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― Seed(前) ―

 

 「秋吉の部屋で?」
 「…うん。是非、って言われたんだけど…」
 大学への道すがら、おずおずと優也が切り出した話に、蓮の表情が微妙に曇った。
 ああ、やっぱりな―――相談する前から、この反応は想像がついていた。が、1人で答えを出す自信がない優也は、それでもいいや、と思い切って話を進めた。
 「僕、誕生日には実家に帰っちゃってるんで、じゃあ帰省前でバイトもない日に、って話になって…それだと、23日なんだ。天皇誕生日」
 「…そりゃあ…」
 眉をひそめた蓮は、うーん、という感じで考え込み、ぽつりと呟くように答えた。
 「まずいだろ、やっぱり」
 「…だよね」

 ことの発端は、理加子である。
 優也の誕生日は、クリスマスの翌日の、12月26日。先日、その話をたまたま理加子にするとが、理加子は大きな目をキラキラ輝かせて「じゃあ、バースデーパーティーしよう!」と言い出したのだ。しかも、優也の部屋で。
 天皇誕生日は、休日―――恐らくは、平日より数倍、奏が自宅にいる確率が高い日だ。当然、優也は躊躇した。だが、理加子の言葉を聞いて、無碍に断ることもでき辛くなった。

 『あたしね、家でお誕生日会開くのが、昔からの夢だったの。おばあちゃんがいた時は、いつもおばあちゃんの友達に占拠されちゃって無理だったし、おばあちゃんが亡くなってからは、あたし1人しか家にいなかったし…。だから、誰かの誕生日にケーキ焼いたりお料理並べたりするの、1度やってみたかったの』

 「情にほだされた訳だな」
 説明を聞いた蓮の冷静な一言に、優也は反論できず、ガクリと肩を落とした。
 「…やっぱり、情に訴えられると、なんか可哀想で無碍には断れなくて…」
 「女はすぐ情に訴えるからな。“酷いと思わない?”とか“可哀想だと思わないの?”とか」
 面白くなさそうに蓮が呟く。そこに、あからさまに「ウンザリ」という色合いが見え隠れするのは、やはり理加子の話だからなのではないか、と優也はチラリと考え、冷や汗が滲み出てくるのを感じた。
 「い、いや、僕も一応難色は示したよ? 偶然一宮さんとはち合わせ、なんてことになったら、シャレにならないだろうし…。だから、バイトある日でもいいから、とにかく平日の昼間に、ってことにしたんだ、け、ど…」
 「けど?」
 「…僕もリカちゃんも都合のつく平日で、一番誕生日に近いのが、24日なんだ」
 「…なるほど」
 12月24日―――そんなの宗教的には何も意味ないぞ、といくら叫んだところで、世間的にはカップル専用イベントの日である。歯切れの悪い優也の言葉の意味を理解し、蓮も渋い表情で相槌を打った。
 「リカちゃんは、24日でもいい、誕生日から離れすぎたら意味がなくなる、ってすっかり乗り気なんだけど…さすがにまずいよね」
 「でも、秋吉もあの子も、認識は合致してるんだろ?」
 思わぬ反論に、優也はキョトンと目を丸くした。
 「認識?」
 「どちらかが変な下心持ってるとか、別の意味を期待してるとか、そういうことはないんだろ? 2人は飽くまで友達で、その先をどっちも望んでない、って認識で双方一致ができているんなら、別に問題はないんじゃないか?」
 「……」
 「まずい、って、誰に対して“まずい”んだ?」
 「…………」
 正論だ。
 相手に勘違いさせていたり、優也側に口では言っていない別の意図があるなら「まずい」だろうが、2人の間では認識は完全に一致している。ならば、別段「まずい」ことはない、筈なのだ。一体自分は、誰の視線を気にして「まずい」と言っているのだろう? …正直、蓮に問われても、優也自身にもさっぱり見当がつかない。
 「…でも、さぁ…。なんかやっぱり、僕自身が気になって仕方ないんだよ。誰に対してなのかわからないけど、よりによってイブの日に、彼女でもない女の子と2人きりになるのは」
 「じゃあ、別の日にしたらいいんじゃないか?」
 「いや、それも…。そ、それで、できれば―――穂積も一緒にどうかなぁ、と」
 「俺?」
 今度は、蓮の目が丸くなる。なんで俺が、という目にドギマギしつつ、優也は勢いでその先を続けた。
 「ぼ、僕もさ、夜は家庭教師のバイトがあるから、ほんとに日中の何時間かだけなんだ。大学は休みに入ってるし、穂積のバイトも夜だよね。だから、できれば一緒にいてくれると…」
 「…俺がいると、まずくなくなるのか??」
 真顔で訊かれ、一瞬、言葉に詰まる。何がどう「まずい」のか判然としないのに、「まずくなくなる」かどうかなんて、きちんと説明できる筈もない。
 「え、ええと―――…多分」
 「…よくわからないけど、」
 眉をひそめた蓮は、一旦言葉を切り、それから極めてあっさり返事をした。
 「まあ、別にいいよ」
 「えっ…、ほ、ほんとに?」
 「ああ。あの子の友達になった覚えはないけど、秋吉の誕生日祝いなら、俺も参加したいし」
 「……」
 …予想外。
 こんなにあっさりOKされるとは、全く考えていなかった。蓮が理加子を良く思っていないのはわかっていたし、良く思っていない相手と関わることは、蓮の性格から言って可能な限り避ける筈、と思っていたから。
 「じゃ…じゃあ、リカちゃんにも言っておくよ。穂積も一緒だから、って」
 「うん」
 薄く微笑みそう答えた蓮は、優也の方に向けていた顔を、再び前に向け直した。
 ―――あ、まただ。
 蓮の横顔に、優也は軽く眉をひそめる。けれど、何も言わず、黙って蓮の隣を歩き続けた。

