた。お互い、体操服の上から学ランやらスコートやらを着ていただけだったので、既に脱ぎ捨てて普段の体操服上下に戻ってはいるものの、その顔を見た瞬間にさっきのチアガール姿が甦ってしまい、透子と真奈美は同時に吹き出してしまった。
 「お〜ま〜え〜ら〜」
 「ご、ごめんごめん。でも荘太、すんごい楽しそうにやってたじゃない」
 「バカヤロー、あれは俺の演技力なんだよっ。審査員にアピールするために頑張ったんじゃねーかっ。その点、古坂なんて思いきり足引っ張ってたぞっ」
 そう言って荘太に肘で小突かれた古坂は、八つ当たりだ、と言いたげな顔で荘太を睨んだ。
 「…何とでも言ってくれ。僕は、クラスの総合順位より男としての尊厳を優先したんだ」
 「けど、古坂君のチアリーダー姿、スタイル良くて似合ってたよ」
 真奈美がニッコリ笑って言うと、古坂はビックリしたように目を見開いた後、顔を真っ赤にして俯いてしまった。どうやら、喜んでいいのか悲しんでいいのか、心の中で葛藤しているらしい。
 「まーったくさー、変なアイディア出すなよなぁ、透子も」
 古坂を同情の目でチラリと見た荘太は、不満たらたら、といった顔で更に愚痴った。
 「…賛成多数だったんだもん」
 「男女の制服入れ替える程度だと思ってたから賛成したんだろっ。まさかチアリーダーさせられるなんて思うかよ」
 「そ、それは私だって―――応援団にチアリーダーって案は、岩槻さん達がぁ…」
 「岩槻の案に、面白い、やろうやろう、って女ども全員手を挙げて賛成したんだよな」
 「…ま、まぁ、いいじゃない。審査員ウケてたしっ」
 「―――ほほー。あれを見てもお前、そんなセリフが吐けるのかよ」
 どこか勝ち誇ったような声音でそう言うと、荘太はグラウンドの隅っこを指差した。
 「?」
 何があるのか、と視線を荘太が指差す方向に向けた透子は、その1秒後、全身から血の気が音を立てて引いていくのを感じた。

 ―――今すぐ、消えてなくなりたい…。
 そこには、どうやら出勤前らしいスーツ姿のはるかと、普段と変わらないラフスタイルの慎二が、ニコニコ笑って手を振っている光景があったのだ。

***

 「…大丈夫? 透子」
 「うう…大丈夫、だと思う、多分」
 心配そうな真奈美の声に、透子は一応そう答えた。が、実は内心、結構なダメージを食らっていた。昼食べたお弁当の味が思い出せないほどに。
 あの応援団長姿を、慎二とはるかに見られたなんて―――これが落ち込まずにいられようか。
 「ほら、真奈は第3走者でしょ。早くそっちに分かれなきゃ」
 「あ、うん。じゃあ…頑張ろうっ」
 「ファイトー」
 真奈美と手のひらをパチン、と合わせる。アンカーの透子と第3走者の真奈美は、係員の誘導に従ってグラウンドの真ん中辺りで分かれた。
 2人揃って、体育は可もなく不可もなく―――あえて言えば、透子は走るのが比較的得意で泳ぐのは下手、真奈美はその逆、というのが特徴だろうか。とにかく走ることに自信のない真奈美は、どの種目にも手を挙げようとせずモジモジしていた。既に200メートルハードルにエントリーしていた透子は、見るに見兼ねて「障害物リレー」にも名乗りをあげた。ネットをくぐったり跳び箱を乗り越えたりする、あれだ。それでやっと、真奈美も手を挙げてくれたのだった。
 ―――真奈はこの1種目だけなんだもん、アンカーの私でコケたら洒落にならないもんね。
 気合を入れなきゃ、と思い、深呼吸をする。が、ふっと頭をよぎるのは、昼休み前に見た慎二とはるかのことだった。
 はるかは出勤前に駆けつけ、慎二は先生に頼んで仕事を抜けてきたのだと言う。勿論、2人とも応援合戦目当てだ。うっかり夕食の場で愚痴ってしまったことが悔やまれるが、それ以上に頭を占めるのは―――はるかが言った一言。
 『午後出勤シフトだったから、これはチャンスと思ってちょっと寄ってみたら、工藤さんもいるんだもの。びっくりしちゃった』
 本当に? …と思ってしまう自分が情けない。
 でも、何やらトラブルを抱えているらしい、しかもそのことを先生にも透子にも内緒にして、慎二だけを巻き込んでいるらしいはるかを、透子はちょっと信用できなくなっていた。大好きな人の言葉を信じきれないなんて、嫌な性格だと自分でも思う。でも―――理屈抜きに、なんだか、嫌だ。
 「…ああ、やだやだ」
 2、3回頭を軽く振って雑念を振り払うと、透子はハチマキをほどいて締め直した。

