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02: スプラウト

 人の波に押し出されながら、透子は疲れ果てたため息をひとつ、ついた。
 「透子ー!」
 元気な呼び声に顔を上げると、少し先の駐輪場にいる荘太と千秋が、透子の姿を見つけて手を振っていた。
 ―――いいなぁ。あの2人は、悩む必要全然ないもんなぁ。
 ちょっと、愚痴りたくもなるが、透子は力なく笑い、2人に手を振り返した。

***

 「どうだった? 就職セミナー」
 「…悲しかった」
 ずずっ、とコーラをすすった透子の意味不明な感想に、荘太と千秋が眉をひそめる。
 「―――就職セミナーって、悲しいものだったか?」
 不思議がる2人に、透子は憮然とした顔のまま、コーラに浮かぶレモンをストローでつついた。
 「やっぱり、一般企業では、気象に関係する仕事なんてないんだなぁ、って再確認しちゃったから」
 「え?」
 「セミナーに参加してた企業の担当者に訊いて回ったの。“御社では気象に少しでも関係する仕事はあるでしょうか”って。そしたら、どこの会社も、集客見込みとか業務計画に気象は深く関わってるけど、気象そのものを担当するような部署はありません、って」
 「……」
 「やっぱりそうかー、って感じ。ああ、悲しい…」
 本当に悲しそうに、うな垂れる。そんな透子を、パチクリと見開いた目で暫し眺めた荘太と千秋は、やがて、互いに顔を見合わせ、同時に首を捻った。
 どちらが言うべきか迷ったが、結局、先に口を開いたのは荘太だった。
 「…あのさぁ、透子。お前、何で就職セミナーなんぞに行くことになったのか、その理由を忘れてねえ?」
 少し呆れたような口調で荘太が言うと、うな垂れていた透子はノロノロと顔を上げ、キョトンとした顔をした。
 「理由?」
 「お前、就職課の先生から“気象関係は狭き門だから、それ以外の職業も一応視野に入れて活動しろ”って言われて、就職セミナーに参加したんだろ?」
 「うん」
 「なのに、気象の仕事の有無を担当者に訊いてどーすんだよ」
 「本末転倒だな」
 千秋にもとどめを刺され、透子は不機嫌そうに唇を尖らせた。

 就職課の教官の言うことは、勿論、透子にだって理解できる。
 事務がしたい、営業がしたい、という希望に比べて、気象の仕事がしたいという希望は、かなり特殊な希望だ。この希望だけにこだわっていると、受けられる会社の数がとんでもなく少なくなってしまう。その上、そうした会社は、元々新卒の募集自体を滅多にしなかったりする。本当に狭き門なのだ。
 だから、他の仕事も一応念頭に置け、というのは、当然のアドバイスだ。不況のご時世、就職浪人なんて珍しくもなんともないが、透子は特に、きちんとした仕事に就きたい、という思いが人一倍強いのだから。