 いつ頃からだろう? 蓮は時々、様子が少しおかしくなる。
 どこか遠くを見ているような、心がどこかへ行ってしまっているような、そんな不安定な目をして、ぼんやりしてしまう。いや…ぼんやりする、というより、何か思いつめているような、考え込んでいるような様子になってしまう。
 何か、悩み事があるんだろうか―――もしそうなら、相談してくれたらいいのに。…そう思いはするけれど、結局優也は、いつも何も訊くことができない。
 正直なところ、優也の方が、戸惑ってしまっている。普段の蓮が、常に落ち着いていて、あまり感情の乱れや波を感じさせない人間だから、つい―――相談することはあっても、蓮の相談に乗ることなど想像すらしなかったから、どうすればいいのか自分でもよくわからなくなっているのだ。
 ―――でも普通、友達っていうのは、ギブ・アンド・テイクな関係なんだよな…。一方的に助けてもらうばっかりなんて、フェアな関係じゃない気がする。だから、穂積が何かに悩んでるようなら、僕にできることがないか訊くべきなんだ。けど……あの穂積が心ここにあらずになるほどのトラブルなんて、僕が相談に乗ったところで、何の解決にもならない気がするし…。
 結局のところ、考えは堂々巡りを繰り返し、何も訊けないままに終わってしまう。そんな状態が、もう2週間近くも続いている。

 共通項といえば真面目であることくらいで、それ以外は見た目も中身も対照的―――優也にとって蓮は、そういう存在だ。
 だからこそ、真意が読みきれず、つい遠慮したりしてしまうのだし、そういう謎めいた存在だからこそ―――こんなにも気になるのだし、魅力を感じるのだと思う。
 共感だけが友情を生む訳じゃないんだな、と、いつもとは微妙に違っている蓮の横顔をチラリと眺め、優也はぼんやりとそう思った。

