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no048:
(からす)
-odai:10-

 

誘惑ノ、黒イ罠。

―98.12―

 12月に入った途端、街中のあらゆる装飾が赤と緑に彩られ、否が応にもクリスマスが近づきつつあることを思い出させる。
 仕様書片手に、1階のファミレスの窓際で眉間に皺を寄せている瑞樹にとっては、クリスマスなど他人事である。元々、イベント事には興味がない。目下の関心事は、突然営業サイドからつきつけられた仕様変更をどう乗り切るか、これだけなのだ。
 「コーヒーのおかわり、いかがですか?」
 ランチにつくアフターコーヒーのおかわりを勧めに、ウェイトレスが声をかけた。
 いつもなら無視する声だが、耳慣れないその声に、思わず瑞樹は目を上げてしまった。
 コーヒーサーバーを手に微笑んでいる女に、瑞樹は見覚えがあった。
 ―――ああ、例の「烏」の女だ。
 こういう声をしてたのか、と、今日初めて知った。3ヶ月ほど前から見かけてはいたが、声を聞いたのは初めてだったのだ。

 彼女が社内で話題になった理由は、主にその服装が理由だった。
 勿論、仕事中の彼女は、ファミレスの赤い制服を着用している。が、出勤時と退社時の服装には特徴があった。まだ9月で気温の高い時期だったにも関わらず、彼女は真っ黒の長袖のワンピースを着用していたのだ。
 まるで烏ね、と評したのは奈々美だったろうか。確かにそんな感じだ。癖っ毛なのかパーマをあてているのか、緩やかにうねる肩下までの髪は、今時珍しい黒髪だ。蕾夏の髪のような息を呑む美しさはないにしろ、茶色い髪が氾濫する時代にあっては目立つ存在である。その真っ黒な髪に真っ黒のワンピースを着ているのだから、まさしく全身黒づくめの烏状態だ。
 一見お嬢様風なので、ファミレス派の独身男性の間では結構話題にのぼる。瑞樹も存在は知っていたが、少し蕾夏にタイプが似ている、という理由で目は留めたものの、とりたてて興味はなかった。

 「いかがですか?」
 念を押すように、彼女が更に訊ねる。コーヒーカップに目を落すと、ほぼ空の状態になっていた。
 「じゃ、貰っときます」
 「はい」
 彼女がにっこり微笑んでコーヒーを注ぐのを目の端で確認してから、瑞樹はまた目を仕様書に戻した。
 が、少し経っても傍らに立つ彼女の気配が消えない。気になって仕方ないので、また目を上げざるを得なかった。
 「…何か?」
 サーバーを手にしたまま、彼女は、何かを言うのをためらっているような顔をしていた。が、瑞樹が顔を上げた事に背中を押されたのか、ようやく口を開いた。
 「―――成田、瑞樹さん、ですよね。5階で働いてらっしゃる」
 「そうだけど」
 「あたし、羽鳥(はとり)裕子と言います。今日でここを辞めるんです」
 それがどうかしたのだろうか。瑞樹は、黙って次の言葉を待った。
 羽鳥裕子は、少し言葉を切って視線を彷徨わせたが、最終的には瑞樹の目をしっかりと見返した。
 「今日の夜、少しお時間いただけませんか?」

***

 ―――で、なんでいきなり、自宅?
 座布団と呼ぶにはあまりにも可愛らしい色柄の座布団の上にあぐらをかいて、瑞樹はちょっと首を捻っていた。
 ここは、初対面の筈の、羽鳥裕子の自宅である。
 少しお時間を、と言われたので、呑むか食べるかの話だろうと思っていたのだが、丸め込まれるように誘導されていった先は、何故か10階建てマンションの1階だった。
 「…俺、なんでここにいる訳?」
 宅配ピザを目の前に、瑞樹はやっとその一言を口にした。訳のわからない展開に、この部屋に来てから30分、宅配ピザのオーダーに頷く以外、何も話す気になれなかったのだ。
 当の裕子は、少しも悪びれずに、ピザを皿に取り分けながら微笑んだ。
 「成田さんと2人きりで宅配ピザを食べたかったから」
 「…ああ、そう」
 そのまんまな答えに、それ以上の質問をする気も失せた。この自宅が、会社から徒歩10分と近かったのも敗因の1つだろう。大人しく宅配ピザに付き合って、早々に帰らせてもらおう。そう決めた。
 裕子は、今日も黒づくめの服装をしていた。黒のアンサンブルセーターに黒のタイトスカート。よほど黒が好きなのだろうか。これまで見かけた回数はさほど多くはないが、全身黒づくめ以外の私服を見た事がない。
 「明日の午後、故郷の新潟に帰るから、これが最後の東京の夜なの。東京でやり残したこと、どうしてもやりたかったから―――ごめんなさい。迷惑かけて」
 壁際にうずたかく積まれたダンボール箱がさっきから気になっていたのだが、それで納得がいった。にしても、それ以外の部分は、納得がいかない。
 「やり残したことが、俺と宅配ピザ食う事?」
 「…正確には、成田さんと2人きりになる事、かな」
 裕子は、少し寂しげな笑みを浮かべ、取り分けたピザを頬張った。
 「成田さん、週に2回位、うちの店に来てたでしょう。大抵は一人っきりで、いつも窓際の席に座って。…遠くから見てて、一度ゆっくり話してみたいなって思ってたの」
 「なんで?」
 極自然な瑞樹の質問に、裕子は少し言葉を切り、手にしたピザを皿の上に置いた。
 「…まとってる空気がね、自分と似てるな、って思ったから」
 ―――ああ、なるほど。
 そう言われて、少し納得がいった。何故、初対面の裕子に簡単に丸め込まれてしまったのか。
 瑞樹の方も、本能的に察知していたからだ。―――こいつは、“同類”だ、と。
 「でも、不思議よね。いざ2人きりで向き合ってみると、話したい事なんて全部吹き飛んじゃってるの。言葉で説明するのなんて、あんまり意味がないのかもしれない」
 そう言うと、裕子は急に、押し黙った。元より話などする性分ではない瑞樹も黙っているので、狭い部屋は妙に静かになってしまった。

