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捨てた筈のものが、丁寧にテーブルの上に広げられていた。
訝しげに背後を振り返り、そしらぬ顔でキウイフルーツを剥いている彼女の背中を暫し睨んだが、その背中からは、何を考えているのかさっぱり分からなかった。
彼にとって彼女は、この世で一番理解不能な女だ。
なんだって、いまだにここに入り浸るのか―――その心情は、まるで見当がつかない。そして、捨てて欲しそうにしてた物を捨てたというのに、何故こうしてまたテーブルの上に戻しておくのか…その理由も、まるで見当がつかない。
もっとも、理解不能なものを理解するつもりも、微塵もないが。
彼女に限らず、誰に関しても―――他人が何を考えているのかなんて、彼にとっては、どうでもいいことだから。
テーブルの上に丁寧に置かれた“月刊フォト・ファインダー”を掴んだ
***
壁面にずらりと並べられた一連のポスターを見て、奏は唖然とするしかなかった。
―――まあ…成果主義、って言えばそれまでだけど。ここまで変わり身が早いのって、一流ブランドとしてどうよ?
並んだポスターは、予定の約倍、計5種類。うち4枚が、セットで3人で自由に撮った写真だ。基本デザインですので、と固執していた上から見下ろした構図のポスターは、結局、白背景のもの1枚のみになっていた。どうやら、4枚連作扱いにして、ずらっと並べて貼ったりする気らしい。戦略的には分かるが、だったら最初から気分よく撮らせて欲しかったものだ。
「ふーん…表情豊かだねぇ…」
隣で、奏と一緒に“Clump Clan”を訪れていた黒川が、感心したような唸り声をあげた。
「一宮君がこんだけ笑ったり怒ったりする顔、確かに日頃は見てる気するけど、改めてポスターになると、なんというか…優れた表情筋を持ってるなぁ、と感心しちゃうな」
「…なんか、表情筋とかそういう、皮の下のこと言われると、なにげにグロいんだけど…」
理科室などにある人体模型を想像して、奏の両腕に鳥肌が立つ。そんな奏に、黒川はわざとらしい位の厳しい顔を見せ、ちっちっちっ、と指を振ってみせた。
「だーめだめー。僕の講座を受けてる身分で、グロいなんて泣き言は許さないよー?」
「…分かってますって。“メイクを施す際は、顔の表面だけ見てちゃダメ、皮の下の筋や筋肉を意識すること”」
「よろしい。明日と金曜、あと2回だけだからね。真剣に取り組んでくれないと」
―――十分承知してますとも。
黒川主催のプロ・メイクアップアーティスト養成講座では、初日にいきなり、人間の頭部の人体模型が登場して、受講者全員が固まった。美しい基礎作りはマッサージから、が主張の黒川は、その人体模型で「この頬筋が経年でだんだん緩んでくるので、メイク前にはこの方向にマッサージを施して」などと説明をする訳だ。
で、生徒がモデル相手に演習をやって、メイク下地の塗り方を誤ったりすると、その人体模型が目の前に突きつけられる。「ほら! ここ! この筋の方向をよーく見て!」と怒鳴られながら、眼前でグロテスクな模型を指差される、という、かなり厳しい体験をするのだ。
そんな講座を受けているので、最近、女性の顔を見ると、表面的な造作の下に、筋やら筋肉やらの存在を意識してしまう。案外、黒川の目には、メイクを施す相手の顔が皮1枚剥いだ状態に映っているのかもしれない―――想像すると、かなり恐ろしいものがあるが。
「僕は、この成田さんっていうカメラマン、今回初めて一緒に仕事したけどさ」
再びポスターに視線を戻した黒川は、腕組みをしつつ、にんまりと笑った。
「彼の腕前を云々できるほど、僕も写真について詳しい訳じゃないけど―――この前の撮影現場見てて、分かったよ。何故、彼が撮った一宮君が、他のカメラマンが撮った場合と違うのか」
「えっ」
「一宮君、彼と、あの助手やってた女の人の前だと、子供になっちゃうんだよね」
「……」
「なんていうか、お兄さんとお姉さんに見守られてる末っ子、って感じ? 確か君、双子の弟がいたでしょ。日頃、お兄ちゃんしてる分、ああいう人の前では弟役になって安心して甘えちゃうのかもしれないね」
そう言い終えると、黒川は奏の方に顔を向け、ぽん、とその肩を叩いた。
「じゃあ、話し合いが終わったら、携帯に連絡入れるから。好きに時間潰してていいよ」
「…はあ」
黒川に指摘されたことに思考を奪われていた奏は、そんな間の抜けた返事しか返せなかった。そんな奏の様子を気に留めることもなく、黒川は「あーあー、面倒な話し合いは気が進まないよなぁ」などと言いながら、廊下の奥へと歩き去ってしまった。
―――子供…か。
指摘されるまで、分からなかった。