***

 「遅くなりましたー…」
 約束の時間より5分遅れで到着すると、研究室に既にいた先輩たちは、優也と蓮に向かって肩を竦めてみせた。
 「悪ぃ、ちと遅れるわ」
 「え?」
 「マコがはまっちゃってるんだよ」
 「はまってる…??」
 男の先輩の大きな肩越しに、その背後を覗き込んでみると、長机の前に座る真琴の小さな後姿が見えた。若干前のめりになり、何かに真剣に取り組んでいる様子だ。
 「俺たちはいいんだけど、お前ら、マコにも見てもらいたかったんだろ? 作った解析プログラムの出来を。だから、現在マコ待ちって訳。悪いけど、キリがつくまで待ってもらえるか?」
 「…俺はいいですよ」
 即座に蓮がそう答える。優也も慌てて頷き、「僕もいいです」と答えた。
 蓮の方は、真琴が「何」にはまっているのか、あまり気にならない様子らしく、黙々とノートパソコンを取り出して、先輩たちに見てもらう予定のプログラムの準備を始めてしまった。その様子を暫し眺めた優也は、他の先輩たちとの雑談に戻りかけた先輩を呼び止めて、小声で訊ねてみた。
 「あの―――マコ先輩、何にはまってるんですか?」
 「んー? ジグソーよ、ジグソー」
 ほら、と先輩が親指で指し示した先には、ジグソーパズルの空箱が転がってた。そこに書かれた「3000ピース」の文字に、さすがにギョッとして、急いで真琴に歩み寄った。
 「マコ先…」
 「はーなーしーかーけーなーいーでー」
 間延びした真琴の声が、優也の声を遮る。
 そんなに佳境に入っているのか、と覗き込んでみると、長机の上には、大量のピースが無造作に山積みされているだけで、まだ一辺も組まれていない状態だった。真琴は、山積みピースから1個1個指で弾くようにしてピースをより分けている最中で、ピースの山がだんだん2つの山に分かれつつある感じだ。
 「ちょーっと待ってねぇ。見つけちゃえば、とりあえず落ち着くからー」
 「……」
 何をですか、と訊きたかったが、話しかけるなと言われた直後では、黙っているしかない。が、優也が訊ねるまでもなく、真琴が手を休めることなく勝手に答えてくれた。
 「わたしねー、大好きな形のピースを見つけて、そこから解いていかないと、どーも落ち着いて解けなくてねー。3000ピースもあれば、2つ3つあってもいい筈だから、そろそろ見つかると思うんだけど、もーちょっと待ってねー」
 「…はぁ」
 好きな形のピースから解いていく―――普通は、1辺がまっすぐなピースを見つけて、それを並べることから始めるのではないだろうか。一体どんな形が好きなのだろう、と優也が不思議がっていると、
 「あー! あった!」
 叫びつつ、真琴が嬉々として1つのピースを摘み上げた。そのピースを見て、優也は思わず目を丸くした。
 「え…っ、こ、これですか?」
 「そう、これ」
 ジグソーパズルのピースは、いびつな形をしたピースの4つの辺に凹凸をつけ、その組み合わせで出来ている。向かい合った2辺が出っ張っているもの、1辺だけがへこんでいるもの、といった具合に。そして、今真琴が手にしているのは、4辺全てがへこんでいるピースだった。
 「…なんで、これなんですか?」
 優也が問うと、真琴は、お気に入りのピースを掲げてみせ、へらっ、と笑った。
 「だって、お花みたいで、可愛いでしょ〜」
 「…………」
 一気に、ガクリときた。脱力する優也をよそに、真琴は上機嫌で、ピースを持った手をぶんぶん振った。
 「それにねぇ、この形のピースは、寂しがりのピースだから〜」
 「…寂しがり?」
 「だってホラ、こっちのピース、見て見て」
 そう言って、真琴は、3つの辺が出っ張っている形のピースを指差した。
 「このピース、これが頭で、両手を広げてるように見えない?」
 「…ああ…そう言えば、人間ぽいですね」
 「どのピースも、手を繋ごうとしてるみたい。ピッタリはまる相手を探してる手がいっぱいあるように、わたしには見えるのだよ、うん。けどねぇ、このピースは、手がないでしょ。誰か来てくれないかなー、って待ってるしかないピースに見えて、なんか寂しそうで好きなのだ」
 「……」
 「まず最初に、このピースの周りを固めちゃうと、落ち着けるナリよ〜。あー、これでやっと勉強に専念できるー」
 ―――ジグソーパズルに、こんなこと考える人もいるんだ。
 新鮮というか、驚きというか、感動というか―――優也は、感心したような目で、真琴の顔を見下ろした。ロマンチスト傾向にあると自負し、そう言われることも多い優也だが、真琴のものの見方はそれ以上……いや、また別の視点かもしれない。
 「秋吉君は、どのピースが好き〜?」
 呆ける優也をよそに、真琴は突如、そんな質問を投げかけてきた。
 「えっ、ぼ、僕ですか?」
 「そう。どの形が好き?」
 「え、ええと……これ、かなぁ」
 大体、普通、ジグソーのピースに好きも嫌いもないんじゃないだろうか―――という疑問は、真琴が実在することから、何の言い訳にもならない。無理矢理「好きなピース」を探した優也は、結果、無難な1つを選んだ。
 「ふぅん、角っこのピースが好きなんだ〜」
 優也が選んだのは、2つの辺が真っ直ぐな、ジグソーパズルをやる時一番最初に見つけて置くピースだった。優也の手元をじーっと見つめる真琴に、優也は少々困った顔になった。
 「いえ、好きっていうか……角のピースがないと、解くのが難しいんで」
 「あー、そういう理由ねー」
 のほほんとした口調で相槌を打った真琴は、まだ優也の手元を見つめたまま、一言付け加えた。
 「それって、“好きなピース”じゃなくて、“都合のいいピース”だよね〜」
 「……」
 何故か、その一言が、ぐっさりと心に突き刺さった。
 「ねーねー、穂積君はぁ?」
 正体不明なショックに固まっている優也に気づきもせず、真琴は、今度は優也の背後で黙々とノートパソコンを操作していた蓮にターゲットを変えた。
 優也と真琴のやりとりをほとんど聞いていなかったらしい蓮は、何の話? という顔をした。が、真琴が「ジグソーのピースの中で、どれが一番好き?」と訊くと、気まずそうな表情で即答した。
 「…俺、ジグソー自体、好きじゃないんで」
 「えぇ? そうなの?」
 「はあ」
 「なんで〜?」
 「…完成してるものを、バラけてるだけだから」
 「……」
 「繋ぎ合わせても、元に戻るだけでしょう。解く人によって、完成する絵が変わるなら、面白いけど」
 蓮の返答に、真琴はちょっと目を丸くし、それから楽しそうにコロコロと笑った。
 「あははははは〜〜〜、穂積君らしい答え〜〜〜〜」
 「…はあ…?」
 なんだそりゃ、という呆れた顔とも当惑したともつかない微妙な顔で、蓮は僅かに眉をひそめた。が、どの辺が「穂積君らしい」のか確認する気も特に起きなかったらしく、また自分の作業に戻ってしまった。
 蓮は気に留めなかったようだが、優也は少々気になった。蓮が背を向けてしまったのを確認してから、優也は真琴の隣の席に腰を下ろした。
 「…あの、マコ先輩」
 「んー? なぁに?」
 「今の答え、どの辺が穂積っぽいんでしょうか」
 優也の問いに、真琴はキョトンとした目になり、首を傾げた。
 「あれぇ? そう思わない? 穂積君を一番よく知ってる秋吉君なら、そう思うだろうと思ったけど」
 「…うーん…」
 「穂積君は、シンプルで、わかりやすいナリよ」
 意外なことを言われ、今度は優也が目を丸くした。
 「そ…そうですか?」
 「そうナリよ。わかり難く見えるとしたら、それは、口下手で無愛想だからナリよ」
 背後で、蓮が振り返る気配がした。真琴の声も優也の声も大きくはないが、多分「口下手」とか「無愛想」という単語が僅かに聞こえたのだろう。もしかして俺の話してる? という視線を背中に感じ、優也は落ち着かなさに膝の上の手を組み直した。
 「そ、その―――それって、僕の観察眼が鈍感すぎる、ってことでしょうか…」
 「ちーがいますー。無愛想な顔から何かを読み取れとか、そーゆー問題じゃないナリよ」
 トントン、と机を指で叩いた真琴は、その指で、いきなりビシッと優也を指差した。
 「わたしに言わせればー、穂積君より、ユーの方が、複雑でわかりにくいのです」
 「えっ」
 複雑で、わかりにくい?
 生まれて初めて言われた言葉に、優也は、眼鏡の奥の目をまん丸に見開き、フリーズした。一体自分のどこが複雑でわかりにくいのか、まるっきり見当がつかなくて。
 ところが、いつものへらっとした笑いのまま真琴がぶつけてきた回答は、さっきの正体不明のショック以上の衝撃を、優也に与えた。
 「穂積君の“正解”は、いつも、穂積君自身の価値観オンリーでできているのです。自分がいいと思えばいい、やだと思えばやだ、法律上どうとか、普通はこうとか、そういうのもあんまりないから、シンプルでわかりやすいのです」
 「……」
 「でも、ユーの“正解”は、秋吉優也以外のものがたくさんあって、難しいのです。ユーが笑顔でオッケーと言っても、それがユーの本音とは限らないのです。オッケーしといた方が失礼に当たらないから、とか、普通は断らないものだから、とか、いろいろいろいろいろいろ入ってて、ユーの本音がどこにあるのか、わたしには見えないのです〜」
 「…………」

