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『(mimi)実はmimi、来週親戚の結婚式のために東京に行きますっ! 関東圏の方、是非オフ会やりましょ〜! >皆さん』
チャットしつつカクテルバーをちびちび飲んでいた瑞樹は、この1行に思わず固まった。
画面上では、既に「誰が幹事をやるか」だの「他府県だけど、東京見物がてら参加したい」だのと盛り上がっている。固まっていた思考が動きだすと同時に、瑞樹は蕾夏に電話をかけた。
やはり電話をかけようとしていたのか、1コールもない位で電話は繋がった。
『…もしもし』
「ライ? 俺。どうする、オフ会」
『…どうしよう。不参加とか言ったら、ミミの奴、暴れるよね』
「そりゃそうだろ。あいつの主目的は、完全に"rai"だろうから」
オフ会とは、オンライン(=ネット上)で日頃コミュニケーションを取っている仲間が、オフライン(=ネット外)―――つまり、実際に顔を合わせること。日頃親しく会話はしていても相手の顔が見えない、それがチャットの世界だ。相手に興味が湧けば、当然ながら顔も見てみたくなる。そういう段階になると、お互いの顔見せの為にもオフ会が催される。勿論、その実態は、単なる「飲み会」だ。
"mimi"は「関東圏の方」などと言っているが、彼女が顔を見てみたいと思ってる人物は、当然彼女がずーっと追いかけている人物―――"rai"だろう。
『しまったなぁ…唐突でもいいから、一度“私、女なんだけど”って断り入れとけば良かった』
「しゃーないだろ、最近はチャット参加率自体低いんだし。今から誤解解いてみるか?」
"mimi"はおそらく、"rai"を男だと思っているだろう。が、なんだか言いそびれたまま、だんだんチャット参加率が低くなり、訂正するチャンスに恵まれないまま今日まできてしまった。唯一、バレンタインにチョコの写真を貰った時がチャンスだった筈だが、瑞樹が「面白いから、夢見させたままにしとけば?」などという無責任なアドバイスをしたが為に、その唯一のチャンスも逃してしまったのだ。
『でもさぁ、今ここで誤解を解いて、もしミミが“じゃあオフ会なんてやーめた”、なんてなったら、他のみんなから恨まれちゃうよ』
「当日ミミに暴れられるのとどっちがマシかが問題だろ」
『うううう、どっちも嫌だなー…』
はーっ、と大きなため息をついた蕾夏は、急にふっきれたような声になり、きっぱりと宣言した。
『もう、いい! 覚悟決めた! 男装なんて無理だし、仮病なんてポリシーに合わない。もうこのまんま参加する。ミミが暴れようが泥酔しようが、私が責任もって介護する! 1発殴らせろっていうなら殴らせる!』
「…お前って時々、面白いほどに開き直るよな」
笑いを抑えつつそう言うと、蕾夏はむっとしたように反論した。
『開き直ってる訳じゃないよ』
「じゃあ何だよ」
『…強がってるだけ』
いじけたようなその声に、瑞樹は思わず声をたてて笑ってしまった。
***
―――そういえば、"mimi"のことばっか気にしてたけど、俺、ライの顔も知らないんだよな。
日曜日のお台場をのんびり歩きながら、瑞樹はそんな当たり前の事に気がついた。
まだ4月だが、「五月晴れ」という言葉が当てはまりそうな空が広がっている。いくらなんでも海水浴には早すぎるが、足を濡らす程度の水遊びに興じる家族連れが、海浜公園の磯浜に数組散らばっていた。
カメラを構え、ファインダーを覗く。ゆっくりと視界を移していくと、ちょうど海鳥が1羽、展望デッキの手すりにとまっていた。
シャッターチャンスを待ち、海鳥がその羽根を広げてテイク・オフした瞬間、シャッターを切った。小気味良いシャッター音に、久々の快感を覚える。ファインダーから目をはなして海鳥の行方を追うと、ゆるいカーブを描きながら海上の空に舞い上がっていった。
こうして写真を撮りながら散歩するにはちょうど良い陽気になってきていた。このところ、さっぱり写真を撮りに行く気を失っていたが、やっぱりこうしてカメラを構えると、気分が高揚する。
時計を見ると午後3時。さてこの後どうするかな、と暫し思案していると、急に携帯電話が震えた。
こんな昼日中から誰だろう? と思って液晶画面を確認すると、電話の主は蕾夏だった。慌てて通話ボタンを押す。
「ライ? どうした」
『ハルだよね? ごめん、今、迷子』
「は?」
『今、幕張にいて、今からお台場のビッグサイト行きたいんだけど、どこで何に乗り換えればいいんだっけ。ハル、会社近いからわからない?』
一瞬、心臓がざわついた。
お台場―――今瑞樹がいる場所と、地名の上では同じ場所。そこに、蕾夏が来ようとしている。携帯電話の中だけの存在が、一気にリアルさを持った感じがして、思わずうろたえてしまった。
「…JRで新木場まで行って、そこで臨海高速に乗り換えればいい筈だけど」
『あ、そーか! それがあったね! ありがとー、助かった。仕事で行く時っていつも営業の車に同乗して行くから、いざ電車で、って思ったら、頭真っ白になっちゃったよ』
「ハハ…。でも奇遇だな。俺も今、お台場にいるんだ」
『え? そうなの? 凄い偶然だね。仕事か何か?』
「いや、1人で写真撮りに」
『へーえ! いいね、お天気いいし。どんなもん撮るの? 建造物? それとも海とか家族連れかな』
「気になれば、手当たり次第。さっきは…」
「―――成田さん?」
突如、背後から声をかけられ、瑞樹は蕾夏に対する続きの言葉を飲み込んでしまった。
驚いて振り向くと、やはり驚いた表情で立ち尽くしている、真弓の姿がそこにあった。
―――なんでこの子は、こう、タイミングが悪いんだろう?