生まれつき、喜怒哀楽が激しいのは自覚している。でも、ここ数年は、逆に「奏って大人だよね」と言われることが多かった。この業界に長くいれば、わがままを飲み込み、お高い連中を笑顔でやり過ごすこと位、上手くなる。新人時代、己の性格が災いして起こしてしまったいくつかのトラブルから学んだ処世術だ。
そんな自分が―――瑞樹の一言に、カッとなったり、拗ねたり、ムキになったり。
蕾夏がそこにいるだけで気もそぞろになったり…蕾夏の言葉に、泣きそうになったり。
確かに、瑞樹や蕾夏の前での奏は、まるっきり子供だ。でもそれは、黒川が言うように「あの2人には甘えやすいから」ではない気がする。
きっと、あの2人が、奏の感情を揺さぶる言葉ばかり、口にするからだ。本人達には自覚がなくても…いつも、何故か。
「―――…奏?」
ふいに、背後から声がして、奏は驚いて振り返った。
黒川が消えたのとは逆の方向から、見知った顔が、少し目を丸くして奏の方に歩いてきていた。
「ヒロ?」
「よぉ。ライブぶり」
先週、ヒロに誘われて行ったライブの盛況振りを思い出し、奏の口元に笑みがこぼれた。ヒロも、同じように僅かに笑みを見せた。
「ヒロが来てるとは思わなかったな。仕事?」
「まあな。土曜日にタイムテーブルできたから貰ったけど、またそこに修正入ったから、再確認」
「ふうん」
「お前こそ何してんだ? こんなとこで、暇そうに」
「ああ…、黒川さん待ってて暇だから、これ見てた」
奏がポスターを親指で指差してそう言うと、ヒロもポスターを見上げた。
「へぇ…。まんま、いつもの奏だな」
「もっとすました顔で写るもんだと思ってた?」
「多少は。でも、こっちの方がいいんじゃない?」
「うん…オレも、そう思う。こいつ、“まんま、いつものオレ”を撮るのが上手い奴だから」
奏が、苦笑混じりにそう言うと、微かな笑みを見せていたヒロの表情が、ちょっと変わった。
「…“こいつ”?」
「え? ああ、だから、これ撮ったカメラマンのこと」
「―――それって、もしかして、今度のショーの写真撮りに来る奴か?」
そう言って僅かに眉をひそめるヒロを不審に思いつつも、別段、隠し立てすることでもないので、奏はあっさり頷いた。
「そうだけど」
「……」
「それが、どうかした?」
「……いや」
何を考えているのか、記憶を辿るような、何か考えを巡らすような目をしたヒロは、やがてポスターを見上げ、呟いた。
「こんな有名ブランドのポスター、あんな若い奴が撮ったのか、って、ちょっと驚いただけだよ。へーえ…」
「―――…」
今度は、奏が顔色を変える番だった。
「…“若い奴”って…ヒロ、成田に会ったこと、あんの?」
「先週、打ち合わせで会った。と言っても、俺は打ち合わせの途中で呼ばれて乱入しただけだから、大した挨拶もしてねぇけど」
「…へえ…」
「つうか、何、お前、カメラマンをいきなり呼び捨てか?」
さすがに非常識だと思ったのか、ヒロが意外そうな目をこちらに向けてくる。それはそうだろう。奏だって、他のカメラマンを呼び捨てにしたことなど、一度もない。まずいとこに触れてしまったことを後悔しつつも、奏は諦めて答えた。
「―――成田とは、今回の仕事する前からの、知り合いだから」
「え?」
「オレの母親の弟がカメラマンで、あいつ、その臨時アシスタントとして雇われて、一時期ロンドンに来てたから。…今回の仕事にしても、あっちで成田が撮ったオレのポスターを、オーナーが気に入ったから決まったんだし」
「ふーん…。てことは、それ、結構最近の話か?」
「ロンドンに来てたのは、1年位前」
「たった1年で、逆に助手雇う立場になるなんて、短期間で随分な出世だな」
その言葉に、奏はギョッとしたように目を見開き、思わずヒロに詰め寄った。
「じょ、助手?」
「え、いるだろ。女の助手が。まあ…単なる助手かどうかは、女だけに怪しいけどな」
「……」
―――蕾夏も、打ち合わせに出てたのか…。
確か、前回のポスター撮影の時、蕾夏が「当日まで自己紹介もしなかったのは失敗だったかもなぁ」と言っていた記憶がある。今回は、現場ですんなり受け入れてもらえるよう、あらかじめ顔出ししておいたらしい。
ヒロも、蕾夏に会ったのか―――ヒロの目には、あの2人がどう映っただろう? 音楽の好みも、食べ物の好みも近いヒロなだけに、ちょっと気になった。
蕾夏の名前が出て奏が固まっている間に、ヒロは、ポスターをぶらぶら見ながら、エレベーターホールに移動していた。全面禁煙のこのビルで、唯一の喫煙スペースが、そこなのだ。奏も、ヒロに続き、ポケットから煙草とライターを引っ張り出した。
「―――なあ。ヒロは、どう思った?」
ヒロが煙草に火を点け終えるのを待って、奏は、ちょっとヒロの表情を窺うような目をして、問いかけた。
