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― sanctuary ―

 

 大学の中庭、いつものベンチで明日美から話を聞いた唯は、大きく目を見開いたまま、固まった。
 「―――…」
 「…そんな顔、しないで…」
 「…無理よ。こんな顔しかできない」
 「…そうよね」
 自分でも自分に呆れているのだから―――明日美は、大きなため息をついて、がっくりとうな垂れた。
 「と、とにかく―――結果は? 告白を受けて、一宮さん、どういう反応をしたの?」
 気を取りなおして唯が訊くと、明日美は、うな垂れたポーズのまま、力なく首を振った。
 「…わからないの」
 「え?」
 「…ビックリしたような一宮さんの顔見たら、なんだか急に、恥ずかしくなっちゃって―――わたし、一方的に“じゃあ、日曜日の1時に、ここで待ってます”って言って、逃げるように帰ってきちゃったの…」
 「……」
 「しかも、“ここで”って―――何の変哲もない、道の途中なの。目印もないから、わたし、うろ覚えかもしれない…」
 「…明日美らしい、と言えば明日美らしいけど…ちょっと救いようがないわね…」
 唯にとどめを刺され、明日美は、泣きたくなった。

 奏は、あの告白を、どう思っただろう?
 藪から棒に何なんだ、と唖然としただろうか。それとも、まるっきり対象外の存在に告白などされて、迷惑だっただろうか。とにかく―――明日美の頭に浮かぶ、まだ見ぬ奏の反応は、どれもこれもネガティブなものばかりだ。
 だって、恋愛経験ゼロの明日美にだって、奏に「その気」がないのは、よくわかっているから。
 嫌われてはいない、と思う。いや、嫌いな相手にも紳士的に接することができる人なのかもしれないが、そつのない対応のできる彼なら、嫌々誘いに乗る位なら、相手を傷つけない断り方を選ぶだろう。だから、少なくとも嫌われてはいない筈。でも……明日美が奏を「好き」なようには、「好き」でいてくれている訳ではない。それがよくわかっているから…ネガティブな想像しか、思い浮かばない。

 「どうしよう…。嫌われていないことだけが救いだったのに、もし、これがきっかけで、嫌われちゃったら…」
 「…まあ、そんなことはないと思うけど」
 落ち込む明日美を慰めるように、唯は明日美の頭をヨシヨシ、と撫でた。生まれた日付でいけば、明日美の方が数ヶ月、唯より“お姉さん”の筈なのだが、実際の関係は完全に逆だ。
 「でも、どうしちゃったの、いきなり。昨日まで“会ってもらえるだけで嬉しい”って言ってたのに、いきなり告白しちゃうなんて」
 「……」
 「そうでなくても、明日美の態度は、言葉以上に一宮さんが好きなのがバレバレだから、下手に言葉にしたら“重たい”って思われるかもしれない、ってアドバイスしたばっかりなのに…」
 「…うん…わかってる」
 「何か、言いたくなっちゃうような事でも起きたの」
 「…そういう訳じゃ…」

 本当は―――あったのだけれど。
 いや、傍目には、何もなかった。でも…少なくとも明日美の中では、衝撃的な出来事があった。奏のすぐ隣にいる“友達”―――咲夜という“女性”の存在を知った、という、とてつもなくショッキングな出来事が。

 昨日までは、片想いでも、楽しかった。
 自分が奏にとって特別な存在じゃないのは、十分すぎるほどわかっていたけれど、それでも、楽しかった。
 きっといろんな人にモテてるんだろうな、と想像しても、割と冷静でいられた。あまりにも奏が、誰に対しても紳士的でそつなくて優しいから、自分も含め、世の中の女性は全員、奏の前では横並び一直線なのだ、とどこかで思っていたのだ。
 でも、咲夜に会った途端、心が乱れた。
 それまで楽しいだけだった片想いに、あの一瞬で不安と焦りが生まれ、あっという間に“楽しさ”を上回った。
 そう。情けないことに明日美は、あの瞬間まで、奏に彼女がいるかもしれない可能性にすら気づかなかった。自分の想いを追うことに夢中で、奏の想いにまで頭が回っていなかったのだ。

 奏のすぐ隣には、天使の歌声でさえずる、自由奔放なカナリヤがいた。
 そして、奏の心の中には、明日美もまだ知らない誰か―――振られてもなお、忘れることができない女性が、巣食っていた。
 少し考えれば、いくらでも考えついた筈の、可能性。その可能性を、目の前に突きつけられて―――明日美は、突然湧きあがってきた焦燥感に、負けたのだ。