 「では、位置についてー。ヨーーーーイ…」
 スピーカーからの声に続いて、パーン、という景気のいい空砲の音。と同時に、最初の100メートルを走る選手が一斉にスタートした。
 第1障害は、水の入ったバケツ2個を両手に持って疾走する、というもの。透子のクラスのトップバッターは、そんな力技を考慮して一番力の強い相沢だった。
 「相沢さん、ダッシューっ!!」
 聞こえないと分かっていても、つい声援を送ってしまう。その声援が届いたのか、相沢は2位という好順位で次の今西にタスキを渡した。
 第2障害は麻袋に入って飛び跳ねて進むレース。ある意味、ここが一番情けなくて大変な障害だ。透子のクラスの今西は懸命に飛び跳ね、なんとか2位をキープして真奈美にタスキを渡した。
 真奈美が受け持つ第3障害は、ネットくぐり。小柄な透子の方が適役だったが、アンカーは怖い、という理由から真奈美はこの障害を選択した。けれど、なんとか体をもぐりこませられる程にしか余裕のないネットは、くぐるには相当大変そうだ。トラックの半ば辺りでもがいている真奈美の様子に、透子はハラハラさせられた。
 「真奈ーっ! ファイトーッ!」
 応援団長の時より大きな声で叫ぶ。やっとネットの端っこから真奈美が出てきた時、順位は3位に落ちていた。
 が、しかし。
 それ以上に透子を焦らせたのは―――真っ赤にすりむけて血が滲んだ、真奈美の両膝。
 「キャーッ! あ、あ、安藤さんっ!」
 場所は、偶然にも1年1組の観戦席ど真ん前。クラスの女子生徒の悲鳴が、透子の耳にまで届いた。しかし、そうした女子生徒を押しのけるようにして体を乗り出した荘太は、体育祭のパンフレットをメガホン代わりにして叫んだ。
 「安藤っ、根性出せーっ! 傷は浅いぞっ!!!」
 膝の痛みに顔を歪めていた真奈美は、その声を聞くと同時にきゅっ、と唇を引き結び、前方を睨んだ。あの大人しくて内気な真奈美とは思えないほどの気迫を漲らせると、むしろそれまでより速く走り始める。
 ―――ま…真奈…凄い根性っ。
 傷は…いや、全然浅くないだろう。何をどうしたのか分からないが、遠目にもただの擦り傷でないのは明らかだ。荘太のやつ、無責任なこと言いやがって、と憤慨する部分もあるが、その痛みをおしてでも走ろうとする真奈美の気迫に、透子まで飲まれてしまっていた。
 「真奈っ! あと5メートル!」
 両腕をぶんぶん振って合図すると、真奈美は必死にタスキを肩から外した。少しでも早く真奈美から受け取れるよう、最大限腕を後ろに伸ばす。その指にタスキが触れた瞬間、反射的にタスキをひったくった透子は、無我夢中で走り出した。
 あの真奈美が、あんなに根性を出して走ってくれたのだ。
 ネットの中で抜かれてしまった1人を除いては、誰にも抜かせなかった。3位をキープしてくれたのだ。自分が順位を落としたら、真奈美の努力を全部無駄にするような気がした。
 前方5メートルを疾走するゼッケン4番の背中を睨みつける。
 ―――絶対、抜くっ!
 「えええええいっ!」
 掛け声と共に、前方を塞ぐ腰より高い高さの跳び箱に飛び乗った。こんなジャンプ力、どこに眠ってたんだ、と思うほどの跳躍に、自分でも驚く。が、一番驚いたのは、隣の跳び箱にせっせとよじ登っていたゼッケン4番だろう。
 跳び箱を蹴って、飛び降りる。数歩先にある2番目の跳び箱は、さすがによじ登るしかなかったが、それでもゼッケン4に抜かれることはなかった。
 あとは、ゴールまで走るだけ―――全身の血が沸騰したような錯覚を覚えながら、透子はひたすら走った。遠かった1位の選手の背中があと2メートルまで迫ってきたのを見て、ゴール直前、思いっきり前傾姿勢で最後の数歩を走り切った。