 ぐっさり。
 五寸釘の数倍ある巨大な釘で、ひと思いに突き刺されたに等しいレベルの、ぐっさり、だ。

 「でも、ユーは、それでいいのです」
 ショックに固まる優也をものともせず、真琴はにっこり笑い、さっきのお気に入りのピースを、優也の目の前でヒラヒラ振ってみせた。
 「シンプルすぎる人間は、将来絶対苦労する、と死んだおばーちゃんが言ってたのです。このピースみたいに、欠けてる部分を埋めてくれるパートナーを探して、途方に暮れる羽目になるのです。自分以外の価値観に振り回されつつ、妥協できる範囲内で人に好かれやすい正解を出すのは、大人の処世術ナリよ。秋吉君は、性格は確かにおとなしいけど、わたしや穂積君よりずーっと社交性が高いということになるのだから、そのままでいいのです。せっかく立派な両手を持ってるんだから、大事にしなくちゃ」
 「……」
 「さー、お勉強お勉強。始めましょー」
 まだ固まっている優也の頭をぽんぽん、と叩き、真琴は席を立った。それに気づき、周囲もガタガタと動き始めた。
 けれど……優也は、まだ、立てなかった。

 ―――なんだろう、これ。
 思わず、胸に手を当て、不快感に顔を少し歪める。
 真琴に言われたことに、傷ついた訳ではない。世間や周りの人の“視線”に、真琴は鈍感で優也は敏感、ただそれだけのこと―――そう前にも言われ、ギクリとさせられた。だから、今一瞬感じたものは、そういうショックや痛みではない。
 じゃあ……何、なんだろう? 初めて感じる、暗くて、濁っていて、自覚しているだけで自己嫌悪に陥りそうな、この感情は。

 「秋吉」
 ぽん、と肩を叩かれ、優也は思わず声を上げそうになった。
 オーバーなくらいにビクつく優也に、肩を叩いた蓮は、ギョッとしたように手を引っ込め、1歩足を退いた。
 「ど、どうした? 秋吉」
 「…あ、ご、ごめん」
 慌ててひきつった笑顔を作った優也は、ここが大学の研究室で、今から自分は蓮と一緒に先輩たちの前でプログラムの披露をしなくてはいけないのだ、ということを思い出した。

 ―――ど…どうしたんだろう、ほんとに。
 自分で、自分がわからない。
 何故、こんな暗い感情を―――しかも、鋭い指摘をした真琴本人ではなく、蓮に対して、感じるのだろう?