煙を吐き出しながら、ライターの蓋をパチンと閉めたヒロは、訝しげに眉を顰め、煙の向こうの奏を流し見た。
「どう思った、って?」
「あの2人のこと。っていうか…主に、彼女の方のこと」
「…なんだ。お前、助手の女とも知り合いか」
「…まあ、一応」
「どう、って言われても―――打ち合わせ中、一言しか喋ってない奴のことなんて、どう思えってんだよ。好みか、とかそういうことなら、とりあえず、ああいうのは趣味じゃねえな」
「…そっか」
つい、ホッとしたような顔をしてしまう。その反応を見て、ヒロは、何かを悟ったように、面白がるような笑い方をした。
「―――はーん、なるほど。そういうことか」
「え?」
「この前言ってた、アレ。玉砕済みの横恋慕ってやつ。それが、あの女か」
くわえかけていた煙草を、危うく落としそうになった。慌てて、斜めに傾いた煙草をくわえなおした。
「だ、誰もそんなこと、言ってねーよっ」
なんだってこう正直な態度をとっちまうんだろ、と自己嫌悪に陥りながらも、素直に肯定する気にはなれない。忙しなく煙草に火をつけ、奏は、口先だけで否定した。が、ヒロにはその態度すら肯定にしか見えないらしく、無駄無駄、とでも言いたげに手を振った。
「表情で丸分かりだって。面白い位に正直な顔してんなー、お前」
「…悪かったな。脳の命令を忠実に守る、優秀すぎる表情筋の持ち主で」
「は? 表情筋?」
「なんでもねーよっ」
自棄になったように言い捨てそっぽを向く奏を、ヒロは依然、面白がるような顔で見ていた。が、一通り面白がり終わると、長く煙を吐き出して、その行方を眺めながらボソリと呟いた。
「―――まあ、俺なら地球の裏側に行くって言ったけど…お前なら、再チャレンジしてみりゃいいんじゃない」
「…再チャレンジ?」
言われた意味が分からず、思わず眉をひそめ、ヒロの方を見る。するとヒロも、奏の方を見て僅かに笑顔らしきものを見せた。笑顔と呼ぶには、その表情は歪んで見えたけれど。
「玉砕したけど、まだ終わらないって言ってただろ。あいつよりお前、顔いいし、性格も分かりやすいし。勝ち目は相当あると、俺は思うけど?」
「……」
事情を知らなければ―――そう、見えるのだろうか。
勝ち目など、ある筈もない。どれだけ容姿に恵まれていようと、性格に表裏がなかろうが、そんなことで選ばれる訳じゃない。あの2人を繋いでいるものは、そんなありきたりの物ではないのだから。
第一…そんなこと以前の問題が、奏にはあるというのに。
「…今更、そんなことできるだけの資格、オレにはないよ」
自嘲気味な笑いを浮かべて奏がそう言うと、ヒロは、なんだそりゃ、という顔をした。
「なんだよ。資格制なのかよ、あの女落とすのは」
「ハ…、そんなんじゃねーって」
「じゃあ、横恋慕に耐えかねて、無理矢理やっちまったとか?」
「―――…」
瞬間―――体中の血が、凍りついた気がした。
指に挟んだ煙草が、落ちそうになる。けれど、それに気づくだけの余裕は、奏にはなかった。
冷水を浴びせられたような奏の表情に、ヒロの冗談めかした表情が、変わった。
「……」
僅かに丸くなった切れ長の目が、奏の顔を凝視していた。冷静にならなくては―――奏は、視線を落とすと、できる限り不自然に見えないように備え付けの灰皿に灰を落とした。
「…バッカ、そんな真似、オレがするわけねーじゃん」
「……」
「惚れた女には、世界中の誰より、優しくしてやりたいんだ。オレは。…傷つけるような真似は、絶対にしない」
―――もう、二度と。
煙草を持つ手が、震えそうになる。まだヒロが自分を凝視しているのは分かったが、それでも奏は、これ以上煙草を吸うのを諦め、吸殻を灰皿に押し付けた。
すると―――くぐもった笑い声が、突然、聞こえた。
「……?」
怪訝そうに眉を寄せ、顔を上げると―――ヒロが、笑っていた。
煙草を持った手を口元に置き、笑いを押し殺そうとするみたいに自らの腕を抱いて、くつくつと笑っていた。
「…何が、可笑しいんだよ」
奏がムッとした声でそう言っても、ヒロはまだ、笑っていた。何がそんなに面白かったのだろう―――けれど、可笑しくて笑っているのとも微妙に違うようなその笑いに、奏の眉がますます寄せられた。
やがて、やっと笑いが収まったらしいヒロは、はぁ、と大きく息を吐き出すと、やっと顔を上げた。
「―――いや、悪い悪い」
「…なんなんだよ。そんなに面白い話か?」
「別に、面白くて笑ってた訳じゃない」
そう言ったヒロは、奏の横をすり抜け、かなり短くなってしまった煙草を灰皿に投げ入れた。中に張られた水に煙草が落ちて、じゅっという小さな音を立てた。
「…因果ってやつだよなぁ…」
「え?」
―――因果?