傷つくために俺に執着してるようなもんだよな、と、瑞樹は真弓の顔を見て思った。最初、驚き一色だった顔が、瑞樹が握っている携帯電話に気づいた途端、一瞬にして強張ったのだ。
『…ハル? 大丈夫?』
異変を察して、蕾夏の声色も微妙に変化する。ほぼ毎日に近い割合で声を聞いてるせいか、ちょっとした変化をもすぐに察知してしまうらしい。
「ああ、大丈夫」
『―――もしかしてまたデート中だった? タイミング悪かったかな。ほんとごめん』
「そんなんじゃないって。お前が謝る事なんて何もない。それよりお前―――」
『あっ! 電車もうすぐ来ちゃう! ごめん、もう切るね。また夜にでも電話してっ』
―――マジで、タイミング悪い。
お台場に来るならちょっとだけ会わないか、という話をしようと思った矢先に、これだ。どうやら駅まで移動しながらの電話だったらしい。瑞樹の返事も待たずに、蕾夏は電話を切ってしまった。
…まあ、どのみち、あと10日もすれば顔を拝める訳だし。
どんな奴か興味はあるけれど、会ってどうなる訳でもないし。
そう思いはするが、こんな偶然をあっさり逃してしまったのは、やっぱり少し勿体無かった気がする。小さくため息をついて、瑞樹も電話を切った。
目を上げれば、そこにはまだ硬い表情で立ち尽くす真弓の姿がある。
相手がギブ・アップするのを待つのには慣れている。面倒な修羅場を演じる位なら、向こうが「何をしても無駄」と悟るまで好きにさせといた方がまだマシだと、ずっと考えていた。
でも―――この辛そうな顔を見続ける位なら、まだドロドロの修羅場を演じた方がマシかもしれない。
瑞樹の忍耐力も、もう、限界だった。
瑞樹が自分の方を見たのを認めると、真弓はようやく笑顔を作って歩み寄った。
「凄い偶然ですね」
「…そうだな。1人?」
「ええ。買い物に来てるんです。成田さんは?」
「俺も、1人。写真撮りに」
カメラを視線で示しつつそう答えたが、真弓は「そうですか」と、あまり興味のなさそうな声で言った。真弓の興味は、いつだって他のところにあるのだ。それを証明するかのように、真弓の視線は、カメラになど一瞬も向かず、無意識のうちに瑞樹が握る携帯電話へと向けられている。
「―――きっと、凄く綺麗な人なんでしょうね。成田さんの電話の相手」
抑揚のない声で、真弓がそう呟いた。
「きっと、私よりずっと綺麗で、可愛くて、優しいムードで…成田さんが、思わず笑顔を見せちゃう位、素敵な人なんでしょうね…。羨ましい」
「…さぁ、どうだろう」
真弓は、瑞樹のその言葉を、真弓に気を遣ったものと解釈したらしい。自嘲気味な笑いを口元に浮かべた真弓は、瑞樹の顔をじっと見上げた。
「別に、私、悲観してる訳じゃないですよ。でも…やっぱり、羨ましい。どんな人か、本当のところを教えてもらえませんか?」
「―――無理。教えられない」
瑞樹は、ふっと笑い、携帯電話を真弓の目の前に突き出した。唐突な行動に、真弓の顔が怪訝そうな表情に変わる。
「俺が知ってるあいつって、“これ”だけだから」
「?」
「石原さんがずっと対抗意識燃やしてる相手。俺、顔も知らないんだ」
「―――え?」
真弓の目が、驚いたように大きく丸くなった。信じられない、といった表情で、真弓は、何の変哲もない銀色の携帯電話を凝視している。まるでその中に、本当に彼女の“敵”が入り込んでいるかのように。
「うそ…」
「本当。つい最近まで、名前も知らなかった。別に“綺麗で可愛くて優しいムードの女”だから話してて楽しい訳じゃない。偶然“女”ではあるけど、あいつが“男”でも、多分同じだよ」
「……」
そう言われてしまえば、真弓も理解せざるをえない―――自分に、勝ち目はない、と。
自分は、体温を感じるほどにそばにいても、笑顔の欠片も瑞樹から引き出せずにいるのだ。なのに、電話1本で―――しかも、姿かたちもわからないままに、この瑞樹をあんなに笑わせられる“敵”。どんなに努力しても、
「石原さん」
まだ唖然とした表情のままの真弓を、瑞樹は真正面から見据えた。
「もう、諦めよう」
真弓の顔が、瞬時に強張った。
言われた言葉を噛み砕いて理解しようとしてるみたいに、動揺に瞳を揺らして瑞樹を見上げている。黙って見つめ返すと、真弓の目が、だんだん光を失っていった。
「…友達にすら、なれませんか」