 ―――こんなこと、唯には絶対言えない…。
 唯に知られたら、軽蔑されるような気がする。だって―――咲夜の登場に受けたショックが、世間一般でいう「嫉妬」の一種であることに、明日美自身が気づいていたから。
 「…一宮さんが、お友達が勤めてるお店に連れて行ってくれて、初めて一宮さんのプライベートに触れた気がしたから…ちょっと、欲が出てきちゃったのかもしれない」
 それもまた、偽らざる明日美の本音だ。消え入りそうな声で明日美がそう言うと、唯は、大きなため息をつき、明日美の頭をまたヨシヨシと撫でた。
 「うーん…その気持ちはわかるし、明日美は恋愛初心者だから、ドーンとぶつかることしか思いつかなくても、責められないわよね」
 「…アリガト…」
 「とりあえず、問題は、日曜日よね。まあ、酷い男ではなさそうだから、来るだろうとは思うけど―――もし、来なかったら、どうする?」
 「……」
 「…やっぱり…諦める?」
 言い難そうに訊ねる唯に、明日美は、黙ったまま首を横に振った。

 『でも―――忘れられない』

 日頃の奏からは考えられないほど、悲壮感の漂う、痛々しい表情だった。あれは、多分、奏が初めて見せてくれた、一番奥底にある奏の素顔―――彼が一番隠したがっている、本当の奏だ。
 明るくて社交的な奏も、勿論好きだ。でも明日美は、昨日見てしまった、奏のもうひとつの顔に―――今までとは違った意味で、また恋に落ちていた。


***


 「迷うまでもない。行きなさい」
 腕組みした咲夜は、きっぱりとそう言いきり、奏を睨んだ。
 「…やっぱ、そうかー」
 「あったりまえでしょー? 何困ってんの? その状況で行かなかったら、鬼だよ? そんな奴、絶対友達やめる」
 「ひでー。友達やめる時は、せめて、自分が迷惑を(こうむ)った時にしろよ」
 ベッドの隅っこにあぐらをかいた奏は、不機嫌そうに眉根を寄せ、ぽい、とナッツを放り投げて食べた。
 明日美を“Jonny's Club”に連れて行った、翌日。久々に奏の部屋で咲夜と酒盛りをしているのだが、心ここにあらずなのがミエミエで、開始3分で「お嬢様となんかあったの」と訊かれてしまった。仕方ないので、ことの顛末を白状した結果―――咲夜が出した結論が、「行きなさい」だ。
 「ていうか、私が言うまでもなく、行くつもりだったんでしょ? 待ち合わせ場所に」
 「…まーな。まだ、どう返事していいかわからないけど、このままフェードアウトはまずいし」
 「意外にアグレッシブじゃん、明日美ちゃん…だっけ? 見た目、大人しそうなのにね」
 「アグレッシブ、っていうか…」
 ―――突発事故、って方が、ピッタリくる感じだな、あれは。
 多分、明日美にとっても、予定外のアクシデントだったのだろう。唐突すぎる告白の数秒後、我に返った明日美は、見ていて気の毒なほどにうろたえていた。時間と場所だけ告げて大慌てで帰っていった後姿は、どう見ても「収拾がつかなくなって逃走」だった。これで日曜日、あの場所に奏が行かなかったら、咲夜のセリフじゃないが、本当に“鬼”だ。
 「オレの過去に、あのタイプって、ほぼゼロだったんだよなぁ…。告白とかそういうのも、あんまりなかったし」
 「へー。モテなかったの?」
 「いや、そーゆーんじゃなくて…もうちょい軽いテイスト、っていうのかな。あんな必死な感じじゃなくて、好きだから時々デートしてよー、うんいいよー、ってなノリっつーか」
 「…軽ぅ…。風吹いたら飛んじゃいそう」
 「重たいパターンに遭遇するようになったのって、ここ1、2年かもなぁ…。大失恋経験して、オレ自身が変わったせいかもしれないけど」
 言いながら、無意識のうちにナッツの入った袋に手を伸ばすが、既に空だった。未練たらしく袋の中を漁っている奏を見かねた咲夜は、
 「ほら、ポチ。ご飯だよー」
 と言いつつ、自分の分のナッツを1粒、奏に向かって投げた。
 誰がポチだ、と思いつつも、反射神経とは恐ろしい。奏は、弧を描いて飛んできたナッツを、ぱくっ、と見事に口でキャッチした。
 「ハハ、お上手お上手」
 「…っじゃねーよっ! 人が珍しく真面目に話してんのに、妙なことやらせんなっ!」
 とは言うものの、キャッチしたナッツをもぐもぐ食べながらでは、いまいち説得力に欠ける。面白くなさそうな奏とは対照的に、咲夜は余計可笑しそうに笑い転げた。
 「真面目な話だからこそ、じゃん。奏さぁ、最近、妙に余裕ないよ」
 「…え?」
 冗談のノリの中でさり気なく飛び出した咲夜の言葉に、奏の顔が、1秒前の面白くなさそうな顔から、キョトンとした表情に変わった。
 「余裕がない、って……オレが?」
 「そ。余裕ゼロ。恋愛は初めてじゃない癖に、初心者の明日美ちゃんと同じレベルに逆戻りして、一緒にテンパってる感じ」
 そう言って咲夜は、バドワイザーを一口飲み、トン! と缶をテーブルに置いた。
 「私が思うに、大失恋してから重たい恋愛話が増えたのって、多分、奏が人間的に成長して、外見より中身で人と接するようになったからだと思う。奏自身もそうだし、相手もね。それって、凄くいいことだし、1つ1つ、真剣に対応してくべきだと思うけど―――奏見てると、なんか、それだけじゃない気がする」
 「…じゃあ…なんだよ」
 「新しい恋がしたい、って言いながら、次の1歩を踏み出すの、怖がってるように見える。本当は物足りない状況なのに、今のぬるま湯に、まだ暫く浸かっていたがってるように見えるよ」
 「……」