ヒロが呟いた言葉の意味が分からず、要領を得ない顔をするしかない。
そんな奏の様子に、ヒロは微かな笑みを見せただけで、それ以上、何も言わなかった。
***
「じゃあ、リハの際に場所を確認して、撮影ポイントの周囲にロープを張る、ということで…」
「ええ、それで結構です」
演出担当の説明に頷きながら、瑞樹は、斜め前からの視線を感じていた。
企画会社“アイ・ピー・アクト”での2度目の打ち合わせは、比較的穏やかに、スムーズに進行している。その割に、瑞樹は常に、緊張を強いられている。斜め前に座っている男のせいで。
そっと目を上げると、向けられていた視線とぶつかった。
特に、敵意を見せるでもないその視線の主―――佐野は、瑞樹と目が合うと、不機嫌そうな顔のまま、また資料に目を落とした。
「ええと…他に何か、現時点で決めることってありましたかね」
演出担当が、資料をバサバサとめくる。瑞樹や佐野、それに照明担当もある程度資料を見直して、口々に「特にありませんね」といったことを言った。
では次は1ヵ月後のリハーサル現場で、という締めくくりと共に、打ち合わせは終わった。
が、瑞樹にとっては、まだ全てが終わった訳ではない。
「ダビング、終わってますか」
資料をデイパックに詰め込みながら、瑞樹は、ミーティングルームの隅にあるデッキを覗き込んでいる佐野に声をかけた。
佐野の選曲作業は、照明との話し合いなどで上手くいかない部分があり、結局、今朝ギリギリまでかかったのだという。おかげで、瑞樹が頼んだMD作成が終わったのが打ち合わせ直前で、しかも同じものを“Clump
Clan”側からも依頼されているので、やむなく打ち合わせ中にダビング作業を行っていたのだ。
チラリと背後を振り返った佐野は、苦い表情をしていた。どうやら、微妙にミーティングが早く終わりすぎたらしい。
「あと5分てとこです」
「…じゃあ、待たせてもらいます」
その程度なら、待てない時間ではない。他の打ち合わせメンバーがゾロゾロとミーティングルームを出て行く中、瑞樹は、少し姿勢を崩して椅子に座り直した。
佐野はどうするだろう、と見守っていると、意外にも出てはいかなかった。いや…むしろ、意外ではなく“案の定”なのかもしれないが。
2人きりになったミーティングルームに、奇妙な静寂が訪れる。
ちょっと時代遅れになったデッキから、ダビング中の曲が微かに流れてくる。ボリュームを最大限絞っても、完全にはゼロにはならないらしい。その微かな音があるから何とか耐えられるが、本当に無音だったら、1分も我慢できない空間だ。
会議中、何度も感じた視線を、今も佐野から感じる。何か言いたげな、複雑な感情を含んだ視線―――小さくため息をついた瑞樹は、それに応えるように、視線を佐野に向けた。
視線が、ぶつかる。
けれど佐野は、今度は目を逸らさなかった。邪魔な人間が、この部屋から全員退去したせいだろう。
「…あんたに、1つ、訊きたいんだけど」
第一声は、そんな一言だった。
仕事用ではない口調に、プライベートの話だな、と分かる。そして、彼が瑞樹に訊きたいプライベートなど、蕾夏絡み以外、ある筈もない。
「どうぞ?」
軽く首を傾け、脚を組み直す。中途半端な姿勢でこちらを向いていた佐野も、しっかりと瑞樹の方に向き直った。
「一昨年辺りに出た“フォト・ファインダー”って雑誌で、賞取ってた写真―――あれ撮った“成田瑞樹”って、あんただよな?」
いきなり飛び出した意外な質問に、瑞樹はちょっと目を丸くした。
「良く知ってるな」
「偶然な」
同姓同名なんだから、訊くまでもなく俺だろ、と一瞬思った瑞樹だったが、考えてみたら、前回途中参加だった佐野は、瑞樹と名刺交換をしていない。フルネームを知らなかったのなら、成田というありふれた苗字だけに、確信を持てなかったのも頷ける。
「…聞いてるんだろ、俺のこと」
佐野の声が、一段、低くなる。瑞樹はそれに、あえて表情を変えなかった。
「一応は」
「知ってるなら、なんで、何も言わないんだよ」
「……」
「…付き合ってんだよな、あいつと。だったら、いろいろ俺に言いたいこと、あるんじゃねえの?」
その言葉に、瑞樹はふっ、と、口の端を僅かにつり上げた。
「言って欲しいのか? いろいろと」
「……」
「ご期待に添えなくて悪いが、言いたいことは、何もない」
肩透かしを食わせるような答えに、佐野の眉が、苛立ったように顰められた。