 「でも…しょーがないじゃない。それ以外、全然興味ないんだもん」
 「興味だけで就職する訳でもないと思うがな」
 リアリストの千秋は、さっくりとそう言い放つ。う、と言葉に詰まった透子だったが、主張を曲げようとはしなかった。
 「そりゃ―――就職したい、って、凄く思うよ? でも、しょうがないか、って妥協して別の仕事に就いたって、きっと気象の仕事がしたいって思いは消えてなくならないと思う。なくならないのに…一旦就職すると、そこを放り出す訳にもいかなくなるじゃない」
 「―――なんだか、どっかで聞いた話だな」
 千秋が軽く眉を上げてそう呟くと、隣に座る荘太が、わざとらしく咳払いをした。
 「え?」
 「なんでもないない。橋本の独り言に突っ込み入れるなよ」
 意味が分からず首を傾げる透子に、荘太は手をぶんぶん振って応え、テーブルの下で千秋の足を蹴飛ばしておいた。
 勿論、千秋がほのめかしたのは、恋愛のこと―――慎二が好きで、でも想いを伝えられなくて、苦しさのあまり荘太と付き合う寸前まで行った時のことだ。結局、想いはなくならかったし、一旦“お試し”を承諾してしまった荘太を、簡単に放り出す訳にもいかなかった。透子は何につけ、そういうタイプなのだ。
 「それよりさ。気象の仕事って、何があるんだよ。お天気お姉さんとか?」
 あまり蒸し返したくない話なので、荘太はそう言って話を逸らした。
 透子はやっぱり何のことか分かっていないらしく、荘太の様子にも、足を蹴られて顔を顰めている千秋にも特に不信感を抱くことなく、素直に質問に答えた。
 「お天気お姉さんは、ただのアナウンサーだよ。でも、“気象予報士の井上さ〜ん”なんて言われて出てくる人は、多分そのテレビ局専属の予報士さんだと思う。ラジオにもそういう人いるし、あとは―――民間の気象サービス会社かな」
 「それより、まず気象庁があるだろう?」
 千秋が指摘すると、透子が眉間に皺を寄せて腕組みした。
 「うーん…気象庁なら、やっぱり予報官やりたいけど―――気象予報士試験にパスするより大変なんだって。それに、国家公務員になるのも、なんだかなぁ…。どうも公務員て響きが苦手で」
 「おーい。俺は地方公務員になるんだぞ?」
 「…私もその可能性が高いぞ?」
 忘れてやしませんか、と、口を挟む荘太と千秋に、透子の顔が引きつった。…そうだった。2人とも、教員志望だった。
 「せ…先生、って、公務員だった…、ね。ハハ」
 「ま…お前が公務員を“なんだかなぁ”って言う理由は、なんとなく分かるけどな」
 引きつった笑い方をする透子に、荘太はそう言い、「な?」と千秋に目配せした。千秋も、うむ、と頷く。
 「税金で雇われてる立場が“なんだかなぁ”なんだろう、きっと」
 「国民のお世話になってる感じがして、肩身が狭いと思ってんだよな、こいつ」
 「全くもって、透子らしい」
 「“子供だからって理由で、親でもない人に甘えたりできない”ってバイト探してた高校時代と、ちっとも変わってねーなー」
 「……」
 その通りである。
 だから、透子は一切反論できず、少し恨めしそうな目をして、コーラをすする以外なかった。
 「そう言えば小林、お前、教育実習先決まったのか? 尾道の母校は、ダメだったんだろう?」
 「あ、言い忘れてた。この前正式決定したんだ。橋本の行くとこの隣の学区になった」
 「そうか。同じ中学じゃなくて幸いだったな。うちは荒れてる中学だから、大変だぞ」
 「え…っ、千秋、中学校の先生になるの?」
 何とはなしに2人の会話を聞いていた透子は、初めて聞く話に、少し目を丸くした。
 だが、千秋は、透子にはとっくに言ったつもりでいたらしい。何を言っている、と言わんばかりの目をしながら、軽く頷いた。
 「道徳教育だの介護実習だの、高校より中学の方が履修しなくてはならん科目は多いけどな。幸い、単位はきっちり取っているので、あとは実習をこなせば、大丈夫だろう」
 「なんで中学なの?」
 「実体験からくる決意だ」
 妙に真面目な顔の千秋に、なんとなく、透子も荘太も背筋を伸ばしてしまう。どういう意味だ、と2人して目で問うと、千秋は眉一つ動かさずに続けた。
 「うちの道場には、近所の高校の問題児などが精神修養のために放り込まれることが時々あるんだ。あれを見て思ったが、人間、腐りきった根性を叩きなおすには、高校では遅すぎる。勿論、高校生でも更生する奴はするが、喉もと過ぎれば熱さを忘れて、またバカな真似をする連中が圧倒的に多い。やはり、まだ腐りきっていない中学生のうちにビシビシ鍛えてやった方がいいと思う。でないと、そのうち日本人はバカばっかりになる」
 「……」
 「小林が陸上部顧問を狙っているのと同様に、私も剣道部か空手部の顧問を狙っているんだ。なれた暁には、目ぼしい不良連中は、引きずってでも私の部に入部させるつもりだ。せめて私の教え子だけは、真っ当な日本男児として立派に生きられるよう指導したい」
 「―――…」
 「…何を2人とも、硬直しているんだ?」
 勿論、この時、2人の脳裏には、不良少年どもをバッタバッタとなぎ倒す千秋の姿が浮かんでいたのである。
 女の筈なのに―――その姿は、あまりにもはまっている。
 「何なんだ、その目は。2人ともはっきり言え」
 「…イエ、ナンデモナイデス」
 相変わらず男前ですね、なんて言える筈もなく、荘太も透子も、黙ってそれぞれの飲み物を口に運んだ。