 正直…ドキリとした。
 新しい恋がしたい―――その気持ちは、今も変わらない。自分にとって蕾夏以上の存在を、早く手に入れたい。そうしなくては…瑞樹や蕾夏に会う時感じるあの後ろめたさと嫉妬からは解放されない。一刻も早く、どんな気持ちも隠さずに、あの2人に会えるようになりたい。本当に、そう思っている。
 でも―――今、奏は、瑞樹と蕾夏のことを除けば、精神的に安定している。仕事もプライベートも充実しているし、こうして悩みを打ち明け合う友達もいる。恋愛面では不遇な状況が続いているが、それ以外では、結構幸せだ。
 だからこそ…怖い。
 新しい恋をしたいけれど、誰かと恋愛関係に陥るのが、怖い。
 恋は、楽しいだけじゃない。むしろ、想う方も、想われる方も、苦しいことの方が多い。そのことを、今の奏は、十分すぎるほど知り尽くしている。バラ色の未来を想像して恋愛ができるほど、奏はおめでたくない。今、精神的に満たされているからこそ、恋愛に伴うネガティブな感情や出来事を考えると、どうしても臆病にならざるをえない。
 何故なら―――奏には、苦しいばかりの恋愛の、前科があるから。

 もの凄く苦しい恋をした。
 そして、その恋で、恋した人を、そして彼女が愛する人をも、苦しめた。
 新しい恋が欲しい―――そう思う一方で、奏は「もう恋はごめんだ」とも思っているのだ。

 「…ま、ぬるま湯に浸かりっぱなしの私の言うことじゃあ、あんまり説得力ないのかもしれないけど」
 黙り込む奏に、咲夜はそう言って、ちょっと気まずそうに笑った。…咲夜もまた、人には言えない渇望を抱えつつも、拓海との今の心地よい関係が変化するのが、怖いのかもしれない。
 「…オレも、麻生さんを諦めるな、なんて咲夜に説教できる立場じゃないな、ホント」
 ぬるま湯で満足することに慣れてしまった者同士、奏も、咲夜に苦笑を返した。


***


 来る。
 来ない。
 ううん、やっぱり来る。
 …でも、来ないかも。

 まるで花占いのように、目の前を通り過ぎる通行人を数えてしまう。来ないかも、で人の流れが途切れてしまった明日美は、余計へこんでしまい、うな垂れた。
 約束の1時まで、あと5分―――10分前から奏を待つ明日美は、タイムリミットが近づくにつれ、逃げ出したい気分に駆られるようになった。
 もし奏が来たら、一体、どんな顔をすればいいのだろう……いや、一体どんな顔をされるだろう? もしも、もう二度と会わない、と宣言するために来るのなら、いっそ来ないで欲しい。全ての望みが断ち切られるのが、一番怖い。でも―――あれが最後になってしまうのは、どうしても嫌だ。
 ―――でも…本当に、ここだったかしら? この前はわたし、いっぱいいっぱいの状態で、周りの景色なんてほとんど見ていなかったけど…。デートに誘っておきながら、待ち合わせ場所もはっきりしてないなんて……ああ、わたしって、本物のバカだ。
 チラリ、と腕時計を確認すると、約束まであと3分だった。
 もう、ダメなのかも―――半分泣きそうになった時。
 「おーい…!」
 「……っ!」
 驚いて、顔を上げる。
 まだ少し距離のありそうな声の方へと目を向けると、明日美の目に、駅の方から走ってくる奏の姿が映った。
 ―――い…一宮、さん。
 半ば諦めかけていただけに―――信じられない。明日美は、猛ダッシュで走ってくる奏を、呆然と見ているしかなかった。
 「ご…ごめん、遅刻ギリギリ」
 駆けてきた奏は、肩で息をしながら、バツの悪そうな笑みを明日美に向けた。
 「言い訳するつもりじゃないけど、出かける直前に、アパートで飼ってる猫が逃げ出して、ちょっとひと騒動あってさ。あー…あちー…、走るとまだまだ暑いなぁ…。もしかして、結構待った?」
 「……」
 残暑を嘆きながら汗を拭う姿は、あまりにも今まで通りの奏で、この前の告白などまるでなかったかのようだ。明日美は、少しばかり拍子抜けすると同時に―――ほんのちょっぴり、安堵した。
 「明日美ちゃん?」
 呆然としたままの明日美に気づき、奏が、僅かに眉をひそめる。明日美は、慌てて笑顔になり、首を振った。
 「いえ。さっき来たばっかりです。自分で言っておきながら“本当にここだったかしら”って不安になってたんですけど…一宮さんも来たなら、ここで正解だったんですね」
 「あはは、実はオレも、明日美ちゃんがここに立ってなかったら、もうちょい向こうまで行くつもりだった」
 「…そっちが本当の待ち合わせ場所だったのかしら」
 「ま、いいんじゃない。もう会えたし」
 奏はそう言うと、少しずれてしまったサングラスをかけ直した。
 「で? どこ行こうか」
 「えっ。え、えーと…」
 ―――し…しまった。誘ったのなら、わたしが行く所を決めておくべきだったのに、何も考えてなかった。
 昼食の時間は過ぎたし、ティータイムにもまだ早い。何も浮かばず焦る明日美に、奏はくすっと笑った。
 「特にないなら、映画でも、どう?」
 「あ、ハイ、映画にします」
 無難な案に飛びつくように、思わず即答する。それも奏の予想の範囲内だったらしく、やっぱり、という顔をして奏は吹き出した。
 「じゃ、行こう。何見るかは、明日美ちゃんに任せるよ」
 「…ハイ」
 こちらから誘っておきながら…情けない。赤面した明日美は、奏の隣に並んで、歩き出した。

