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― Blue Skies

 

 ぼくの住処(すみか)は、大都会東京の片隅の、小さな2階建てアパートにある。

 住んでいるのは、ぼくを含めて、7匹……いや、1匹と、6人。ぼく以外は、全部人間という動物だ。ぼくは、その人間のおかげで、飢えも寒さも知らずに暮らしている。


 「おはよう、ミルクパン」
 朝一番に顔を見せるのが、この眼鏡をかけた男の子。
 ぼくは、6人の中では、この人間が一番好きだ。何故なら、一番よく遊んでくれるし、一番よくエサをくれるからだ。そんなこと言うとぼくが損得だけで好き嫌いを言ってるみたいに見えるかもしれないけど、そんなことはない。なんだか、6人の中で一番、ぼくのことが好き、って思ってるのが伝わってくるのが、この人間なんだ。
 「ほら、ご飯だよー。いっぱい食べようねー」
 いただきます。
 好物のキャットフードを、男の子に見守られながら、バリバリ食べる。食べている間は、男の子はぼくに手出しをしない。ただ嬉しそうにじーっと見ている。食事中に手を出したらダメだってことがわかってるんだろう。
 前に1ヶ月位、ぼくをここから連れ出した子供は、その辺をわかってなかった。食事中だろうが寝てる時だろうが、構わず撫でたり抱いたりするから、とても嫌だった。やめろ、と引っかくと、泣きながらぼくを投げ飛ばしたりするから、ますます迷惑だったっけ―――あの子に比べたら、ここの住人は、みんないい人だ。
 「今日さ、ぼくの大学の友達が遊びに来るんだ。もしかしたら、だけど―――ここに引っ越してくることになるかもしれないんだ。ミルクパンにも紹介するね」
 ふぅん。もう1人、住人増えるのか。
 後輩ができるのは、ちょっと嬉しい。嫌な奴だったら困るけど。でも、この男の子の友達なら、きっとその子もいい人間だろう。


 「あ、優也君、おはよう」
 続いて顔を見せたのは、男の子の隣に住む、女の人だ。
 「あ…っ、お、おはようございます」
 慌てて男の子が立ち上がる。その顔は、いつもよりちょっと赤くて、でも嬉しそうな笑顔だ。
 この人が出てくると、男の子はいきなり、態度がおかしくなる。日頃は落ち着いてゆったりしてるのに、女の人の前では落ち着きがなくなって、ぼくの存在も忘れがちになる。ぼくとしては、ちょっと不満だ。
 そんな訳で、ぼくは、男の子の関心を奪ってしまうこの女の人が、あんまり好きじゃない。でも、好きじゃないのは、それだけが理由じゃない。
 「…何、ミルクパン外に出してるの?」
 女の人が、ぼくを見下ろして嫌そうな顔をする。
 ぼくも負けじと、なんだよ、と睨み返す。
 「あ、大丈夫です。ぼくがちゃんと抱っこしてますから」
 いきなり、男の子に抱きかかえられた。まだ食べてるのに―――これだから、この女の人といる時の男の子には困ってしまう。
 いってらっしゃーい、なんて女の人に手を振る男の子に、にゃあ、と一声抗議する。それでわかってくれたのか、男の子は、ごめんごめん、と言いながらぼくを下ろしてくれた。


 男の子が、また後で来るからね、と言って部屋に引っ込んですぐ、次の人が顔を出した。
 「おお、おはよう、猫! 元気にしてるかぁ!」
 2階に住んでる、中年のおじさんだ。
 この人は、あんまりぼくとスキンシップはしない。大抵ぼくの居る場所を覗き込んで、やあ! って感じで手を挙げるだけだ。しかも、猫、なんて呼ぶ。ぼくにはミルクパンていう名前があるのになぁ。知らないのかなぁ。
 この人のことは、嫌いじゃないけど、あんまり好きでもない。それより何より、声が大きくてびっくりさせられるから、困った人間だな、と思う。
 でも、死んだお母さんが、「声の大きな人間は、いい人が多いのよ」と言っていたのを、朧気ながら覚えているので、多分この人はいい人なんだろうな、と思っている。
 声の大きなおじさんは、挨拶だけして、とっとと行ってしまった。毎回こんな風なので、おじさんの印象は、これ以上にもこれ以下にもならない。


