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no047:
海鳥
―Memories/Mizuki Side―
-odai:6-

 

―自由ニナリタイ。

 ライカM4をデイパックに放り込むと、瑞樹は自転車を神戸港まで走らせた。
 9月の風が心地良く頬を撫でていく。絶好の撮影日和だ。瑞樹は更にスピードをあげ、坂道の多い住宅街を突っ切ってゆく。
 「成田!」
 途中、学校からの下校途中らしいクラスメイトに出くわし、呼び止められた。慌ててブレーキを踏み、額にへばりついてしまった髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
 「よぉ、木村。今帰り?」
 「ああ。お前、急いで教室出てったから部活やと思っとったけど、違ったんやな」
 既に私服姿の瑞樹を見て、木村は意外そうな顔をした。何故ならこの時間、バスケ部は体育館で練習をしている筈だからだ。
 「成田ってレギュラー取れたんやろ? 1年なのに凄いって先輩たちも一目置いとんのに、さぼったりして大丈夫なんか?」
 「別に、やりたくてやってる訳じゃねーし。天気いいのに、せっかくの土曜日位、自由にさせて欲しいよ」
 そう言って瑞樹が肩を竦めると、「ちくしょー、余裕かますな」と、木村がふざけたように瑞樹の肘を肘で小突いた。2人は更に二言三言交し合い、その場で別れた。
 遠ざかる友人の後姿を見送った瑞樹は、ふとデイパックからライカM4を取り出すと、それを慣れた手つきで構えた。
 素早くレンズの距離計を回してピントを合わせ、シャッターを切った。
 撮ったのは、木村の小さな小さな後ろ姿。しかしメインは、木村本人ではなく、その木村を追いかけている野良犬の姿だった。木村がよく餌付けしているので、(なつ)いてしまっているのだ。
 瑞樹は、その微笑ましい光景にふっと笑うと、デイパックを背負いなおし、また自転車をこぎ始めた。


***


 父に10年ローンというとんでもない条件でライカM4を買ってもらったのは、瑞樹が10歳の時だった。
 これまで何一つ欲しがらなかった瑞樹が、唯一わがままを言ったのがこのカメラだったので、父は10歳の誕生日プレゼントにしてやる、と言った。が、瑞樹が譲らなかった。唯一欲しいと思った物だからこそ、自分の力で、手に入れたかったのだ。
 「俺、小遣いとかお年玉から、少しずつ金返す。絶対完済するから、利息はまけてよ」
 瑞樹の大人のような振る舞いには、父も今更驚かない。快くその条件を承諾し、店頭に飾られていたライカM4は瑞樹のものになった。
 当時、成田家はちょうど転勤騒動の真っ只中だった。
 父の転勤が決まると、家庭は崩壊の危機を迎えた。いや、本当は既にバラバラだったのだが、本当に解体寸前の状態に陥ったのだ。
 何も知らずにいる海晴だけは、単純に「私、関西弁しゃべれないけど、どうしよう」という不安で頭が一杯だったが、瑞樹と父は、日々家族崩壊の危機をなんとかすべく、共に戦っていた。
 そんな時出逢ったのが、ライカM4だった。
 まさに一目惚れだった。
 元々、父と渓流釣りなどに行った際、父のカメラを借りて川や岩を撮影するのが好きだった瑞樹は、漠然と「カメラマンになりたい」という夢を持っていた。ドイツ生まれの高級カメラ、職人技の最高峰といった風情のライカM4は、瑞樹の心の中に僅かに残っていた少年の部分を、いたく刺激した。
 頼み込んで手に入れて、瑞樹は横浜の街を、神戸の街を、何度も何度も撮影した。嫌なことがあると、カメラを持ってふらりと出かけてしまい、一晩中帰ってこないこともあった。花も撮ったし、動物も撮った。海も山も空も撮った。