***

 映画は結局、明日美の好みで、ヨーロッパの恋愛映画になった。
 明日美は、生まれて初めて、映画館でポップコーンを食べる、という経験をした。
 「食べたことないのって、やっぱり、親とかの教育の問題?」
 「…わたしは同時に2つのことができないから、って、一緒に映画に行く子が、買おうとしないんです」
 「ハハ、じゃあ、今日も大半、オレが平らげることになりそうだなぁ」
 実際、そうなった。明日美が食べたのは、全体の4分の1程度―――残りは、奏が、結構なハイペースで平らげてしまった。
 映画は、静かなストーリー展開で、上品で、映像がとても綺麗だった。
 そういう映画を好む明日美にとっては、なかなかいい映画だと思う。けれど、奏の好みからはかけ離れていたらしい。映画開始から20分後―――ふと隣に座る奏を見たら、映画館のシートに深く沈みこみ、小さな寝息をたてて眠っていた。
 ―――なんか…可愛い…。
 外見とはアンバランスな、随分子供っぽい表情で眠り込んでいる奏の様子に、明日美は、年の差も忘れて、そう思ってしまった。


 映画館を出ると、ちょうどティータイムだった。
 「この辺、あんまりうろつかないから、どんな店があるか知らないんだよなー…」
 「結構、混んでそうですね…」
 暫く、入れそうな店も見つからないまま、ぶらぶらと歩く。
 ちょっと疲れたな、と明日美が思った、ちょうどその時、あるものを見つけて、明日美は思わず足を止めた。
 「……」
 それは、果物屋の店先に併設された、イタリアンジェラートの販売コーナーだった。結構人気があるのか、その前には、5人ほど人が並んでいる。
 「何、ジェラートが食べたいとか?」
 明日美の視線を追った奏が、顔を覗き込むようにして訊ねる。また笑われるかな、と思いながら、明日美はちょっと恥ずかしそうに笑った。
 「…わたし、ああいうの、食べたことないんです」
 「え?」
 「ほら、“ローマの休日”で、ヘップバーンが演じていた王女様が、初めてアイスクリームを買い食いするでしょう? あれを見て以来、憧れてたの。こういうスタンドでアイスを買って、食べながら歩くのって、なんか楽しそうだしカッコイイな、って」
 「……」
 キョトンとしていた奏は、僅かに眉をひそめると、恐る恐る、といった感じで明日美に確認した。
 「…もしかして明日美ちゃんて、スーパーに売ってる100円のカップアイスとかって、食べたこと、ないとか」
 「…ない、です」
 「ハーゲンダッツは?」
 「お土産でいただいて、家で食べたことはあるけど…お店では…」
 「…オッケー。じゃあ、得体の知れない喫茶店はやめて、憧れの“アイス食べながらぶらぶら歩き”にしよう」
 言うが早いか、奏は、4人になっていた列の一番後ろに並んだ。

