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佳那子は、久保田が乗りつけた車を見て唖然とした。
「ま、また随分大きな車にしたのねえ」
「中古で掘り出し物が見つかったから、即決で買った。ただし、駐車場探すのが大変だったぞ。近所は一杯だったから、一駅向こうの屋根付きのとこ借りたんだ」
「…そこまでしてこれに乗りたかった訳?」
「だって便利だろ?」
久保田が今乗っているのは、パジェロロングエクシードという名前の車。その名の通り、三菱パジェロの車体が長いモデルだ。
久保田は、結構「こだわりの男」である。
スーツのこだわりは「純国産」。日本の未来を背負うビジネスマンが外国産スーツなんぞ着れるか、というのが理由らしい。煙草は「ゴールデンバット」。マイルドとかライトとか付くのは嘘っぽくて嫌いなんだそうだ。
そして、車は「三菱」。何故なのかは、さっぱりわからない。鉄板が厚いからなんじゃねぇの、と瑞樹が言っていたが、本当だろうか。
「何がなんでも3列シートがいい、でもって4WDがいい、って言ったら、これしかなくてな」
「そういえばあんたって、友達連れて山やら海やら行くもんねぇ…大量の人間乗せれる車にこしたことはないわね」
「今回もこの車なら1台で行けるし。佐々木、運転してみるか?」
「…遠慮しとく。事故起こしそうで怖いわ」
軽自動車を運転している感覚でハンドル操作をしたら、あちこちぶつけそうだ。佳那子は力なく首を振った。
***
8月に入って最初の土曜日。久保田は、会社の仲間、プラス蕾夏を連れて、江ノ島を目指すことになった。
実は蕾夏は、久保田や奈々美とはこの日が初対面である。蕾夏との初顔合わせは、本当なら飲み会でも開く予定だったのだが、久保田の友人グループ6名がごっそり江ノ島のホテル宿泊をキャンセルしたことで、事態は急変した。
日にちが迫っていて、キャンセル料が50パーセントも取られてしまう、と友人に泣きつかれた久保田は、仕方なくその宿泊チケットを引き受けた。勿論、若干値引きさせたのは言うまでもない。
「6人のメンツを揃える必要があるなら、ちょうどいいんじゃない?」
と佳那子が提案したことで、蕾夏を加えての飲み会は、突然江ノ島旅行に変わってしまった。初対面がいきなり旅行という、奇妙な具合になってしまった訳だ。
待ち合わせ場所は、会社のビルの前。いつも通勤で使っているこの道も、パジェロの助手席から見ると、なんだか妙に狭く感じられる。佳那子は不安げに眉根を寄せて、運転席の久保田の方を向いた。
「ねぇ、これでもし久保田がなんらかの事情で運転できなくなったら、一体誰が運転する訳?」
「カズだろ。いざとなれば佐々木もいるし」
「私は頭数に入れないでよ」
「おいおい、珍しく弱気だな」
「…そんなこと言うけどね。もし私が慣れない運転で事故ったりしたら、当然うちのお父さんにも知られるわよ?」
うっ、と久保田が言葉に詰まった。
「―――そうか。さてはお前、嘘ついて出てきたな」
「当たり前じゃないの。いくら6人だからって、あんたと一緒の旅行を、あのお父さんが許すと思う?」
「…思わねぇ」
初対面でいきなり殴られた、という経験を持つ久保田は、その時の佳那子の父の顔を思い浮かべて、渋い顔をした。
「ま、丈夫な久保田が運転できなくなる事態なんて、まず起こらないとは思うけどね」
「まぁな」
久保田と佳那子は、待ち合わせ時間ほぼピッタリに、会社前に到着した。
他の4人は既に来ていて、近づいて来た巨大なパジェロに威圧されたかのように、玄関ロビーの方へゾロゾロと移動して行った。
「あの髪が長いのが、蕾夏ちゃんよ」
「…ああ。言われなくてもわかる」
佳那子の言葉を受けて、久保田は車を路肩に寄せながら、瑞樹の横に立っている見慣れない人物を観察した。
―――なるほど、な。確かに、印象的だ。
茶髪全盛期にあって、あの黒髪は確かに目立つ。色白なのも手伝って、美人かどうか以前に、ビジュアル的に訴えるものがある。カズがグラついた理由もそのあたりにもあるのかもな、と、なんとなく納得した。
車を路肩に止め、久保田と佳那子は一旦車を降りた。
「おはよーございまーす」
と、和臣がいつもの調子で挨拶した。つい数日前に「オレ、ふられちゃいました」と意気消沈した顔で報告してきたので少々心配していたが、とりあえず表面上は元気そうだ。
「凄い車ですねー。装甲車かと思っちゃいましたよ」
「6人一度に移動しようと思ったら、この位は必要なんだよ」
「隼雄。こいつが、蕾夏」
ポン、と蕾夏の頭に手を乗せて、瑞樹が久保田にそう言うと、促されたように、蕾夏が頭を下げた。
「藤井蕾夏です。はじめまして」
パラッと黒髪が肩先から滑り落ちる。再び上げられた顔は、静かな微笑をたたえていた。
10代で成長をストップさせたかのように、未成熟な感じのする外見。繊細なガラス細工みたいに、触ったら壊れそうな雰囲気―――それらの中に、瑞樹との共通項を見つけ出すのは難しい。
観察すればするほど、不思議に思えてくる。
「どうも、久保田隼雄です」