***

 「ねぇ、これなんて、どーお?」
 「……」
 「ちょっと派手めかもしれないけど、コーディネートによっては結構……」
 「……」
 「…優也っ」
 パン! と目の前で手が叩かれた。
 ハッ、と我に返った優也の目の前に、口を尖らせた理加子の顔があった。本日、何度目のこの表情やら―――気まずさに、優也は無意識のうちに頭を掻いていた。
 「…ごめん…見てなかった」
 「これよ」
 そう言って理加子が突き出してきたのは、7色くらい使っていそうな、暖色系の賑やかなセーターだった。うっ、とモロに引いた優也は慌てて首をぶんぶん振った。
 「む、無理…」
 「えぇー…、優也の持ってるジャケットって、みんな地味なデザインや色だし、その中に着るんだったらこの位の色、たまにはいいと思うんだけど」
 「…顔も地味だから、そんな派手な色のを着たら、顔がなくなっちゃうよ」
 「そうかなぁ」
 まだ未練があるらしく、理加子は手にした派手なセーターを、ひっくり返したり広げたりして何度も見直している。なんとかセーターから理加子を引き剥がすべく、優也は、別の服に興味を示したフリをしてその場から理加子を連れ出した。

 一応、優也の誕生日プレゼント選びの最中である。
 当然優也は遠慮したのだが、理加子が「友達の誕生日プレゼントなんて、生まれて初めて」と、例の如く目をキラキラさせてしまったので、断りきれなかった。何がいいか、と訊かれ、何でもいい、と答えたら、服になってしまった。
 『優也も、着る服の工夫1つで、グンとイメージチェンジできると思うのね。いつも抑えた服装ばっかりで、色も似てるでしょ? 一度、がらっと感じの違う服、着てみない?』
 がらっと感じの違う服、というのが、どういう服なのか全然想像できないままに、理加子の後についてきてしまったが―――ちょっと、後悔。優也1人なら、目を留めることすらないだろう、というような、デザインや色のものばかり選ぶのだから、参ってしまう。