 ―――多分、一宮さんは、コース料理の最後にアイスを食べた回数より、100円アイスを食べた回数の方が多いんだろうな…。
 だったら、奏には、わからないかもしれない。明日美が何故、そんなものに憧れるのか。
 箱入り娘の明日美は、大学入学まで、お小遣いというものを全く貰っていなかった。欲しいものがあれば「何々を買うからお金を下さい」と言うことになっていたため、店先でアイスを見つけても、偶然スーパーに足を踏み入れても、「あ、アイス食べたい」と思っても買うことができなかった。
 コーンに乗っかったアイスを食べながら、楽しそうに街を歩いている同年代の少女たちは、明日美にとっては眩しい存在だった。
 そして、自分の意志で物を選び、自由に買うことができる分、彼女らは自分よりずっと大人に思えたのだ。

 数分して、奏が、両手にイタリアンジェラートを持って戻って来た。味は、無難なところで、ストロベリーを選んでくれたらしい。
 初めて食べた「立ったまま食べるイタリアンジェラート」は、デザートとして綺麗な器に盛り付けられて出てくるアイスの数倍、おいしかった。


 奏と一緒にいると、明日美は、初めてのことが一杯ある。
 アイスを食べながら歩くのも、初めて。CDの試聴コーナーでCDを試し聴きしたのも、初めて。ゲームセンターでUFOキャッチャーをやったのも、初めて。そして何より―――こうして、休日を好きな人と2人きりで過ごすのも、初めてだ。
 そして、初めてのことを知るたびに、もっと、奏が好きになってしまう。
 お客様だった時には見せてくれなかった、男の子っぽい笑い方。ただのUFOキャッチャーでも意外なほど熱くなってしまう性格。2枚のCDのうちどちらを買うか、で頭を抱えてしゃがみ込むほど悩んでしまうところ。どれもこれも―――初めて奏に会った時には知らなかった、彼の素顔だ。そういう素顔を知るたびに、もっと、もっと好きになる。
 好き―――本当に、奏が好きだ。
 ―――でも、この前の告白は、なかったことにされちゃうのかもしれない…。
 まるでその話に触れない奏に、そんな風に感じ、ちょっと寂しく思う。
 でも、少なくとも奏は、明日美の気持ちを知っている。知っていて―――こうして、会ってくれている。それはつまり、「好きでいても構わない」ということだろう。
 それなら…それで、いい。
 諦めろ、と言われるのが一番辛い。「わたしのこと、好きですか?」なんて訊いて、鬱陶しいと思われるのだけは絶対に嫌だ。彼女にしてもらえなくてもいいから、こうして一緒にいる時間を与えてくれるなら、それで十分だ。


 一頻り遊び回り、夕食は、ちょっと洒落た感じのカフェにすることにした。
 「ここは、奢らせて下さいね」
 絶対譲りませんから、という口調で明日美が宣言すると、奏はちょっと困った顔になった。
 「女の子に、しかも、まだ学生の明日美ちゃんに奢られるのかぁ…。なんかなぁ…」
 「大丈夫です。…でも、ピンチになったら、援助して下さいね」
 勿論、この位の店でおなか一杯食べられる程度には、持ち合わせはあるけれど、奏を納得させたくて、明日美はそう言っておいた。
 まだオープンして日が浅いのか、店内はやたら綺麗で、テーブルや壁や床には傷も汚れもほとんどなかった。その割りに、午後6時半現在、客席は9割がた埋まっている。結構人気のある店らしい。
 「情報誌とかで紹介されたお店なのかしら…。ね、一宮さん」
 ちょっとワクワクしながら、明日美がそう言って、奏を振り返る。
 振り返って―――そこで初めて、奏の異変に気づいた。