「…なら、別に、構わねぇよ」
―――誰が挑発に乗るかよ。
下手に出ているように見せてはいるが、これは明らかに攻撃を仕掛けている。瑞樹は視線を流し、ミーティングルームのドア辺りを眺めた。
「けど、あんたも随分、面倒な女に手ぇ出したな。苦労しただろ、手なずけるのに」
「……」
「あいつ、見た目弱そうだけど、中身は怖ぇからな。バイオレンスには慣れてた筈の俺が、このザマだ」
そのセリフに反応して、無意識のうちに、目が佐野の方に向いた。
そして―――その時初めて、気づいた。
肩まで腕まくりした半袖のTシャツから伸びる、佐野の左腕―――今はMDのケースを手にしているその腕の、二の腕辺りに、周囲の日焼けした肌とは違う部分があることに。
前上から後ろ下へ、斜めに走る、周囲の色より若干薄い色で描かれた1本線。
瞬間―――恐怖に声を失いながらも、必死の思いで手にしたナイフを振り上げる蕾夏の姿を見た気がして…背筋が、凍った。
―――やめろ。
びくり、と、痙攣を起こしたように動く右の拳を、左手で押さえ込んだ。
同じ所に、堕ちるな―――こいつを殴っても、蕾夏の傷が癒える訳じゃない。ただ、自分の憤懣を暴力で解消するに過ぎない。
無表情を保ちながらも、瑞樹は心の中で繰り返した。挑発に乗るな、無視しろ、と。
ガタン、と音を立てて、席を立つ。
一瞬、佐野が本能的に身構えるのが見えた。が、瑞樹は、特に威嚇することも無くデイパックを掴み、椅子を机の下に押し込んだ。
目元にかかった前髪を掻き上げ、佐野を静かに見据える。
「―――そろそろ、5分経ったと思うんですが。ダビング、まだ終わってませんか」
「……」
瑞樹の目を見つめ返す佐野の目は、鋭くはあるが、悔しそうだとか怒りに震えているとか、そういう目ではなかった。感情の読めない目―――そう、もしかしたら、今瑞樹が佐野に向けているのとほぼ同じの、あらゆる感情を覆い隠した後に残った、無感動な冷たい目だ。
ふい、と視線を逸らした佐野は、デッキを覗き込み、ダビングが終わっていることを確認して、イジェクトボタンを押した。MDが飛び出してくるカシャン、という軽い音が、この場の空気にやたらそぐわない。
「…どうぞ」
MDをケースに入れた佐野は、すぐ傍まで歩み寄っていた瑞樹に、差し出した。
「どうも」
それを受け取った瑞樹は、ビジネス用に薄い笑みを作った。
「じゃあ、次は、リハーサルの時に」
「―――逃げるのか。賢明だな」
挑戦的な笑みを浮かべた佐野は、皮肉っぽい声でそう嘲った。
「ムカつくだろ。許せねぇだろ。言葉にしなくたって、あんたの考えてること位、分かるさ。未遂でも、悔しいよな―――あんな純粋無垢そうな女が、自分以外の男を知ってるなんて」
「―――…」
「でも、心配いらねぇよ。俺、もうあいつのことは、何とも思ってないからな」
口元は皮肉な笑いを浮かべたまま、佐野の目が、暗く翳る。
「あいつは、女神でもなければ、天使でもない―――他の女と変わらない、ただの“女”だ」
…くだらない。
こんなくだらない戯言に感情的になれば、自分もくだらない奴に成り下がる。
「―――言いたいことは、それだけか」
だから、抑えろ―――瑞樹は、デイパックを掴む手に力を込め、挑戦的な笑みを佐野に返した。
「1つだけ、お前に教えてやる。あいつは、ただの“女”じゃない―――ただの、“藤井蕾夏”だ」
「……」
「お前が過去に何をしようが、蕾夏は蕾夏だ。俺にも、お前にも、あいつは縛れない。…蕾夏は、自由だ」
その言葉に―――初めて、無表情だった佐野の目に、僅かな感情が覗いた。
けれど、その感情をぶつけることなく、佐野は乱暴にドアを開け、瑞樹より先にミーティングルームを出て行った。
―――落ち着け。
MDを握り締めた手を、見下ろす。
押さえ込んだ怒りのせいで、硬いプラスチックケースが、指や手のひらに食い込んでいた。ゆっくりとその力を抜いていきながら、瑞樹は大きく息をついた。
そう―――よく考えれば、大したことではない。
佐野は、蕾夏の正しい現状を知っている訳ではない。蕾夏を、瑞樹のアシスタントだと思っている。
たとえ佐野が瑞樹の名刺を他の社員から見せてもらったところで、時田事務所に繋がるだけで、蕾夏には辿り着けない。冷静に考えれば、この“Clump
Clan”さえ乗り切れば、蕾夏は安全なのだ。