 「優也が選びそうなものじゃ、イメチェンの意味、ないじゃない」
 「それは、そうだけど……こういう派手な色のものは、もっと目立つ顔の人が着るものじゃないかなぁ? 僕は平均以下の地味さなんだから」
 「だからー。その“平均以下”っていう思い込みを、変えたいんじゃない」
 優也が選んだ無難な服を陳列棚に戻し、理加子は腰に手を当てて優也を軽く睨んだ。
 「勿論、今の服も、優也にはよく似合ってるし、あたしはいいと思うわよ? でも優也、“平均以下”とか“冴えない”とかって自己評価しかしないじゃない。なら、全然違う優也に着替えてみたら? って思うの」
 「…いや、でもさぁ…。人には、似合う似合わないってのがあるから」
 「意外に似合うと思うんだけどなぁ」
 「…リカちゃんは、仕事で色々派手な服を見てるから、一般人の感覚とズレてるんじゃないかな」
 この前見せてもらった、雑誌に載っていた理加子の写真を思い浮かべつつ、優也は眉をひそめた。一瞬、本物の人形かと思ったほどに、ヒラヒラフリフリの服を着た理加子の姿は、非日常そのものだった。あんな衣装に囲まれて生活していたら、ファッションセンスも非日常になって当然かもしれない。
 「そんなことないもん。ホラ、上の階のお店も見てみようよ」
 ぐいぐい、と腕を引っ張られ、優也は半ば強引に理加子に連行される羽目となった。観念した優也は、理加子の感覚と自分の感覚の中間辺りの服が見つかったら、即「これがいい」と言おう、と決め、素直に理加子に従うことにした。
 「あ、そう言えば―――24日の件だけど、穂積も参加してくれるって」
 エスカレーターに乗ってすぐ優也が切り出すと、前に居た理加子が振り返り、少し驚いた顔をした。
 「ほんとに?」
 「うん。バイトの都合にもよるけど、昼間なら今のところOKだって」
 「…ふぅん…、意外。絶対嫌だって言うと思ったのに」
 ちょっと面白くなさそうな顔になる理加子に、優也は急に心配になり、僅かに眉をひそめた。
 「ええと…もしかして、穂積を呼ばない方が良かった?」
 「そんなことないけど、ちょっと癪に障っただけ。親友のためなら、嫌いな女と同席するのも涼しい顔で我慢できちゃうんだぜ、って見せつけられた気がして」
 「うーん…別に、嫌ってる訳じゃないと思うけど…」
 ―――良く思ってないのは、確かだけど。
 「まあ、いいわ。優也の親友だもんね。少しは親交を深めておかないと」
 ふぅ、と息をついた理加子だったが、ふと表情を変え、優也の顔を覗き込んだ。
 「…でも、優也は、ほんとに良かったの? 3人で」
 「え?」
 「だから、その―――少しくらい、期待してたのかなぁ、と思って。24日だし」
 「……えぇ??」
 思いがけないことを言われ、優也の足が思わず止まった。目を丸くした優也は、一瞬言葉を失った後、少々憤慨したような顔になった。
 「僕にそういう下心があるとでも思ってたの? だとしたら、心外だよ」
 「や、やだ、本気で思ってた訳じゃないわよ。ただ―――事務所の人に、ちょっと言われたから」
 「事務所の人?」
 「クリスマスの予定訊かれて、ついうっかり、男友達の誕生日パーティーをやるから、って言っちゃったら……わざわざ24日に、なんて、下心があるに決まってるじゃない、って」
 「……」
 「優也に限って、そんなのあり得ない、ってわかってるけど…でも、“普通はそうだ”って言われちゃうと…」
 「…そうだよね」
 “普通”―――優也も振り回される、この単語。また真琴の言葉を思い出してしまい、優也は落ち着かない気分になった。
 「僕は何の下心もないし、リカちゃんもそうだってわかってるけど―――周りが疑うかもしれない、って頭は、僕にもあるよ。だからこそ、穂積を呼ぶことにしたんだし」
 「うん…わかる」
 何がまずいんだ、誰に対してまずいんだ―――蓮の問いに対する曖昧な答えを、理加子は理解してくれているらしい。大きく頷いた理加子に、優也はホッと表情を緩め、また歩き出した。
 「ごめんね、変なこと言って」
 「…ううん、いいよ」
 「でもね……時々、あたしも思うの。なんであたしたち、友達同士なんだろう、って」
 優也の隣を歩きつつ、少し斜め下を見つめた理加子は、ポツリとそう呟いた。
 「もし優也が“彼女になって”って言ってきたら、あたし、きっと断らないと思う。誰とも“友達”になりきれなかったあたしが友達になれた、ってだけで、恋人同士になるための第一関門、クリアしてるようなもんだし―――外見だって、嫌いじゃないし。優也が彼氏なら、きっと凄く楽しくてラクなんだろうな、って思う。なのに……なんで、積極的にそうしようとしないのかな。恋人ができれば、一宮さんのことも忘れられるんじゃないか、なんて思ってるのに」
 「…多分、そういう相性なんじゃないかな」
 「相性?」
 「こういうこと、僕が言うのって、おこがましいのかもしれないけど―――僕たちって、凄く似てるんだと思うんだ。中身っていうか、立場っていうか…なんか、そういうものが」
 理加子につられるように、優也も自分のつま先の辺りを見つめた。
 「変に周りから持ち上げられて、特別扱いされて……でも、1人の自分に立ち返ってみると、本当に平凡で、注目されるのが苦手で、いつも迷ってて、自信がなくて―――周りの評価と自己評価のギャップが激しすぎて、期待に応えないと、って思いと、逃げ出したい、って思いの狭間で右往左往してる。…なんだか、そういう種類の人間のような気がするんだ。僕も、リカちゃんも」
 「…うん」
 「多分さ、そういう似たとこのある同士だから友達になれたんだと思うし……だからこそ、友達以上には、なれない気がする」
 「…そうねぇ…」
 うんうん、と小さく頷いた理加子は、ほーっと大きく息を吐き出し、顔を上げた。
 「この前優也が勧めてくれたから、海原真理の“アルカロイド”、読んでみたの。あの中にも、似たようなことが書いてあったっけね。解けない謎に挑む本能が、自分とは異なる者に惹かれる原動力となる―――だから自然と、自分とは異なる性に惹かれてしまうんだし、自分とは異質な人間に心が向いてしまうんだ、って」
 「あ、読んだんだ」
 「うん。面白かった、あの話。究極の恋愛体質のヒロインがすっごいムカついたけど……でも、自分に厳しいこと言ってくれる人に、つい心が傾いて依存してっちゃう気持ち、なんとなく共感できたし」
 「……」
 「自分でも薄々気づいてて、でも認めたくない悪い部分なんかを、遠慮なくびしーっと指摘されると、見抜かれた、ってショック受けたり、頭にきて嫌な態度とっちゃったりするけど―――見抜いてくれた、っていう気持ちも生まれちゃうのよね。それが、尊敬の気持ちや信頼感にも繋がって……もっと、あたしの知らないあたしを見つけて欲しい、傍にいて欲しい、って思っちゃうの」
 「…ふうん…」
 ―――やっぱり、まだ忘れられないんだなぁ…。
 理加子の目が微かに陰りを帯びるのを見て、彼女が誰のことを思い浮かべて今の言葉を口にしたかを察し、優也は少し表情を曇らせた。が、理加子自身は、自分が一瞬見せた陰りにも気づいていないらしく、すぐに茶化すような表情で優也を上目遣いに見上げた。
 「きっと優也も、優也を褒めてくれる女の子より、ビシビシ厳しいこと言ってくれるお姉さんに傾いちゃうタイプよね」
 「!!」
 ギョッとして、心臓が一瞬、止まった。
 「優也はそのままでいいよ、って言われても、そのままでいいとは思えないタイプでしょ? あんたはここがまずい、ってぐっさり図星を指されると、一旦はどん底まで落ち込むけど、相手をもの凄く尊敬しちゃいそう。優也って」
 「そ…そ、そ、そんなこと、ないよ?」
 思わず声がうわずる。引きつった優也の笑顔に、むしろ理加子の方が驚いたような顔になった。
 「あれ…っ、やだ、優也、動揺してるの?」
 「どどどどどど動揺なんてしてませ! 全然してませんからっ!」
 「…なんで急に丁寧語?」
 怪訝そうな顔をする理加子を適当に誤魔化し、優也は歩く速度を急に上げ、口元を手で押さえた。