 奏は、明日美とは全く違う方向を見ていた。
 店の奥の、カウンター席。その一番端の席に座る人物の後姿を、愕然としたような表情で凝視していた。

 「……一宮、さん…?」
 ―――い…一体、どうしたの?
 尋常ではない奏の様子に、不安になって、名前を呼ぶ。が、その声は、奏には届いていなかった。


***


 その姿を見つけた瞬間、店内に流れるBGMも、人々のざわめきも、明日美の声も、全てが消えた。
 見間違いだと思えれば、まだ良かった。でも―――わかってしまう。たとえ後姿だけでも。
 ―――な…んで…。
 鼓動が、嫌な感じに速くなる。思わず、シャツの上から胸の辺りをぎゅっと握り締めた奏は、考えるより先に、見つけた後姿の方へと歩き出していた。
 「蕾夏」
 努めて冷静に口にした筈の名前は、奏自身が焦るほど、やけに掠れて、動揺していた。
 名前を呼ばれ、彼女が振り返る。その動きに合わせ、肩にかかっていた黒髪がサラリと背中の方へと落ちた。斜め下から奏を見上げる、黒曜石に似た真っ黒な瞳―――やっぱり、蕾夏だった。
 「あれ? 奏君?」
 奏の姿を見つけ、蕾夏は目を丸くしていた。奏もかなり驚いたが、蕾夏も相当驚いたらしい。
 「どうしたの、こんなところで」
 「…それは、オレのセリフだよ。今日、日曜だろ? どうしたんだよ、成田は」
 図らずも、少々苛立った口調になってしまう。文句を言いながら、軽く辺りを確認したが、やっぱり瑞樹の姿は見えなかった。
 「あー、瑞樹は今日、仕事で岡山なの。フリーだから、土日関係なく仕事は入るから」
 「…だからって、なんでこんなとこに? カップルばっかりの店じゃないか、ここ。まさか誰かと…」
 奏が言い終わる前に、蕾夏は、カウンター内の店員には見られないよう、「しーっ」というように唇の前に人差し指を立てた。
 「?」
 「これ」
 何だろう、と眉をひそめる奏に、蕾夏は、カウンター下にもぐりこんでいた膝の上にあった物を、そっと奏の方へとずらした。
 「……」
 それは、小さな手帳とボールペン、それに、小型のデジタルカメラだった。その3点セットに、奏はピンときた。奏の弟・累も、同じ3点セットで街を出歩くことがある。そして、累も蕾夏も、同じ職業―――雑誌ライターだ。
 「…もしかして、仕事?」
 周囲に聞かれないよう、小声で確認する。と、蕾夏はニッコリ笑い、3点セットを元の位置に戻した。
 「…そ。取材する、ってあらかじめ言っちゃったら、対応変わる店が多いから、こうやってお忍びで回ってるの」
 「へーえ…休みの日に、大変だな」
 「瑞樹も留守で暇だしね。…あ、ちょっと待って」
 「お待たせしました」
 ちょうどそこに、蕾夏が注文していた飲み物が運ばれてきた。細長いグラスに入った、綺麗な色をした飲み物だ。
 「何、これ」
 「ここオリジナルの紅茶風味のカクテルだって」
 「…あんた、飲めないだろ?」
 「一番人気のカクテルって聞いたから頼んだんだもの。奏君、欲しかったらあげるよ」
 「…いらねーよ」
 極めて小さい声でやりとりしている間も、蕾夏は店員の死角をついて、運ばれてきたカクテルをしっかりデジカメで撮影していた。…なんだか、やっていることが、取材というより探偵だ。
 「それで? 奏君は、どうしたの?」
 膝の上で、今撮った画像を確認しつつ、蕾夏が訊ねる。
 「えっ? どうした、って?」
 「奏君も今日って休みでしょ? カップルだらけの店に、1人で来たの?」
 さっきの反撃のように、同じことを言い返される。そう言われて、やっと奏は、とんでもない事を思いだした。
 ―――うわ、しまった! 明日美ちゃん…!
 慌てて、振り返る。すると、奏から5歩位さがった位置に、戸惑った顔の明日美がポツンと立っていた。
 急激に噴き出してきた冷や汗に、さっきとは別の意味で鼓動を速めつつ、奏は明日美に両手を合わせ「ごめん!」と声に出さずに叫んだ。それを見ても、明日美はまだ不安そうな表情だったが、それでもちょっとだけ笑顔を作り、小さく首を横に振ってくれた。
 デジカメを確認中の蕾夏からは、明日美は見えていない。紹介すべきなのか、とも一瞬思ったが、検討する間もなく、口から言葉が飛び出していた。
 「い…、いや、オレはその、友達と一緒に…」
 「そっか。良かった」
 「え?」
 「私、店内観察に没頭し始めると、たとえ瑞樹が一緒にいても、会話ゼロになって自分の世界に入っちゃうから。奏君にお連れさんがいなくて、私の隣とかに座っちゃったら、相当さびしー思いさせる羽目になるところだった」
 「……」
 それは―――確かに、想像がつくかもしれない。話の途中で「ああっ! そうかぁ!」と叫んで執筆部屋に飛び込んだ蕾夏を思い出し、奏は内心深く頷いた。
 「じゃあ、心おきなく没頭してくれよ」
 「うん、ありがと。奏君も早く戻った方がいいよ」
 そう言って、おもむろに奏の方を見た蕾夏は、くすっと小さく笑った。
 「女の子をあんまり待たせるのって、褒められたことじゃないしね」
 「……っ!」
 「お連れさんによろしく。あ、咲夜ちゃんにも、よろしく伝えといてね」
 ―――な…なんで、一緒に来てる「友達」が、「咲夜以外の女」だってわかるんだよ…っ!
 …相変わらず、侮れない。早くも膝の上の手帳に視線を移してしまっている蕾夏の横顔を、奏は、恐ろしいものでも見るかのような目で見下ろした。
 でも、確かに、蕾夏の言う通りだ。早く明日美のところに戻らなくては―――そう、思ったが。
 奏は、蕾夏の視線が自分から外れてもなお、動くことができなかった。