 前傾姿勢が悪かったのだろう。
 ゴールと同時に、透子はバランスを失い、トラックの上にヘッドスライディングした。
 結果は、惜しくも2位―――砂だらけの体操服姿でゼーゼー言っている透子に、「2」と書かれた旗が手渡された。

***

 「真奈っ」
 自らもちょっと膝を擦り剥いてしまった透子が駆けつけると同時に、観戦していた荘太と古坂も走ってきた。
 実況席の横辺りで、養護の先生に傷の具合を見てもらっていた真奈美は、走り寄る3人を仰ぎ見て、照れたような笑いを見せた。
 「うわ…っ、荘太、これのどこが“浅い傷”なんだよ」
 古坂が思わず呻いたとおり、真奈美の両膝の傷は相当深かった。右膝は特に酷く、擦り剥いたと言うよりは抉れたと表現した方が正しい状態だ。
 「どうもネットを留めてる金具か何かでやっちゃったみたいねぇ…。今、消毒だけはしておいたけど、お向かいにある病院に一応見てもらった方がいいかもしれない。…でも、安藤さん、1人じゃ歩けないでしょう?」
 困ったように眉を寄せる養護の先生に、真奈美は少し肩を縮めた。実際、歩ける状態ではないのだろう。
 「僕が連れて行きます。ちょうど保健委員だし」
 当然、という口調で古坂がそう言うと、真奈美は真っ赤になって首を振った。
 「だっ、大丈夫っ! あ、あたし自分で…」
 「…その足じゃ無理だよ」
 「け、けどっ、男の子に連れて行ってもらうなんて…」
 「じゃあ、私連れて行こうか? 肩貸す位ならできるよ」
 困っている様子の真奈美にそう透子が助け舟を出したが、背後から荘太に小突かれてしまった。
 「バカ。お前、まだこの後ハードルがあるじゃん。俺も400メートルリレーあるし…古坂は一応、全競技終わってるもんな」
 「ああ。それに、恥ずかしいかもしれないけど、みんな競技に集中してるから、どうせ見てないと思うよ」
 荘太と古坂の連携プレーに、真奈美も透子も反論できなかった。結局、まだ気が進まない様子ながらも、真奈美は古坂の腕に掴まって、病院へ行くことになった。