***

 夕方のタイムサービスのせいで、レジはごった返していた。
 お目当ての食材をなんとか手に入れ、芋洗い状態のスーパーから抜け出た透子は、少し先を見覚えのある後姿が歩いているのを見つけた。
 「慎二?」
 思わず呼んだ声が、その距離にもかかわらず、僅かに届いたらしい。慎二はふいに立ち止まり、振り返った。
 「あれ、透子?」
 「うん。どうしたの? 今日って外の仕事なかったよね」
 スーパーの袋をガサガサいわせながら慎二の方に走っていくと、慎二がそれをひょい、と持ってくれた。その、予想外の重量に、慎二が抱えていたスケッチブックが落ちそうになった。
 「…っとと…。い、一体何買ったの?」
 「色々だけど、重たいのはたまねぎと牛乳とお味噌。お味噌なんて、先着100名様だったから、争奪戦激しかったよ」
 「―――ちょっと位高くてもいいから、オレいる時に買いなよ…」
 「だぁって、新しいバイト、時給高いけど仕事できる時間が短いから、結局収入減なんだもん。それより、どこ行ってたの? スケッチ?」
 透子はそう言って、慎二が落としそうになっているスケッチブックを受け取めた。
 「あ、うん。…といっても、描けなかったんだけどね」
 「描けなかったの?」
 「梅が咲いてないかな、と思って、探しに行ったんだよ。東京でも、咲いてる所は咲いてるらしいんだけど―――いい線いってたけど、まだだった」
 そう言う慎二の苦笑が、ちょっと寂しそうに見える。並んで歩き出しながら、透子はその顔を覗き込むようにした。
 「…もしかして、お母さんにあげる絵のつもりだったの?」
 「ん…まあね」
 「…そっかぁ…」

 1枚目は、真っ赤な実をつけた南天の枝をモチーフにした絵だった。
 1月末。透子は、その絵を持って、慎二の母のもとを訪れた。
 毎月1枚、慎二が母のために描いた絵を届ける―――案の定といえば案の定だが、母はその約束を、半分位忘れてしまっていた。それでも、透子が丁寧に説明すると、途中で思い出したらしく、パッと表情を明るくした。
 きっと2月も、同じように忘れてしまっているのだろう。…でも、それでもいいと、透子も、そして慎二も思っている。
 根気強く、何度も何度も繰り返していけば―――そして、母の手元に、今の慎二が描いた絵が1枚、また1枚と増えていけば、いつかはきっと“生き延びて成長した現在の慎二”を母の脳がきちんと認識できる日が、きっと来る。そう信じているから。