 「成田って、やっぱりいずれはカメラマンになるの?」
 以前、木村にそう問われた時、瑞樹は曖昧に笑ってこう答えた。
 「さぁ? どうかなぁ…なれたら、なりたいけど。ああいうのは才能がいるだろ?」
 そう答えながらも、瑞樹は朧気ながら答えを出していた。
 俺には、写真で食っていくことは無理だろう、と。
 あらゆるものにレンズを向ける瑞樹。だが、たった1つ―――人間にだけは、レンズを向けることができなかったのだ。

***

 ライカM4を手に入れて間もなく、久々に勢ぞろいした家族を居間に集めてカメラを向けた事があった。
 別に何かの記念日だった訳ではない。こうして日曜日に全員がいる、その事自体が珍しかったので、単なるカメラテストを兼ねた撮影のつもりだった。
 海晴は素直にはしゃぎ、我が物顔でソファの中央に陣取った。その右側に父が座り、極自然な感じに海晴の肩に手を回している。
 母は暫し躊躇した挙句、2人の後ろに中腰になって立った。
 「おかあさーん、座らないの?」
 海晴が、そんな母を振り返りながら、不思議そうにそう言う。母は困ったような笑顔を浮かべると、海晴の左側に腰を降ろした。そして、少々緊張したような表情で、瑞樹の方を真っ直ぐに見た。
 「そうやってると、瑞樹もいっぱしのカメラマンだなぁ」
 カメラにフィルムをセットしている瑞樹を見て、父がおかしそうに笑う。それを軽く睨みつつ、瑞樹はフィルムを1回巻き上げ、ようやくカメラを構えた。
 「じゃ…真っ直ぐこっち見て。海晴ー、目ぇ瞑るなよ?」
 「お兄ちゃんが撮るんだったら、お兄ちゃんは写真に入れないよ? いいの?」
 「俺はいーの」
 兄と一緒の写真を希望していた海晴は、ちょっと残念そうに口を尖らせた。が、瑞樹から「その顔で撮るぞ」と脅され、慌ててタンポポのような笑顔を満面に浮かべた。
 ファインダー越しに、3人を見つめる。一見、理想の家族像が、四角く切り取られた空間に形作られる。
 だが―――ファインダー越しに、瑞樹の視線と母の視線と交錯した瞬間、瑞樹の背中に、さっと冷たい物が走った。
 笑っているのに―――顔の表情は確かに笑っているのに、母の視線は、何故か瑞樹の手を凍りつかせた。何かどす黒い感情が、体の奥底からせり上がって来る。危うく、その衝動に負けてカメラを落としてしまいそうになる。
 「お兄ちゃーん、早く撮ってー」
 無邪気に笑う海晴の声にせかされる。
 眩暈と、微かな吐き気を感じながら、瑞樹はそれでもシャッターを切った。

 現像された写真を見て、瑞樹は、今度こそ本当に吐いてしまった。
 最悪だった。
 父は、実際より優しげに写っている。海晴に対する姿勢はとても自然で、親としての愛情が指先までちゃんと現れている。瑞樹の方に向けるその視線もあたたかだ。
 海晴は可愛らしく写っている。自分の肩を抱く父を、そしてカメラを向けている瑞樹を、絶対的な保護者として100パーセント信頼している笑顔だ。
 そして母は―――母は、醜悪に写っていた。
 それは、瑞樹が日頃感じている母そのもの―――母が瑞樹に対して抱えている言いようの無い負い目や不安、罪悪感などを、全部写し出していた。
 上目遣いにカメラを見る母。無理矢理作ったと思われるその笑顔は、ピエロの笑顔のように不自然で不気味だった。おそらく、笑顔で内に秘めたものを隠したつもりなのだろう。でも、逆効果だ。笑えば笑うほど、その奥底にある憎悪に似た何かが、嫌というほど瑞樹に突きつけられる。
 瑞樹は、写真を机の上に放り出すと、大急ぎでトイレに駆け込み、吐いた。吐いて吐いて、胃液しか吐く物がなくなっても、まだ吐いた。平日の夕方で、海晴も友達の家に行っていて、誰も家にはいない。だから吐く事ができた。いたら、無理をしてでも平気な振りを続けていただろう。
 その写真は、海晴や父に見せる前に、目の表情ひとつ判別不能になるほど細かくちぎって、捨てた。ネガも、幸い最初の1枚だったので、その部分からカットしてズタズタに切り刻んで捨てた。
 写真やネガを切り刻んでいる間、瑞樹の脳裏には、一緒に切り刻んでしまいたい記憶が、何度も何度も甦ってきていた。その記憶に耐えるため、ずっと唇を噛んでいたので、全て切り刻み終わる頃には、瑞樹の唇にはうっすらと血が滲んでいた。