狭い東京で、これまで一度も偶然顔を合わせずに済んだことの方が奇跡に近い。偶然、再会した―――そして、挨拶のひとつも交わしたら、お互い別々の方向へと帰っていって、またずっと会わない日々が続く。それだけのことだ。大したことではない。
だからこそ。
だからこそ―――今は、何よりも、蕾夏を優先しなくてはならない。
これは、悪魔が仕掛けた罠のような偶然であると同時に、もう二度とないかもしれない、呪縛から解放される絶好のチャンスだ。
この1ヶ月あまりを逃げ切るか、それとも呪縛から解放されるべく行動するか―――どちらを蕾夏が選ぶにしても、自分はそれを全力で助けるだけ。
だから、蕾夏のことだけを考えたい。
あんなものに―――あの女が残したものなどに、かまけている場合ではないのだ。
なのに―――…。
毎夜、襲い来る悪夢。
母に殺される夢が、いつの間にかシフトして、佐野をこの手にかける夢に変わる、最低な悪夢。
あの悪夢が続く限り…自分は、佐野に対する殺意に近い感情に振り回される。そして、振り回されるたび、あの日記の存在を思い出し、心を乱される。
『私…まだ、もう少し抱えるだけの余裕、残してるよ?』
『重たいよりも、抱えきれずに苦しんでる瑞樹見る方が、つらい。だから―――話せる時が来たら、絶対―――…』
佐野と再会した今も、蕾夏には、瑞樹が抱えたものを一緒に抱えるだけの力が残っているだろうか。
そんな苦しい思いをさせる訳にはいかない―――そう考えて耐えるのと、たとえキャパシティ・オーバーであっても打ち明けるのと、どちらの選択を、蕾夏は望むだろうか。
決めなくては―――口元を引き結んだ瑞樹は、MDをデイパックのポケットに突っ込むと、顔を上げ、ドアを開け放った。
***
「おい、藤井」
肩を叩かれ、体が大きく跳ねた。
ばっ、と振り返ると、そこには、少し呆気にとられた顔をした瀬谷が立っていた。
「…あ、瀬谷さん」
「―――物凄い、オーバーリアクションだな」
呆れられるのも、無理はないだろう。ちょっと肩を叩いただけで、抱きつかれでもしたかのような反応を示してしまったのだから。少し顔を赤らめた蕾夏は、小さな声で「すみません」と謝った。
「どうもこの前から、神経過敏になってるんじゃないか? ちょっとした接触でいちいちビクビクされると、こっちも困るよ」
「…ほんとに、すみません」
この前から。
正確には―――佐野と再会してから、だ。
あれ以来、蕾夏は、肩や背中を突然叩かれたり手を掴まれたりすると、とんでもなくオーバーに反応してしまう。
ぼんやりしてコーヒーカップを落としそうになっていた時、それに気づいて手を取ってくれた専属カメラマンの小松を振り払ったこともある。結局、コーヒーを小松にぶっかける羽目になり、平謝りに謝ったのだが。
まるで中3頃に戻ったような自分の反応に、情けない気分になる。佐野には、ただ会っただけだ。言葉すら交わしていない。なのに…卒業式の日に見た顔とあまりにも同じだった佐野の表情に、自分までタイムスリップしてしまったかのようだ。
こういう自分を見ていると、やはりアシスタントは断念すべきなのかもしれない…と思う。
けれど、その一方で―――これはチャンスだ、とも思う。
二度と会うことはないと思っていた人と再会したのだ。会わなければ解決できなかったようなことが、1つでも解決できるチャンスかもしれない。それが“何”なのか―――そして“どうやって”なのかは、分からないけれど。
「…ふーじーい」
冷ややかな瀬谷の声に、蕾夏はハッと顔を上げた。
案の定、眼鏡の向こうの瀬谷の目は、陰険なまでに冷ややかだった。
「人をほったらかしにして、どこへ思考トリップしてるんだ」
「す…すみませんっ。あの、何か用事があって呼び止められたんですよね」
「当たり前だろう?」
「…すみません」
なんだか、謝ってばかりいる。ますます肩を縮こまらせながら、蕾夏はもう1回、頭を下げた。
「―――で、何でしょう?」
改めて背筋を伸ばし、訊ねると、瀬谷は手元の書類を弾いてみせた。
「今度、第2特集で、銀座を取り上げるだろう?」
「はい。今回は、経済絡みで瀬谷さんの担当でしたよね」
「そう、僕の担当なんだが―――ちょっと、つまづいてる取材先があって、そこを取材するために、藤井に協力して欲しいんだ」
「つまづいてる取材先…?」
「“Clump Clan”だよ」