笑顔を返しながらも、久保田は心の中で首を
***
「海老が悪かったんだと思う」
「いや、油だと思うな。オレが食べたかつ丼も、どことなくおかしかった」
「最後に飲んだコーヒーが悪かったんじゃない? 凄く濃かったじゃない」
「…なんでもいい。とにかく気分が悪い」
ハンドルに縋りつくような状態で、久保田は外野の無責任な推理にそう返した。
会社の前を出発して約1時間半後、一行は、とあるドライブインで、休憩を兼ねて昼食をとった。
久保田が注文したのは、エビフライ定食とコーヒー。そのどれが悪かったのかは不明だが、とにかく、食べ終わって暫くしたら、胃が痛くなって気分が悪くなってきたのだ。
「で、どうなの? 運転できそう?」
「…いや、無理っぽい。暫くすりゃ治るとは思うけど、あまり遅く着いたんじゃ意味ねぇし…。誰か代わりに運転してくれ」
「誰か、って……誰よ」
佳那子の言葉に、その場にいた全員がお互いの顔を見合う。そして、視線の行き着いた先は、和臣だった。
「おっ、オレ!?」
「だって神崎君、日頃久保田君と一緒に車で取引先回ってるじゃない」
奈々美の指摘に佳那子も頷く。
「私は休日ドライバーに過ぎないし、他の3人は仕事でも運転しない上に車持ってないし。免許持ってるだけじゃ危ないもの。一番慣れてる神崎が運転するのがベストよ」
「オレ、自信ないよ〜。こんな車高の高い車なんて、運転したことないもん。佳那子さんに任せるっ」
「私だってこんな車運転したことないわよ」
「うー…成田、運転できない?」
助けてくれ、という表情で縋る和臣に、瑞樹は意味深な笑顔を向けた。
「俺が運転していいの? どうなっても知らないぜ?」
「……」
佳那子と和臣の背筋に、ぞわぞわと冷たい感触が走る。瑞樹の運転など見た事も無いから、一体どうなるのかなんてわからない。が、なんだか不安を煽る発言だ。とてもじゃないが「お願いします」と言えないムードに、2人は無言で首を横にぶんぶん振った。
「じゃ、じゃんけん! じゃんけんで決めよう! それなら佳那子さんだって恨みっこナシでしょ」
「…わかったわ」
佳那子は諦めて、和臣とじゃんけん勝負をすることにした。
「じゃあ、いきますよ? じゃーんけん…」
***
―――たっ、高いっ、これは目線が高くて怖い。ついでに、後ろの席がとんでもなく遠い。車間なんて全然わかんない。
「怖いからって左に寄り過ぎるなよ」
「わっ、わかってるわよっ」
「女王様にでもなった気分で運転しろ。そうすりゃ少しはエラソーな運転になるだろ」
「わかってるってば! 久保田、あんた体調悪い割にはうるさいわよっ!」
助手席でくたばっている久保田を横目で睨みつつも、佳那子はガチガチに固まった腕でハンドルを握り締め続けた。
じゃんけんは昔から弱かった。ついでに、こういうプレッシャーにも弱かった。せめてじゃんけんに強いかプレッシャーに強いか、そのどちらかでも自分に備わってれば良かったのに…と、佳那子は自分が恨めしくなった。
「力入り過ぎだって。力入れたからってスピード出るもんじゃないだろ。今時速30キロだぞ」
「一般道なんだから、この位の安全運転でいいのよ。車体擦ること考えれば、低速で慎重に運転するに越したことはないわ」
「遅すぎるのは安全運転て言わないんだよ」
「だからっ! あんたは病人なんだから、大人しく座ってなさいよ、もうっ!」
運転席と助手席の険悪ムードのせいか、後ろの2列はやたらと静かだ。
―――と思ってルームミラーで確認をした佳那子は、全員眠ってると知り、愕然とした。すぐ後ろに並んでいる瑞樹と蕾夏も、その後ろの列の和臣と奈々美も、それぞれ窓に頭をくっつける形で眠っている。
「ど…どういう神経!? こいつら!」
「…佐々木の運転があまりにも“安全”だから、眠っちまったんだろ」
「もーっ、久保田、次はもっと車高が普通な車にしてよ。これじゃあ、どっか行っても私が運転するなんて絶対無理じゃないの!」
「おいおい、佐々木?」
苦笑した久保田が、喋りすぎてる、と警告するように、唇の前に指を立てて見せた。それを目の端で見つけ、佳那子も肩を竦めて小さなため息をついた。
「…んー、佳那子さん、大丈夫?」
急に背後から蕾夏の声が聞こえて、久保田と佳那子の背中がビクリと動いた。
ずるずると体を動かして久保田が振り返ってみると、今まさに目を覚ましたばかりという風情の蕾夏が、大きく伸びをしていた。2人の会話が聞こえていた訳ではないようなので、とりあえずホッとした。
「なんとか、運転だけはしてるけどね。安全運転過ぎて危ないって、久保田に文句言われてるわ」
「あはは、確かにちょっと遅いかな。―――瑞樹に運転替わってもらえば?」
「…それは、なんだか不安があるわ」
さっきの瑞樹の意味深な笑いを思い出しながら、佳那子は顔を顰めた。が、蕾夏は明るい声の調子のまま続けた。
「大丈夫。瑞樹、大型車の運転、上手だと思うよ。少なくとも、戦車の操縦は上手いし」
「せ、戦車!?」
佳那子と久保田の声がハモった。今の時代、戦車の操縦など、一体どこでするというのだろう?