 手帳に何かを素早く書き込み、カクテルグラスに伸ばされる、抜けるように白い手。
 淡いライトに照らされた、艶やかな黒髪。少し伏せ気味になった睫毛。グラスの縁に触れる唇。
 …目が、離せない。
 見てはいけないのに。余計辛くなるだけなのに。それでもなお、無意識のうちに、目で辿ってしまう。

 ―――蕾…夏…。
 ゾクリ、と、悪寒にも似た震えが、体に走った。
 駄目だ。これ以上ここにいたら、また暴走する。奏の意志を無視して、心も体も歯止めが効かなくなる。そうなるとわかっているから、瑞樹のいない所では絶対に会わないよう気をつけてきたのに―――…。
 動揺に瞳を揺らした奏は、引き剥がすように視線を蕾夏から逸らし、きびすを返した。
 少し離れて、明日美が所在無げに立ち竦んでいる。奏は、なんとか笑みを作り、彼女のもとに歩み寄った。
 「ごめん、明日美ちゃん―――店、変えよう」
 「え…っ?」
 「知り合いがいると、からかわれたりして、面倒だからさ」
 「……ハイ」
 明日美は小さく答え、奏の1歩後ろに付いて、店の入り口の方へと歩き出した。
 今の説明に、明日美が納得したのか、それともしなかったのか―――内なる狂気と戦っていた奏は、それを見極めるだけの余裕など、微塵もなかった。


 ―――マジでオレ、狂ってるのかもしれない。
 最近は、成田のいる前では、結構冷静さを保てるようになってきた筈だったのに……成田っていうストッパーがいないと、こんなに違うもんなのか?
 蕾夏は、信頼できる、大切な友人だ。そして、多分この世で一番尊敬し、ある意味蕾夏以上に惹かれてる存在―――成田瑞樹の、たった1人の“パートナー”だ。オレは絶対、あの2人を裏切れない。裏切らないためには、蕾夏を欲しがっちゃ駄目なんだ。わかってる―――わかってる。嫌になるほどわかってる。
 なのに…これは、何なんだよ?
 なんでこんなに、蕾夏ばかり欲しがるんだ!? 世の中には、女がいくらでもいるじゃないか。なんで蕾夏なんだ!? 一体何年、手に入らないものばかり求めてのたうち回れば気が済むんだよ…!?


 口元を覆う手が、小刻みに震える。
 久々だった。蕾夏に会うの自体、久しぶりのことだったし、日頃目を背けているものを直視してしまったのも、本当に久しぶりのことだった。時が解決するもの、と思っていたが―――どうやら、違うらしい。時間を置いて再び襲い掛かった物は、時間を置いた分、弱まるどころか、余計凶暴な牙を奏に向けた。
 店を出、少し離れた所で、奏は立ち止まり、大きく息を吐き出した。駄目だ、冷静になれ―――肺の中の空気を全て吐ききり、自らに言い聞かせた。
 「…大丈夫…ですか?」
 奏と一緒に立ち止まった明日美が、心配そうに訊ねる。
 額にかかった髪を掻き上げた奏は、弱いものの、一応笑みを浮かべて明日美に向き直った。
 「ああ、大丈夫。…ごめん。今の店、明日美ちゃん結構気に入ってたみたいなのに、オレの都合で勝手に出て来ちゃって」
 「いえ…。それは、別に構わないです。それより…一宮さん、なんか、具合が悪そうだから」
 「ん…、少し、疲れたのかもな。ちょっとだけ、気分悪くなったけど、今はもう大丈夫だから」
 「……」
 「さて、と…。どこにしよう? もうちょい、適当に歩いて、良さそうな店探そうか」
 「…一宮さん」
 再び歩き出そうとした奏を、明日美の声が制した。
 奏を見上げた明日美は、僅かに顔を強張らせ、酷くゆっくりした口調で、思いがけないことを口にした。
 「―――今の人、なんですね」
 「…え?」
 ドキン、と心臓が跳ねる。
 どういう意味だ? ―――動揺する奏に、明日美は辛そうに目を伏せた。
 「今の人が……一宮さんが、忘れられない人、なんですね…」
 「―――…」
 「…すぐ、わかりました。一宮さん、誰に対しても笑顔で紳士的なのに―――あの人にだけは、落ち着かないみたいに視線があちこち彷徨っていたし、それに…凄く、喋り方が、つっけんどんだったし」
 …気づかなかった。
 そんなに、あからさまだっただろうか。もしそうだとしたら、正直すぎる自分の態度に腹が立つ。好意を寄せてくれている明日美の前で、とんでもない失態だ。
 「ご…ごめん」
 奏が謝ると、明日美は、目を伏せたまま首を横に振った。
 「…どうしてあの人、一宮さんを振ったんですか…?」
 俯いたまま、明日美が、消え入りそうな声で訊ねる。ズキリと痛む胸を努めて無視し、奏は、低く答えた。
 「―――あいつは、初めて会った時から、人のもんだったから」
 「……」
 「…始めから、オレの横恋慕だったんだ。…バカだろ」
 明日美は、また首を横に振った。そんな明日美を見下ろし、奏はきつく唇を噛んだ。