 「大丈夫かなぁ…私もちょっとだけついて行こうかなぁ」
 遠ざかる真奈美と古坂を見送りながら、透子がポツリと呟いた。
 そんな透子の腕をくいくい、と引いた荘太は、少々憮然とした表情で「席、戻ろうぜ」と促した。
 「でも…」
 「いいんだって。俺たちは行かない方が好都合なのっ」
 分かれよなぁ、と呆れたような声を出す荘太に、透子はキョトンと目を丸くした。
 「好都合、って―――何で?」
 「…お前、気づいてないの?」
 「???」
 何のことやら、さっぱり分からない。透子が目を丸くしたままでいると、荘太は大きな溜め息をつき、掴んでいた透子の腕を離した。
 「―――あのな。古坂は、安藤が好きなんだよ」
 「…え…っ?」
 「安藤の方は知らねーけど、古坂の方は、夏前頃から安藤が好きなのっ。なのに、俺やお前がついてったら、はっきり言ってお邪魔虫以外の何者でもないじゃん。ここは古坂に花持たせてやるのが友情ってやつだろ」
 「……」
 古坂が、真奈美を。
 ―――古坂が真奈美を好き…!?
 「ええええええっ!!!」
 「反応おせーよっ!」
 パコン、と音がして、丸めたパンフレットで後頭部を叩かれた。普段なら即座に何か文句を言い返す透子だが、驚きのあまり文句も出てこない。
 「ぜ、全然気づかなかった…親切な人だなぁ、とは思ってたけど…」
 「…そりゃ、親切な奴だけどさ、古坂は。でも、安藤には特に親切だろ」
 言われて見ればそうかもしれない。真奈美に向ける笑顔と自分に向ける笑顔は、振り返ってみれば微妙に質が違っている気もする。でも―――全然、気づかなかった。古坂があまりにも控え目だったから。
 「そっかぁ…古坂君ねぇ。確かに真奈とはお似合いかもしれない。ほんわか優しいカップルで」
 「だろ。それに安藤、いつも陸上の練習見に来てるしさ。脈はゼロじゃないと思うんだ。だからお前も、表立っては何もしなくていいから、まぁ応援してやってくれよ」
 「うんっ。でも、古坂君って、本当に控え目で遠慮しちゃうタイプだから、もしいつまでも行動起こさないようなら、荘太が背中押してやってよね」
 「おう。それは勿論、頃合を見て」
 なんとなく、お互いの顔を見て、ニッと笑い合ってしまう。…どうやらこの辺り、この2人はやっぱり似たもの同士なのかもしれない、とそれぞれに思う。とにかく、真奈美の怪我の件は古坂に任せよう、ということで決着し、2人は再び並んで歩き始めた。
 ―――古坂君が…かぁ。予想外だけど、でも…。
 歩きながら、チラリと荘太の横顔を窺う。

 さっきの障害物リレーの時の真奈美を思い出すと…ちょっと、不安。
 もしかして、真奈美の方の想い人は、荘太なのではないだろうか。
 いつも陸上部の見学に行っているのは、荘太の走りが見たいからなのではないだろうか。中学時代の成績をよく知っていたのも、実は荘太のファンだったのであれば納得のいく話だし、さっき荘太の声援で一気にやる気を出した真奈美の様子は、ちょっと劇的すぎて、ただのクラスメイトの声援に対する反応とは思い難い部分がある。
 もし、真奈美が、荘太を好きだったら―――自分は一体、誰の応援をすればいいのだろう?

 「…なあ。お似合いって言えばさぁ…」
 透子の懸念をよそに、荘太は荘太で全く別のことを考えていたらしい。視線を前に向けたまま、呟くような口調で口を開いた。
 「あの2人も、結構お似合いだったと思わねぇ?」
 「あの2人って…誰?」
 「…はるかさんと、工藤さん」
 「……」
 氷の塊でも飲み込んだみたいに、冷たい違和感が喉の奥底に広がる。透子は、一瞬止めそうになった足を無理矢理前に踏み出した。
 「そ…そう、かな」
 「結構。だって、どっちも系列的には“ふわふわ系”ってゆーか、“癒し系”じゃん? 仲良さそうだし、歳も1つ違いでバランス取れてるし―――うちの母ちゃんも“はるかさん相手じゃ敵わないわねぇ”とか言ってるぜ。はるかさん相手じゃなくたって敵わないっつーの」
 「……」
 「…付き合ってるとか、そういう話、どっちからも聞かねーの?」
 ちょっと投げやりな、荘太の口調。でも、透子がこの話題を疎ましく思っているのは分かっているらしく、その口調はどことなく心配げでもあった。
 「―――聞かない」
 「…そっか」
 「それに、もしそうだとしても、それは慎二とはるかさんの自由なんじゃない。2人とも大人なんだし、私に報告する義務もないんだし」
 「だったら何でお前、そんな不愉快そうな顔してるんだよ」
 言葉に、詰まる。けれど透子は、自分なりに出した答えを、努めて普段通りの口調で口にした。
 「…お兄ちゃんを盗られちゃう妹の気分、かなぁ…」