 以来、瑞樹は二度と、家族にはカメラを向けたことはない。
 それどころか、家族以外の人間にも、ほとんどカメラを向けることはなかった。
 瑞樹は、知ってしまった。写真を撮るという行為の恐ろしさを。
 カメラは、嘘をつかない。被写体の本性が、そしてそれを撮る瑞樹の本音が、どんなに隠そうとしても必ず現れてしまう。今自分が相手を撮影したら、一体どんな物が撮れるだろう? それを考えると―――怖い。そんなものは、残したくない。
 そして何より、あのファインダー越しにぶつかった、視線―――あの瞬間感じた冷たい感触と眩暈は、もう二度と経験したくない。
 瑞樹は、人間を撮ることが怖くなっていた。カメラマンになるのは無理だな…と、中学生になる頃には思うようになった。
 それでも、カメラ自体を捨てた訳ではない。暇さえあれば外に飛び出し、目につくいろんな物をフィルムに焼き付け続ける。
 シャッターを切る瞬間の充実感は、麻薬に似ていた。その瞬間だけは、全てを忘れられた。現在も―――そして、過去も。


***


 初秋の神戸港は、土曜日ということもあって、人が大勢訪れていた。そんな中を、瑞樹は被写体を求めて、自転車を押して歩いた。
 そもそも、神戸港ももう何度も来ている撮影ポイントだ。外国の貨物がよく入港しているので、そういった巨体をよくカメラにおさめた。荷揚げをする作業員たちのたくましい姿を遠くから撮ることもある。面と向かって人間を撮る事はできない瑞樹だが、こうしたスナップは結構撮るのだ。
 だが、そうした光景も、この日は全く見られない。小型の観光用の客船が接岸しているだけで、そぞろ歩くカップルばかりが目につく。
 いい被写体が無い、と諦めムードになる中、ふと、岸壁の端っこに、1羽の海鳥がとまっているのを見つけ、瑞樹は自転車のスタンドを立てた。
 最初、カモメかと思ったが、羽根の色合いからすると、どうやらウミネコのようだ。群れで生息している筈なのに、1羽だけはぐれたのだろうか。ぽつん、と、取り残されたように、岸壁のコンクリートの上に立っている。
 鳥は、瑞樹の好む被写体の一つだった。飛ぶ瞬間をうまく捉えられると、なんともいえない満足感があるからだ。もっとも、アウトフォーカス気味だったりシャッタースピードが遅すぎたり失敗談にも事欠かないのだが…。久々に目にする獲物に、瑞樹の気持ちは昂ぶった。
 獲物―――確かに、獲物という表現がピッタリだ。別に獲って食う訳ではないが、瑞樹が本当に撮りたいと思ってカメラを構える時、その姿勢は、どことなく狩りと通じるものがある。
 息をつめ、カメラを構える。
 慎重に慎重に―――次第に間合いをつめ、飛び立つ瞬間に照準を合わせる。既に165センチに達した身長では、かなり上の視点でウミネコを見下ろすような感じになってしまうが、飛び立つ時のスピードを考えれば、少し腰を落とした程度で待つのが無難だろう。
 おだやかな陽射しの下、じっと辛抱強く、その瞬間を待つ。人もほとんど来ないその場所は、永遠に時が止まってしまったかのように、静かで、濃密な空間だった。
 と、その時、一段強い風が海から吹き上げ、ウミネコの体を揺らした。
 ―――来る。
 瑞樹の体に、緊張が走った。
 まだ飛び立つ前に、1度目のシャッターを切る。
 素早く巻き上げ、次の1枚。
 最大距離に合わせて、更にもう1枚。
 そのシャッター音に急かされるように、ウミネコはコンクリートを蹴って飛び上がり、力強く大空に羽ばたいていった。それをファインダー越しに追いかけながら、瑞樹は、いつしか天を仰ぐようにして、ウミネコの姿を見送っていた。
 ウミネコは、暫しその辺りにフワフワと漂った後、仲間の群れを見つけたらしく、高度を下げ、10羽程度の集団に吸い込まれていった。
 瑞樹は、おだやかな微笑を浮かべると、つめていた息をやっと吐き出し、視線を下げた。今日は、これで充分だ。海風がこれ以上冷たくなる前に帰ろうと、瑞樹は帰る準備を始めた。