瀬谷の顔が、忌々しげに顰められた。
「徹底した秘密主義で、6月1日のオープニングイベントまでは、どんなメディアの取材も受けません、ときてる。経済の側面からの取材です、ってことは伝えたんだけど、不公平になるから、の一言で一蹴だよ」
「はー…。まあ、一理あるにはありますけど、厳しいですね」
「で、ふと思い出したけど―――この前、言ってただろう? あそこのイベントの打ち合わせに顔出すって」
そういえば―――先週の打ち合わせの日、慌てて仕事を切り上げる蕾夏を最後に呼び止めた瀬谷に、そんな話をした。記事に関する注意を受けていたのだが、時間がギリギリだったので、かいつまんで事情を説明したのだ。蕾夏が時田のもとにいた事は瀬谷も知っているので、コラムで協力してもらうお礼に引き受けた、と言っても、さほど驚きはしなかったが、本業に影響を与えるな、と釘を刺された。
「あの会社と多少接点があるなら、藤井の方から、再チャレンジしてもらえないか?」
「接点、って言っても…私、ただの助手ですし」
「結果的に失敗に終わっても構わないから、一度、アプローチしてくれ。今年の銀座界隈では、あそこが一番の話題の出店だから、どうしても外したくないんだ」
そう言われても―――眉根を寄せた蕾夏の脳裏に、奏の姿が思い浮かんだ。
―――そっか。奏君なら、黒川さんのアシスタントもやってるから、向こうの担当者との接点も多いかもしれない。
ダメもとであれば、頼んでみる価値はあるかもしれない。
「…分かりました。接点ありそうな人、1人知ってるんで、その人にお願いしてみます」
「頼むよ。一応これ、資料」
「ハイ」
ニコリと笑いながら資料を受け取ったが、いきなり1ページ目からズラズラ並ぶ数字に、笑顔も引き攣った。
―――うーん…。瀬谷さんの資料っぽいなー…。
こりゃ読むのが大変だな、と思いながら、もらった資料を机の上に置いていると。
「瀬谷さん、瀬谷さん」
席に着いたばかりの瀬谷のところに、まだカメラバッグを肩から掛けたままの小松が、妙に早足で近づいてきた。
「あ、小松君、お帰りー。どこの撮影だったの?」
蕾夏が声をかけると、小松は、いつも前後逆にして被っているキャップをよいしょ、と取りながら、ちょっとうんざりした顔をした。
「新橋の飲み屋っすよ。客がいっぱいになる前に来いって言うから行ったけど、がんこ親父の愚痴を聞く相手にされて、もう散々」
「あはは、ご愁傷様」
「それより、瀬谷さん! これ、見ました?」
そう言って、小松が瀬谷に突きつけたのは、恐らくは撮影帰りに駅のスタンドかどこかで購入したらしい、スポーツ紙だった。
なんだろう、と思って蕾夏も身を乗り出して覗いてみたが―――小松が指差している箇所の、あまり目立たない見出しを見て、思わず目を丸くした。
『作家・蘇芳せな、2度目の別居』
―――蘇芳さん。
脳裏を過ぎったのは、右手にはめられた結婚指輪だった。知らなかった―――蘇芳の家庭が、実際にそんな事態になっていたとは。
「この人、この前からうちの連載担当してる、あの大人しそうな人っすよね。瀬谷さんの知り合いの。自分、独身だと思い込んでたから、もうビックリで―――子供いる上に、こんなゴタゴタした家庭にいて、ちゃんと仕事になるんすかねぇ…」
ちょっと興奮気味にまくしたてる小松は、蘇芳せなが既婚の子持ちであることが驚きなのと、せっかく始まった連載が滞ったらどうしようという不安が、ごちゃ混ぜになっているらしい。コラム欄の外部ライターが、個人的理由で2人も辞めたことが、尾を引いているのだろう。
が、瀬谷の方は、冷静だった。
「ゴタゴタしてるから、この前、2か月分納めていったんだろう。1度目の別居の時も、確かどっかに連載を持っていた筈だけど、原稿落としたことはなかったと思うよ。家庭人としては落ちこぼれらしいが、仕事は真面目な質らしい」
「へえぇ…根性っすねぇ」
「ともかく、子持ちのおばさんの家庭内不和に、小松がそんな顔をする必要はないさ。連載に穴をあければ、紹介者である僕の顔を潰すことになる―――そういう真似だけはできない人だからね」
「ふーん。そういう義理堅い人なら、安心っすけど」
小松も、紹介者である瀬谷がそう言うなら、と思ったらしい。幾分安心した顔になり、スポーツ紙を置き去りにしたまま、編集の所へ取材報告に行ってしまった。