 「あーあ…疲れた疲れた」
 おじさんが行ってしまって間もなく、一番ぼくの近くに住んでる人間が出てきた。
 男の子の次に、ぼくの面倒をよく見てくれる人で、男の子のいない日中は、寒い日や暑い日は大抵、この人の家で過ごさせてもらっている。ぼくは暑さにも寒さにも弱いので、快適な部屋にかくまってもらえて、とても助かっている。
 「あ、おはよ、ミルクパン」
 にっこり笑いかけてくれるその人に、ぼくも、みゃあ、と挨拶をした。
 この人は―――凄くいい人だけど、謎だ。
 だって、時々、別人に変身するんだ。大抵は女の人に見えるんだけど……たまーに、どう見ても男の人だよなぁ、って姿になったりする。初めて見た時は、別人だと思って全身の毛を逆立てて警戒したんだけど、声を聞いて同じ人だってわかり、物凄く混乱した。
 多分、男の人に見える姿の時のこの人を知ってるのは、ここの住人じゃぼくだけだと思う。それは、実はちょっとした、ぼくの自慢だったりする。
 お母さんが子守唄代わりに聞かせてくれた、南の方に住んでる「変身できる猫」の話。あれを聞いて、変身できる猫っているんだ、と驚いたけど、この人みたいに人間でも変身できる種類がいるんだから、猫に変身できるのがいたって、おかしくないよな。うん。
 男か女かわからない変身人間は、それから暫く、疲れた疲れたと言って、腕を振ったり、体を捻ったり、と体操をしていた。そして、「よし、頑張って書くかぁ」と言いながら、また部屋に引っ込んだ。朝から働いてる、真面目な人間なんだと思う。その位頑張らないと、変身する術なんて身につかないんだろうなぁ…。


 「おっはよー、ミルクパン」
 続いて顔を出したのは、ぼくを拾ってくれたお姉さんだ。
 「よ、おはよ」
 そのお姉さんの後ろから、お兄さんが顔を出す。これが、最後の住人。2人に向かって、ぼくは、みゃー、と挨拶を返した。
 お姉さんの方は、ぼくは、男の子の次に好きだ。お母さんが死んじゃって、おなか空いて死にそうだった時、助けてくれたのがこの人だから。それに、なんか、ぼくとの接し方が、公園に住んでる野良猫のミータに似ている。つかず離れず、お互いのテリトリーを侵害しません、でも好きなのはわかるよ、って感じで。
 で、このお兄さんの方は―――なんか、他の人間たちとちょっと違うので、最初、怖かった。散歩してる時に、あり得ない模様の猫に遭遇して物凄く驚いたことがあったけど、あの感じと似てる。多分、人間にもいろんな種類がいて(変身できるのもいるし)、お兄さんとそれ以外の住人とは、ちょっと種類が違うんだと思う。
 でも、慣れてしまうと、違いはあんまり感じなくなった。それにこの人、笑い声が大きいんだ。大きい声の人は、悪い人はいない。だからとてもいい人なんだろうな、と思っている。
 「はい、ミルクパン、抱っこしようねー」
 よいしょ、とお姉さんが抱っこしてくれる。
 「あ、ちょっと重くなったっぽいよ、ミルクパン。ふーん、成長してんじゃん」
 「見た目はあんまり変わんないのになぁ。太った時のデブ猫状態を覚えてるから、多少の違いじゃ驚けないし」
 失礼だなぁ。早く忘れてよ、そういうのは。オスでも外見には気を遣うんだから。
 「スリムな体型のまんま、重たくなってる、ってことだから、理想的理想的。よしよし、ミルクパン、おっきくなれよー」
 そう言って、お姉さんが、ちゅ、とほっぺたにキスをするフリをした。
 フリでも、ちょっと嬉しい。えへへ、と笑った声が、みー、という鳴き声になった。そしたら、お兄さんの顔が、鳴き声の意味がわかったみたいに、むっとした表情になった。
 「…人間のオレも、まだキス止まりなのに…」
 「は?」
 「…なんでもねーよっ」
 「…変なやつぅ…」
 「早く行こうぜ。遅刻するぞ」
 「あ、そうだね」
 お姉さんは、ぼくを下に置き、行ってくるね、と手を振った。面白くなさそうにしていたお兄さんも、結局は、行ってくるぞー、と僕の頭を撫でて行った。


 おなかいっぱいになって、うーん、と伸びをして外を見ると、空は、雨続きだった最近にしては珍しい位の、とっても綺麗な青空だった。
 空に浮かんだ真っ白な雲を眺めながら、ぼくはのんびりと、今日1日何をしようかな、なんて考えた。


 こうして今日も、大都会の片隅にあるこの小さなアパートの1日が、慌しく始まる。


――― "Fake!" / END ―――
2006.11.30


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