「―――だって石原さん、俺といても、楽しくないだろ?」
「そんなこと…」
「そんな辛い顔してるのに?」
指摘され、真弓は唇を噛んだ。恋愛感情抜きでもいい、決定的な「ゲーム・オーバー」は告げないで欲しい―――その最後の望みも絶たれてしまった。真弓は目を逸らすと、大きなため息をついた。
「…見なきゃ良かった。成田さんの笑顔なんて」
泣くのを我慢しているかのような震えた声で、真弓は、少し投げやりにそう言った。
「誰に対しても無関心で、誰に対しても心なんて開かない、そういう人だってずっと思い込んだままでいれば良かった。そうすれば、振られた時に、すぐ諦められたのに…。なんで? どうしてその人だけ?」
「…さあ。それは、俺にもわからない」
「―――それはわからないのに…“私では無理”だって事は、なんでこんなにはっきりわかるのかな…」
ため息と一緒に吐き出すように、真弓は掠れた声でそう言った。
ああ、泣くんだろうな―――その予感通り、すぐに真弓の目に涙が浮かびだした。
多分、男と付き合った事もない、根っからのお嬢様。好きになったら、ひたすら突進する事しか思い浮かばない、純粋な女の子。
可哀想だとは思うが、仕方ない。真弓といても、どんな感情もわいてこない―――今も、そして、これからも。
「…ごめんな」
それが、瑞樹に言える、精一杯の言葉。
真弓は、とうとう涙をこぼした。
***
『え…っ、じゃあ、例の子の事、完全に切っちゃったの?』
その夜、蕾夏があんまり昼間電話した事を気にするので、瑞樹はつい口を滑らせてしまった。
余計な事だったな、と内心舌打ちしても、今更撤回する訳にもいかない。瑞樹は、携帯を右手から左手に持ちかえ、冷蔵庫に向かった。いくら興味のない相手であっても、目の前であんな風に泣かれるのは気分のいいものではない。やっぱり少し飲みたい気分だ。
「…まぁな。自分から諦めてくれるまで待つつもりだったけど、俺の忍耐力の方が限界だったから」
『そうなんだ。仕方ない事だけど―――ちょっと残念だなぁ。話聞いてると、その子、ハルの事本当に好きなんだなぁ、ってわかって、実は密かに応援してたんだ』
―――そうか? 恋愛感情よりも、ライに対する対抗意識の方がはるかに強かったように思うぞ、俺は。
そう思ったが、あえて言わないでおく。冷蔵庫の中に並んだカクテルバーからソルティードックを選んで、少々乱暴に扉を閉めた。
「もういいだろ。終わった話だし」
『ま、ね。でも―――ちょっと認識改まったなぁ』
「何が」
『ハル、案外女の人に優しいんだな、って思ってさ』
意外なセリフに、思わず眉をひそめてしまう。
「…女に冷たいだのウンザリしてるだの、散々な分析してみせた本人の言葉とも思えないな」
『あはは、だから“認識改まった”って言ったじゃん。酷い事してもめげない相手なら容赦なく足蹴にするけど、傷ついたら立ち直れなさそうな純情な子には、ちゃんとそれなりの対応してあげるんだな、って思ったの』
「面倒起こされるのが嫌なだけだぜ?」
『ううん。ハルは、優しいよ』
まるで瑞樹に言い聞かせるみたいに、蕾夏は繰り返した。
『恋愛に限らず、何かを諦めるのって、勇気がいるもの。きっとその子、引き際を見失ってたんだと思う。ハルにきちんと諦めさせてもらえて、きっと感謝してる筈だよ。―――ハル、本当は優しいんだよ』
「……」
言葉に、詰まった。
蕾夏の言葉に、心のどこかでホッとしている自分がいるのを感じたのだ。真弓を切ることに、やはり少しは罪悪感があったのだろうか―――感謝している筈だ、という蕾夏の言葉に救われたような気分になった。
「…んな事、言われたこともないけどな」
照れも手伝って、つい不機嫌そうな声になってしまった。電話の向こうの蕾夏が、可笑しそうに笑う。
『ハルが照れるなんて似合わないから、じゃ、この話はおしまいね』
「うるせーよっ」
『で―――昼間、どんな写真撮ったの? そこで話が中断しちゃったから、1日気になってさ』
その後2人は、写真の話や映画の話を、いつものペースで話し合った。
憂さ晴らしの筈だったソルティードックは、結局、蓋を開けられることもなく、ずっとテーブルに置かれたままだった。
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