 だが、次の瞬間―――自転車のハンドルを握った瑞樹の体は、ある光景を目にして、凍りついた。
 それを見てしまったのは、本当の偶然だった。
 先ほど、ウミネコがいた所から100メートルほど離れた、やはり岸壁の端―――貨物の陰に半ば隠れるようなその場所。
 いたのは、1組のカップルだった。
 人目を避けるように抱き合い、何度もくちづけを交わす2人を見て、瑞樹の凍りついた体は、激しく震えだした。
 無意識に、手が喉元を押える。フラッシュバックのように甦ってくる、記憶―――窒息しそうな息苦しさに、意識が遠のきかけた。

 ―――見るな。目を、逸らせ。
 早く、目を逸らせ。
 なんでここにいるんだ、とか、今日は仕事の筈だろ、とか―――そんな事を考えていたら、気が狂う。
 怒りも悲しみも、とうの昔に凍結させた筈だった。だから生きてこれた。まだ幼いガキが、普通の感覚なんて持ったままこの現実に直面したら、とっくに狂ってる。そうならなかったのは、全ての感情を凍らせ、何も感じないようにしてきたからだ。
 今更こんなシーンを見せられても、ショックでも何でもない。
 でも。
 それでも―――この場面は、見てはいけない。
 瑞樹は、弾かれたように自転車に飛び乗ると、ライカM4を急いで仕舞い、全力で自転車のペダルを踏んだ。
 1秒でも早く、その場から逃げたかった。

***

 家には、足が向かない。
 自転車を押したまま、三宮のセンター街をぼんやり歩く。
 喧騒の中にいると、落ち着くことができた。パチンコ屋から聞こえる軍艦マーチや、スーパーの安売りの呼び込みの声が、あのシーンを思い出しそうな脳の邪魔をしてくれるから。
 自転車のハンドルを握る手に力をこめ、心の中で繰り返す。忘れろ、忘れろ、と。何度も。