 勿論、動揺している。本当は。
 理加子は、何も知らない。だからきっと、この動揺の意味などまるで見当がつかないだろう。優也自身だって、まさかこんな風に動揺する羽目になるとは思ってもみなかった。不意打ちだからこそ、余計に動揺してしまっていた。
 動揺の理由は、単純明快。
 図星を指され、どん底まで落ち込んで―――理加子が言ったとおりの状態を、つい2日前、体験していたから。
 ―――い、いや、確かにマコ先輩にへこまされたけど…っ。そのことが、やたら頭にへばりついて、この2日間、全然離れてくれなかったりするけど…っ。
 謎の存在、という意味においても、真琴ほどミステリアス(ものは言いようだ)な存在もまずいないだろう。尊敬する人、という点でも、真琴は身近にいる人間の中では、最も尊敬している先輩だ。特に、病気という挫折から立ち直った話を聞いてからは、日頃ほんわかしているだけの真琴の意外な芯の強さを知り、余計に尊敬の念を抱くようになっている。
 が……それはそれ、これはこれ、だ。あの真琴に、異性として惹かれることなど、絶対あり得ない。ないない、絶対ない、と、優也は無言のまま、ぶんぶん首を振った。

 「…なぁんか、変なの。もしかして、当てはまるような人がいるとか?」
 「ち、違うってっ。…あ、ほら! あのセーターとか、どうかな」
 避けたい話題に更に食い込んでこようとする理加子に、優也は理加子の腕を掴み、目についたマネキンが着ているセーターを指差した。
 ところが。
 ―――あれ?
 自分が指差したマネキンの方へと目を向けた優也は、視界の端に、なんだか見覚えのある人物が一瞬映った気がして、思わず足を止めた。
 「……」
 マネキンを中心に、辺りに視線をめぐらす。そして―――目的の人物をしっかりと見つけた優也は、そのあまりのタイムリーさに、危うく大声を上げそうになった。

 ―――マ……、
 マコ、先輩―――…!!!?