「といっても、ゲームだけどね。ゲームセンターの。戦車で倉庫街とか街中を進みながら、敵の戦車を撃破してくやつ。1回対戦したけど、もうボロ負け。瑞樹、細い路地でも荷物の陰でも、ヘーキで通り抜けちゃうから」
「…バカ。負けたのは、お前の操縦が下手だからだ」
いつの間にか目を覚ましていたらしい瑞樹が、そう突っ込みを入れた。
「大体お前、ハンドル操作もののゲーム下手すぎ。なんで真っ直ぐ走れねーんだよ。ハンドル固定してりゃ真っ直ぐ進むのに、何をどうやっても蛇行するって、どっかおかしいぞ、絶対」
そう言われ、蕾夏はむっとしたように口を尖らせた。
「あれはね、微調整してるのっ。“F1サーキット”では、あの微調整が効いて優勝したじゃない」
「蛇行しつつ他のマシンを跳ね飛ばしながらの優勝だったよな」
「作戦だもの」
「嘘つけ」
「本当だってばっ。第一、サーキットコースって真っ直ぐじゃないじゃないっ。カーブのとこに必ずドラム缶とか並んでて進路妨害するし、砂とかまいてあって脱出不可能になるしっ」
「普通はドラム缶にはぶつからねーし、砂のとこも走るとこじゃねーんだって」
「―――佐々木。スピード、出すぎてる」
「え?」
背後の会話に必死に笑いを噛み殺していた佳那子は、久保田に指摘されて、慌ててスピードを落とした。
気づけば、がちがちに固まっていた腕は、瑞樹と蕾夏の会話に気をとられたせいで随分リラックスしていた。アクセルに不自然な力しかかけられなかった足も、いつもの軽自動車を運転する時のような状態に近くなっている。目線も、かなり慣れてきた感じだ。
怖さを克服してみると、高い目線から悠々と辺りを見回して運転するのは、案外気持ちいい。佳那子の表情に、ゆとりが生まれてきていた。
「大分、慣れたみたいだな」
「…そうみたい」
この調子なら、江ノ島まで佳那子の運転で大丈夫そうだ。久保田も、佳那子本人も、ほっと息をついた。
「佳那子さん、少しはリラックスした?」
ちょうど2人がほっとした瞬間、助手席の後ろに座る蕾夏が、佳那子の様子を窺うように声をかけた。瑞樹とかけあい漫才のような会話を繰り広げていた筈の蕾夏が、唐突に会話を中断して質問してきたので、佳那子は少し慌ててしまった。
「え? ああ、大丈夫。かなり慣れてきた感じよ」
「そ。良かった。じゃあ私、少し眠るね」
「え?」
「俺も寝る。着いたら起こして」
いつものような「最低限の語彙での会話」に戻ってしまった瑞樹もそう言い、窓ガラスに頭をくっつけて目を閉じてしまった。
―――あの、ええと…ゲームの話は、もう終わりなの? なんか、終わり方がいきなりじゃない?
それに、運転を交替するって話は、一体どうなったのよ?
振り返る訳にもいかないので、佳那子は、説明を求めるような目で隣の久保田を見た。だが、後ろの席を振り返ったままだった久保田は、なんだか呆然とした顔をしたまま、硬直していた。
久保田は、しっかり目撃していた。
瑞樹と蕾夏が、それぞれ窓ガラスに頭を預けて目を閉じる直前、作戦成功とばかりに、ハイタッチの要領で互いの手のひらを1回パン! とぶつけあうのを。
…ということは、今のゲームの話は、力の入りすぎな佳那子をリラックスさせるための芝居だった訳で…。
―――お前ら…ほんとはいつから起きてたんだよ―――…!?
「ね、ねぇ、久保田。一体どういう事?」
「…佐々木は、何も知らない方がいい」
「え?」
―――わかった気がする。この子と瑞樹の共通点。
油断ならない人間が、また1人、身辺に増えた訳だ。これは結構大変かも…と、久保田は一人、ため息をついた。
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