 「2月っていったら、やっぱり梅だよなぁ…。2、3日すれば咲きそうだったから、また行ってみるよ」
 「3月は…桜、かな? 季節感のある絵って、なんか好き」
 花の好きな人なのだと、慎二は言った。だから、できる限り、季節の花や緑の絵を描いてあげたい、と。夏は向日葵、秋はコスモス―――そんな絵を毎月毎月届けるのは、なんだか素敵なことのように思えた。
 やっぱり、季節を感じるって、いいな。
 そう思って微笑んだ透子は、昼間のことを思い出して、またちょっと気分が滅入ってしまった。
 「そう言えば透子、就職セミナーって、どんな感じだった?」
 まさに滅入った部分をズバリ訊かれてしまった。一瞬、言葉に詰まった透子だったが、地面に落ちていた小石を軽く蹴飛ばして、その気分をなんとか誤魔化した。
 「…なんか、あんまり参考にならなかった」
 「そうか…気象関係の会社なんて、そういう所には出てこないか」
 「うん。一応、いろんな企業の採用担当者の話は聞いて回ったんだけどね。なんていうか…ピンとくる仕事、なかった。というより、何聞いても、ついつい比較しちゃって」
 「まあ―――透子には、はっきりした夢があるから、無理もないよ」
 「…ねえ、慎二」
 スケッチブックを胸にぎゅっと抱きしめて、透子は、隣を歩く慎二の横顔を見上げた。
 「慎二は、もし先生が尾道に誘わなかったら―――今頃、どんな仕事してたと思う?」
 「え?」
 「やっぱり、絵の関係の仕事してたかな」
 ちょっと驚いたような顔で透子を見下ろした慎二は、困った時の顔になると、うーん、と首を傾げた。流れのままに生きる慎二は、これまであまり「もしもこうだったら」ということを考えてこなかったし、考えてみようとも思わなかったのだ。
 「そうだなぁ…。先生の所じゃなかったら、きっと絵画教室の講師なんてしようと思わなかっただろうし――― 一旦絵の仕事した後でなけりゃ、佐倉さんに連絡とってまで絵の仕事続けようとは思わなかっただろうし…」
 「じゃあ、何してたと思う?」
 「…適当な仕事しながら、やっぱり絵を描いてた気するなぁ」
 「趣味で、ってこと?」
 「うーん…それとも、微妙に違う気がするけど…」
 どう説明していいのやら分からない、という風に眉根を寄せた慎二は、すっかり暗くなった空を仰いで、あれこれ言葉を探した。が、結局見つからず、苦笑と共にまた透子を見下ろした。
 「オレって、絵しかない人間だから。何かの理由で絵が描けなくならない限り、やっぱり絵を描くのがオレの仕事なんだ、って思いを捨てきれないんだよ。だから…やっぱりフリーターでいたと思う。どこかの世界にどっぷり嵌る、ってことが出来ないで、フワフワ漂ったままだったと思うよ」
 「…いろんな仕事、転々としながら、いつかは絵で食べていこう、って思い続けてる―――ってこと?」
 「うん。多分…そういう生き方しか、オレは出来ないと思う。透子から見ると、いい加減な生き方かもしれないけどね」
 慎二はそう言って、ちょっと気まずそうな笑いを見せたが、そんな慎二をじっと見つめていた透子は、数度瞬きして、ふるふると首を横に振った。
 「―――ううん…凄く、よく、分かる」
 「え?」
 意外そうな顔をする慎二に、透子はにっこり、と笑い返し、視線を前に向けた。

 ―――よく、分かる。自分のことみたいに。

 季節に、一番近いところにいる仕事がしたい―――それが、透子の夢。
 空を見て、地面を見て、空気を感じて、その日その日の季節の移り変わりを誰よりも先に見つけたい。そう思ったから、地学の道を選んだ。その思いは、転部してから今までの間に、大きくなりこそすれ、小さくなることはなかった。
 狭すぎる門だから。定職に就きたいから。そんな理由で、もしも他の道を選んだとしても…ただ、後悔するだけ。
 空を見るたび、地面を見るたび、毎日毎日、後悔する。私、何やってるんだろう―――そう思って、自分が嫌いになっていくだけだ。
 そうやって後悔しながらでは、きっと、妥協して選んだ道なんて、全然まともに歩けない。それに、その道を真剣に選んで歩んでいる人達に対しても失礼な話だ。
 強すぎる夢を持ってしまった人間は、他の世界は、仮住まいにしか出来ない。…そういうものなのだ。きっと。