 「あ…成田君! 成田君じゃない!」
 突然声をかけられ、瑞樹はのろのろと顔を上げた。
 見覚えのある顔―――同じ中学に通う、3年生だ。
 彼女は、瑞樹が入学する少し前に東京から転校してきたらしいが、今では学校内のちょっとした有名人である。家が水商売だとか、彼女もその店を手伝っているとか、現在交際中の恋人はヤクザだとか、まことしやかな噂をたてられている。
 実際、彼女は外見が派手だ。美人ではあるが、常に学校にシャイン・リップを塗ってきて、髪も中学生らしからぬワンレングス風だ。日頃はセーラー服だが、土曜日のせいか、今日は大人っぽい黒のワンピースを着ており、余計に中学生には見えなかった。
 「こんな所で何してるの? バスケの練習は?」
 こんな事を訊いてくるのも、彼女がいわゆる瑞樹のファンだったからだ。といっても、それは過去の話で、2学期になってからは一切体育館に姿を見せない。地元の有名私立を狙っているらしい、と、木村から聞いたことがある。外見に似合わず、中身は高性能な生徒のようだ。
 「…サボリ」
 瑞樹がそう答えると、彼女は眉をひそめた。
 「珍しいじゃない。どうかしたの?」
 「―――別に」
 「…機嫌、悪いわね。何かあった?」
 ぷい、と顔を背け、そのまま立ち去ろうとする瑞樹を、彼女の手が引きとめた。
 「ね。嫌なこと、あった?」
 「……」
 あった。だが、その話をする気にはなれない。誰にも言えない話なのだ。瑞樹は黙って、顔を背けたままでいた。
 「―――忘れさせて、あげよっか」
 「…はぁ?」
 何言ってるんだ、この女、という顔で、瑞樹は彼女の顔を見た。自分とさして変わらない身長の彼女は、中学生とは思えない艶然とした顔をして、瑞樹を見つめ返す。
 「あたし、今、家に一人なの。あたしも嫌な事あって―――誰か遊ぶ相手、探してたとこ。ね…うち、こない?」
 妙に色気を漂わせるそのセリフに、瑞樹は眉をひそめた。
 「…俺が何歳(いくつ)かわかってて、そのセリフ吐いてんの?」
 「わかってて言ってるわ。年齢が何? そんなの関係ないじゃない」
 馬鹿馬鹿しい、と一蹴しようかと思ったが、そう告げる彼女の目は、どこか必死なものを感じる。
 ―――“同類”を、探してた訳か。
 瑞樹は、半分の同情と半分の(さげす)みを含ませて、彼女を真正面から見返した。
 「自分だって、ガキのくせに」
 (あざけ)るように笑ってみせると、彼女は、ハンドルを握る瑞樹の手をゆっくりと取り、指を1本1本、ハンドルから離させた。その手のひらを、ためらう様子もなく自分の胸に押しつけると、彼女は挑戦的な笑みを浮かべた。
 「これでも、ガキ?」
 「……」
 返す言葉が思いつかずにいると、彼女はその手を更に上に導き、指先を唇に触れさせた。そのままゆっくり、手のひらを頬に押し当てさせる。
 「―――温かいでしょ。きっと忘れられる。どんな嫌な事でも」
 必要以上の力でハンドルを握っていたせいで冷たくなっていた指先が、頬の温かさで少しだけ温められた。それでも、瑞樹の心は、凍ったままだった。

 ―――こんな事して、何になる…?
 キスになんの意味がある? 抱き合う事も、体を重ねることも、一体それになんの意味があると言うんだろう? そんなの、ただの欲望じゃないか。
 それなら、動物となんら違わない。人間なんて、その程度の生き物だ。
 “恋愛”という言葉を免罪符に、周りがどんな傷を負うかも考えずに、欲望を満たすために平気で罪を犯す。それが、恋で盲目になっている奴らの本性だ。目の前にいるこいつだって、ただ自分の欲望を満たすための相手が欲しいだけだ。そんな馬鹿げた欲望を、“恋愛”という言葉でカモフラージュしてるに過ぎない。
 本当の愛なんて、そこにはひとかけらも、ない。

 自由に、なりたい。
 自分の欲望のために周りを傷つけ続けているあの女に、これ以上振り回されて生きていきたくない。
 さっきのあの海鳥のように、自由に空に舞い上がりたい。現実からも過去からも、全てから解放されて、一人きりで生きたい。

 「ね…一緒に、来てよ」
 「……」
 「一度だけ」
 「―――好きにすれば」
 瑞樹は、投げやりにそう答えた。
 束の間、束縛から身を解放することができるなら―――そんな愚かな行為に一瞬目を瞑るのも悪くはないだろう。そう考えながらも、瑞樹は、凍りついていく自分を解き放つ手立てを、やはり見出せないでいた。


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