 今日、明日美との待ち合わせ場所に向かいながら、1つだけ決めていた。
 今日1日、明日美と過ごして、もしも恋愛感情のほんの欠片だけでも見つかったら、今まで通り、彼女が会いたい時に会う。でも、もし見つけられなかったら―――今日の最後に、もう会うのは今日限りにしよう、と告げる。…最初から、そう決めていた。
 まだ、答えは出ていなかった。今はまだ、好きとは思えない。けれど、何度も会っていれば、好きになれるかもしれない―――そういう微妙なラインを行き来していて、今日の最後にどっちの結論を出せばいいのか、あの店に入る直前まで迷っていたのだ。
 でも―――今、決めた。

 「…オレは、明日美ちゃんとは、もう会わない方がいいと思う」
 俯いていた明日美が、その言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
 愕然とした目に、胸が痛む。こんな目をさせるなんて、酷いと思う。けれど―――…。
 「明日美ちゃんの気持ちを知っているオレが、まだこんなにあいつに気持ちを持って行かれたまま、明日美ちゃんと会い続けるのは、卑怯だと思う。だから…オレがあいつを忘れるか、明日美ちゃんがオレ以外の男を好きにならない限り、会わない方が…」
 「い…嫌です…!」
 驚くほど、激しい声だった。
 大きく見開いた明日美の目に、あっという間に涙が浮かぶ。1歩、奏に詰め寄った明日美は、ぐっと涙を飲み込んだ。
 「嫌…です…。一宮さんがあの人を忘れてなくても、わ…わたし、構いません。だから…っ」
 「…でも…」
 「彼女にして欲しい、なんて言いません。今すぐ忘れて欲しい、なんて絶対言いません。わかるから―――諦めた方がいい、って何度も思っても、それでも好きって気持ちが止められないこともあるんだって、わたしも…わかるから…」
 飲み込んだ涙が、堪えきれず、明日美の目から溢れた。
 「…傍に…いさせて下さい…」
 「……」
 「いつか…ずっとずっと未来でもいい、一宮さんがあの人を忘れられた時、真っ先に好きになってもらえるように――― 一宮さんの一番近くにいたいんです。彼女っていう名前じゃなくてもいいから……彼女候補第1号のまま、傍にいさせて下さい…」
 瞬きと共に、涙が、頬を伝った。
 それを拭うこともせず、明日美は、必死の面持ちで奏に訴えた。
 「わたしなら―――わたしがあの人なら、たとえ彼氏がいても、絶対、一宮さんを選びます」
 「…明日美、ちゃん…」
 「みんなから蔑まれても、一度は好きになった人を傷つけても……一宮さんを、選びます。だから―――…」
 「………っ」

 とても、耐えられなかった。
 奏は、明日美の言葉を押し留めるように、明日美を抱きしめた。
 痛いほどに―――自らの痛みを、ぶつけるかのように。

 「―――…ホントに…?」
 「……」
 「本当に、何があっても、オレを選んでくれる…?」
 「……ハイ」
 「…でもオレ、明日美ちゃんを好きになるかどうか、まだ…」
 「…構いません」
 奏に抱きしめられたまま、明日美は奏のシャツを握り、奏の胸に頬を押し付けた。
 「それでも構わないから―――傍に、いさせて下さい」
 それは―――奏のぐらつく足元を、完全に揺るがせた。奏は目を瞑ると、明日美を抱きしめる腕に力を込めた。


 …誰か、教えてくれ。
 一体オレは、どうすれば良かった?
 オレは、ずっと、飢えていた。求めても、求めても、手に入らない―――オレに向けられる“愛”に、飢えていた。その飢えた心を満たしてくれるこの子を前にして―――オレは、他にどうすれば良かったんだろう…?

 蕾夏が、欲しい。
 今、この瞬間も、気が違うほど蕾夏が好きだ。
 でも―――この恋は、痛い。痛くて、痛くて、死んでしまうんじゃないかと思うほど、痛い。
 だから。
 だから、蕾夏が成田を見る時の目と似た目で、オレを見てくれるこの子に、少しだけ―――ほんの少しだけ、この痛みを癒してもらいたい、と思うのは、間違ってるだろうか。
 どうしても埋まらないこの空洞を、つかの間でいい、嘘でもいいから、埋めて欲しいと思うのは……間違ってるだろうか。


 本当にいいのか? と、どこかで、誰かが言った気がした。
 けれども奏は、限界を超えた痛みに、その声を聞かなかったことにした。


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