 兄なんていなかったから、そういう妹の気分なんて、想像することしかできないけれど―――はるかに対する不愉快さは、そういう「異性の家族に対する独占欲」なのかもしれない。透子はそう、思った。
 でも、そんな独占欲を他人である慎二に持ってしまう自分は、やっぱり嫌だ。早く、慎二と知り合ったばかりの頃の自分に戻りたい―――透子は、再び雑念を振り払おうとするように、頭を軽く振った。

***

 透子たちが気を利かせた割には、真奈美と古坂の間は、あまり縮まっていないようだった。
 真奈美の足の怪我は、養護の先生が懸念したとおり、病院へ行かなくてはまずいレベルの怪我だった。一番深いところで骨が見えるスレスレまで抉れてしまっていたらしく、その後暫くは、真奈美は大げさなほどの包帯を足にぐるぐる巻いて登校していた。順位を落とした事をしきりに気にする真奈美に、クラスの誰1人、文句など言う筈もなかった。

 体育祭が終われば、校内のムードは11月の文化祭一色になる。出店などの金銭のやり取りがある出し物は禁止なので、その内容の大半は、クラス対抗で行われる「創作オブジェ合戦」と各部活の展示、それと有志によるライブや寸劇の発表会である。
 透子のクラスは、華道部のメンバーが3人揃っているので、いけばなとブロックなどを融合させた総合アート、なるものを創作し、見事全校3位に輝いた。透子には良し悪しがさっぱり分からなかったが、見に来た先生と慎二が褒めていたので、きっと良い出来映えだったのだろう。
 文化祭が終われば、あとはひたすら、期末試験の準備。紅葉が一気に散ったみたいに、世の中は灰色に変わる。
 秋の間、透子は、その忙しさのあまり、叔母に言われたことも、そしてその叔母の件が原因ですっかりそっちのけになってしまった“はるかが抱えるトラブル”の件も、ほとんど忘れていた。全ては、終わったこと―――どこかでそう、思っていた。

 期末テストの真っ只中に、叔母から電話がかかってきた。
 『明日からまたヨーロッパ方面に行くから。今度は1年帰ってこないから、よろしくねー』
 「…あ、そう」
 何をどう「よろしく」しろと言うのか。透子は冷めた口調で返事をし、後は適当に相槌を打って、電話を切った。
 ―――そう言えば、あの土地の話、どうなったのかな。
 慎二が、あの日の数日後に、色々な手続きがあるから、と言って神戸に1泊2日で出かけて行ったことがあったが、その詳しい内容は、体育祭直前だったため何も聞いていない。
 どのみち、どうでもいい話だ。財産の話なんて。
 自分の住む所は、自分で見つける。将来暮らしていくためのお金は、自分で働いて稼ぐ。家も、家族も、全部焼けた―――親の遺産なんて、何もいらない。それに、そういう話は、なんだか死者を冒涜しているみたいで嫌だった。慎二に任せておけば大丈夫…そう思って、透子はあえて何も訊ねないでおいた。

 冬が、どんどん、近づいてくる。
 体育祭の狂乱も、文化祭の賑わいも、期末テストの重苦しい空気も、どんどん遠ざかって―――辺りは次第に、クリスマスの赤と緑の色に彩られてゆく。


 そんな頃だった。
 2人目の「招かれざる客」が、ついに姿を現したのは。


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