スポーツ紙の記事に目を通した限りでは、別居の理由は書いていなかった。けれど―――蕾夏には、なんとなく分かる。原因は、蘇芳の心の中にあるのだろう、と。
蘇芳は今も、囚われている。自分が犯した罪と、その罪が故に失ってしまった最愛の人に。
「…瀬谷さんは、蘇芳さんが離婚してしまえばいい、って思いますか?」
ふと、瀬谷の心境が気になり、蕾夏は小声で瀬谷に訊ねた。
すると瀬谷は、ちょっと目を丸くして―――それから、吹き出した。
「ハハ…、蘇芳が保護してくれる優しい旦那を失って、子供抱えて苦労でもすれば、僕の気が済むとでも?」
「そ、そこまでは、言いませんけど…」
「…蘇芳の結婚相手は、この業界の人間だから、僕も何度か会ったことがある。包容力のある、本当にいい人だ。―――上手いこと、元の鞘に納まってくれりゃあいいと、僕は思ってるよ。偽善でも何でもなく、本心から」
そう言う瀬谷の表情は、嘘を言っているようには見えなかった。穏やかで、静かだった。
「…許せたんですか。蘇芳さんのこと」
眉をひそめて蕾夏が訊ねると、瀬谷は、苦笑いを返した。
「いや。許せる日が来るとは、僕にも思えない。ただ―――もういい、もう蘇芳にこだわるのはよそう、と…そう、思えただけだ」
「どうして、そう思えるようになったんですか?」
「おいおい。きっかけをくれたのは藤井なのに、本人がそんな風だなんて、大丈夫か?」
―――私が…?
覚えがない。目をぱちぱちと瞬く蕾夏に、瀬谷は小さくため息をつき、机の引き出しから何かを取り出した。
「ほら―――これを読め、って言っただろう?」
「……」
“罪人の肖像”―――瀬谷と蘇芳の関係をヒントにした、蘇芳の作品だ。前は蕾夏が貸したのだが、瀬谷も買っていたとは知らなかった。
「これを読んでも、仕方なかったとか、蘇芳は悪くないとか、そんな風には思えない。ただ…これを読んで、思ったんだ。“ああ、なんて哀れな奴なんだろう”って」
「…哀れ、ですか」
「…人間は、弱い。蘇芳も僕も、弱い。たった1度の過ちと、きちんと向き直ることができなかった―――その点では、僕も蘇芳も同罪だ。プライド、世間体、誰かに対する意地…そんなものに囚われているうちに、こんな生き方しかできなくなった。…2人揃って、馬鹿で、哀れで、悲しい人間だと―――そう思った」
「……」
「蘇芳が、あれからこれまでの時間、ずっと後悔して、ずっと怯えて、ずっと涙を流しながら生きていたことが、これを読んで分かった。許せはしないけれど…理解は、できた。理解できたら、哀れに思えた。そうしたら―――もう、終わりにしよう。そう思えた」
瀬谷はそう言って、迷いの末になにかを見つけたような―――そんな笑みを、口元に浮かべた。
「藤井は、これを僕が読む意味を感じ取って、僕に託すことができたのに―――自分のことになると、まるで気づけないんだな」
「―――…」
…その通りなのかもしれない。
自分自身のことが、一番、分からない―――人間なんて、そんなものなのかもしれない。
***
タイムカードを切って、閉まりかけのエレベーターに飛び乗った蕾夏は、瀬谷が語った言葉を、ずっと思い出していた。
理解をする―――相手の痛みを、相手の苦しみを、相手の後悔を。それは、以前、奏に本心を語ってもらった時と通じることかもしれない。
奏のことは、許せなくても、理解はできた。奏が苦しみ、後悔し、助けを求めているのが分かって―――許せなくても、“もういいや”と思えた。
ならば、佐野は?
たとえ相手があの佐野でも、その痛みを、苦しみを知ることができたら―――同じように、“もういいや”と思えるだろうか…?
―――瑞樹…、今日、大丈夫だったかな。
2度目の打ち合わせで、佐野と顔を合わせている筈の瑞樹を思い、蕾夏の胸が騒いだ。
今夜、電話をくれることになっているが、もし間に合うようなら、瑞樹に会いに行ってみようか―――そう思い、蕾夏は、エレベーターを下りながら、バッグの中の携帯電話に手を伸ばした。
急ぎ足で自動ドアをくぐり、携帯をパチンと開く。その時―――ふと、人の気配を感じ、思わず足を止めた。
薄暗がりから、ふらりと現れた人影。その姿を見て、蕾夏は目を丸くして、携帯を閉じた。
「瑞樹―――…?」
そこには、少し寂しげな笑みを返す瑞樹が、蕾夏を待って佇んでいたのだ。
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