 それは、どう見ても、真琴だった。
 日頃1つに束ねるかポニーテールにしていることの多い髪を、今日の真琴は結わずに下ろしている。そのせいか、普段と似たような服装なのに、遠目に見る真琴は、いつもよりずっと「女の子」っぽく見えた。けれど、肩にかけているのは、いつも持ち歩いている小さめのトートバッグに間違いないし、小首を傾げた立ち姿全体の印象も、真琴そのものだった。
 真琴は、優也が指差したマネキンがある店ではなく、隣の店の洋服を物色しているようだ。店頭に置かれたハンガーラックを、のんびりした手つきで漁っている。楽しそうなその目は、優也の存在には全く気づいていない様子だ。
 「? 優也?」
 マネキンを指差したまま固まってしまった優也を不審に思い、理加子が声をかける。が、優也はまだ、呆然としたまま我に返れなかった。
 眉をひそめた理加子は、優也の視線を辿り、その先に小柄な女性を見つけた。どうやら優也が固まった原因はあの女性らしい、と察した理加子は、優也の耳に口を近づけ、ヒソヒソ声で訊ねた。
 「…もしかして、知り合い?」
 「…う…、うん、大学の、先輩」
 「ふぅん、そうなんだ。偶然ね」
 だからって、何もそこまで固まる必要はないんじゃないの、と理加子の目が怪しむが、探りを入れるような理加子の目線に、優也は気づけなかった。
 ちょうど理加子が声をかけてきたタイミングで、それまで一心不乱にハンガーラックを物色していた真琴が、ふいに顔を上げ、店内にいる誰かを呼んだのだ。
 そして、その呼びかけに応じて、真琴のもとに駆け寄ってきたのは―――…。
 「あ、男の人だ。あの人も優也の先輩?」
 「―――…」
 そう。
 優也の視界から外れた店内から、そそくさと現れたのは―――どう見ても、男性、だった。
 紺のハーフコートを腕に掛け、品の良いアーガイルセーターに身を包んだ彼に、真琴は、まだハンガーに掛かったままの服を1枚、差し出した。どうやら、「この服なんかどぉ?」と相談しているらしい。女物のニットのワンピース―――その良し悪しは、優也にはさっぱりわからなかったが、彼はそこそこ気に入ったらしい。腕組みをした彼は、眼鏡の奥の目を細めながら、楽しげに何やら意見を述べている。
 あの真琴が、男連れ―――想像したこともなかった光景が、目の前にある。優也は驚愕のあまり、完全に言葉を失ってしまった。ただ、全く見覚えのない男性の顔に、理加子の質問に首を振ることだけは無意識のうちにしていた。
 「先輩じゃないのかぁ…。そういえば、学生には見えないわね、あの人。25…6、かな。社会人よね、きっと」
 呆然とする優也の隣で、理加子はそんなことをブツブツ言いながら、真琴の同行者である男性の外見をつぶさにチェックしていた。そしてふと、あることに気づき、チラリと優也の横顔に目を向けた。
 「ねえ、優也の先輩ってことは、4年生?」
 「…うん…」
 「えー、うそっ! じゃあ、22!? 下手すると高校生に見えちゃう。社会人の彼氏がいるようには全然見えないー」
 “彼氏”。
 音にしてたった3文字の単語に、優也の心臓が大きく跳ねた。
 彼氏―――恋人、ということ。2人きりで、とても仲が良さそうで、真琴も普段とは違う感じの格好をしている、というこのシチュエーションを考えれば、そう解釈するのが当然だ。けれど…今、理加子の口からその単語が出るまで、優也の頭には、その可能性が欠片も浮かばなかった。
 ―――マコ先輩の…彼氏…。
 優也は、まだ選んだ服について楽しげに話し合っている2人の様子を、ただただ呆然と眺めた。そうこうしているうちに、2人はその服を買うのは辞めにしたらしく、ハンガーをラックに戻して、ぶらぶらと歩き出してしまった。
 「あ、行っちゃう…。いいの? 挨拶とかしなくて」
 「……」
 「…大丈夫? 優也」
 2人が動き出しても、まだ固まったままの優也に、さすがに理加子も心配げな顔になる。真琴の後姿が、通行人の間に隠れて見えなくなると、優也はハッとしたように我に返り、慌てて理加子の方を向いた。
 「だ、大丈夫だよ。ごめん、ちょっとびっくりしちゃって…」
 「先輩に偶然会ったのって、そんなに驚くこと?」
 「…いや、その…日頃の先輩見てて、まさか彼氏がいるとは思わなかったから」
 「…そんなに、男の人にモテなさそうな先輩なの?」
 「そういう訳じゃ…。た、多分、穂積も聞いたら驚くよ。なんていうか、その…究極の趣味人で、愛とか恋とかにはあんまり興味のない人、っていうイメージがあるから、先輩には」
 「ふぅん…。よくわかんないけど、あの先輩が彼氏の存在を周りの人たちに言ってないことだけは、よくわかったわ」
 究極の趣味人、というのがイメージし難いらしく、理加子は僅かに眉根を寄せて、そう答えた。が、それでもまだ納得いかない部分があるのか、優也の顔を覗き込むようにして、訊ねた。
 「でも―――あの先輩に彼氏がいたのって、そんなにショック?」
 「え、」
 「意外だったのは、わかるけど……優也の顔、ショック受けた、って顔よ?」
 「……」
 パチパチ、と目を瞬いた優也は、怪訝そうな理加子の顔から、さっき真琴たちが去って行った方向へと、視線を移した。

 …ショック?
 驚いた、ではなく、ショックを受けた…?

 真琴の言葉に衝撃を受け、それをひきがねとして、何故か蓮に対して暗い感情が芽生え……この2日、胸の奥にモヤモヤしたものを抱えていた。そういう状態のところに、いきなり、ショックを与えた張本人が偶然現れたから、ショックがぶり返したのだろうか?
 愛だの恋だのといった、この年頃の男女なら興味を持ちそうな俗な話題とは無縁だと思っていた人が―――学問一筋の孤高の人物、とどこかで勝手に美化していた真琴が、実はそうではなかった、とわかって幻滅した、そのショックなのだろうか?
 それとも、恋人のいる先輩たちの多い中で、蓮や自分と同じ側にいる、と思っていた真琴が、実は他の先輩たちと同じ側にいた、とわかったのがショックだったのだろうか?

 一体、何がそんなに、ショックなのか―――その正体がわからず、優也はただ呆然とするばかりだった。


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