 「…慎二」
 「ん?」
 「私がそういう生き方したら、怒る?」
 慎二の足が、ピタリと止まった。
 しっかりとした職業に就いて、慎二や先生に養われなくて済む立場になりたい、と子供の頃から望んでいた透子の言葉だけに、驚いたのだろう。慎二は、少し目を丸くしていた。
 「…私ね。気象の仕事が、どうしてもしたいの。一番なりたいのは予報官だけど―――それは最後の目標だとしても、そこに続いてく道以外、選ぶ気にはどうしてもなれないの。気象サービスの会社なら、事務でも営業でも、何でもいいから潜り込んでやる、って思う。けど…他の会社の事務や営業として、正社員採用される気はないんだ」
 「…うん」
 「ただ、そういう会社って、絶対数が少ない上に、採用も少ないらしいの。だから、4年生の間に、就職先が見つからない可能性も結構あるの。…就職課の先生は、夢は夢として、現実的な会社にきちんと就職しなさい、って言うけど…それは、したくない。そりゃ、仕事は、パートでもアルバイトでも責任はあるけど、正社員て、ちょっと意味が違うでしょう?」
 「…うん。よく、分かる」
 「だからね。チャンスが来るまで―――気象関係の会社に採用されるまで、アルバイトで頑張っていきたいの。周りは反対するかもしれないけど―――…」
 一気にそこまで言って、ちょっと不安になった。
 「…慎二も、やっぱり、反対する?」
 思わず、スケッチブックを抱く腕に、更に力が入る。
 が、そんな透子に、慎二はふわりと柔らかな笑みを返した。
 「まさか。反対なんてしないよ」
 「ホント?」
 「オレ自身、最後まで絵が捨てられなかった人間なんだし、第一 ―――無理してる透子見るのは、好きじゃないから」
 「―――良かった…」
 慎二なら、理解してくれると信じていたけれど…やっぱり、分かってくれた。ホッ、としたように笑った透子は、慎二に促され、また歩き出した。


 『さすがに気象関係はないが、うちの大学と繋がりの深い企業には、毎年推薦枠を設けてるんだ。勿論、採用されるとは限らないが、一般よりは有利なのは間違いない。幸い、井上君は一般科目の成績もいいし、フィールドワークなどでもリーダーを務めて、よく頑張っている。井上君さえよければ、喜んで推薦するんだが…』

 ―――やっぱり、あの話は断ろう。
 就職課の教官に言われたことを思い出し、更に、決意を固めた。
 やはり、妥協はしたくない。それに、その会社を心から希望している学生がいるのなら、その推薦枠を奪うなんて申し訳ないことだ。
 他の誰が反対しようとも―――慎二さえ理解してくれれば、それでいい。


 「……あ」
 家まであと1ブロック、という所に来て、慎二が小さな声をあげ、足を止めた。
 「何?」
 「ほら」
 慎二は、見てごらん、という風に、斜め下を指差している。その指し示す方向に目をやると―――プランターが2つ、コンクリートの壁に沿って置かれていた。
 このプランターのことは、透子もよく知っていた。
 毎朝毎晩、通学の時この道を通るので、この周囲のことは何気なくではあるが目に入っている。つい先日までは、この家の壁際には何も置かれていなかったのだが、10日ほど前から真新しい白いプランターが並べられた。何も植わっていない、ただ土が入っているだけのプランターなので、ちょっと気になってはいたのだ。
 街灯の下、よくよく目を凝らしてみたら、そこには、まだ顔を覗かせたばかりの小さな小さな新芽が、3つ、横1列に並んでいた。
 「あ、何か芽を出してる」
 「今朝は気づかなかったなぁ。昼のうちに、芽を出したのかもしれないな」
 「何の芽だろ…まだ小さすぎて、分かんないね」
 暦はまだ2月―――空気もまだ冷たく、季節で表すなら、間違いなく冬だろう。こんな時期から発芽するなんて、ちょっと意外だ。
 「―――なんか、透子達みたいだね」
 プランターを見下ろしていた慎二が、くすっ、と笑って、そう呟いた。
 「私達?」
 「そう。透子と、千秋ちゃんと、荘太君」
 「…この芽が?」
 「ちょうど、3つだし。それに、まだどんな葉をつけるかすら分からない、生まれたばかりの芽だしね」
 「……」

 花、どころか、まだどんな葉をつけるかすら、分からない。
 未知数な命―――確かに、そうなのかもしれない。

 「…がんばれ」
 透子はそう言って微笑むと、新芽を指先でつついた。


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