 暫し無言のまま、宅配されたピザと「引越しで割れたら勿体無いから」と言ってあけたボジョレー・ヌーヴォーを味わい続けた。が、裕子の方は、あまり食欲がないのか、ボジョレーの入ったグラスにばかり手が伸びる。
 「―――自分で自分の気持ち、よくわからないの」
 ふいに、裕子がそんな事を呟いた。
 「…あたし、父が死んでも、ちっとも悲しくなかった。ずっと殺してやりたい、って思ってたから、その手間が省けてラッキー位に思ってた。なのに―――どこかで、父の死を認められないあたしがいるの」
 唐突な話に、瑞樹は一瞬眉をひそめた。
 が、大体の想像はつく。ずっと殺したいほど憎んでいた父と、比較的最近、死別したのだろう。でも、まだ葬儀などには行っていない。そんな事情のようだ。
 それで思い当たった。裕子の、全身黒づくめな、この格好。
 これは、「喪服」だ。
 「…死んだ、って、いつ?」
 「9月。ファミレスで働き始めてすぐに。弟がすぐに連絡くれたけど、行く勇気がなかった。この部屋の契約が明日で切れるから、だから思い切って帰る決断ができたけど…本当はまだ、認めたがってないのかもしれない」
 「なんで」
 「…わからない。けど多分―――あたし、たった1度でいいから、父があたしを認めてくれた、って実感できる瞬間が欲しかったんだと思う。それがあれば、こんな自分にはならなかったんじゃないか、って。だから―――そういう瞬間を体験できるチャンスは、もう永遠にないんだ、って…それを認めるのが怖いのよ」
 気持ちは、わからなくもない。瑞樹はワイングラスを傾けつつ、少し裕子に同情した。
 でも、それは、自分が選んだ道だ―――そう思う自分もいる。
 どれだけ家庭が荒んでいようと、どれだけ悲惨な過去を持っていようと、今の自分があるのは、そういう自分になる道を自分が選択してきたからだ。こうならない道も、よく見ればいくつもあった筈なのに、その道を選択しなかった。それは、自分の意志だ。
 「―――親に認められるばっかりが、今ここにいる意味でもないだろ」
 裕子を慰めるでもなく、自分に言い聞かせるでもなく、なんとなくそんな言葉を口にしていた。
 そう言いながら、頭を掠めたのは、何故か、半ば忘れかけていた蕾夏の言葉だった。

 『―――だってね。瑞樹生まれてきてなかったら、今日こうやって隅田川の河川敷でこんぺい糖食べることも、おせんべい焼いてるおじさんに感激することも、雷門の提灯を真下から見上げる事もなかったんだよ、私』

 瑞樹と出会ったからこそ、その日めぐり会えた、“感動”。だから、瑞樹の誕生日はやっぱりおめでたい日だ、と蕾夏は言ってくれた。その時は、そんなもんかな、と少しシニカルに反応していたが、改めて思い出して、自分が心のどこかでその言葉をよりどころにしている事に、今気づいた。
 知らなかった。
 あの言葉に、これほど救われてたなんて。

 「案外、優しいのね、成田さんて」
 裕子はそう呟いて、少し笑った。
 それまで瑞樹の向い側に座っていた裕子は、ワイングラスをコトン、とテーブルの上に置くと、座ったまま瑞樹の隣に移動してきた。急に接近してきた体と距離を取ろうとするように、逆に瑞樹は少し体を引いた。
 「…ねぇ」
 「…何」
 「あたしのこと、少しは、同情できる?」
 「……まあ、それなりには」
 「抱きしめて、慰めて欲しい、って思うあたし、間違ってる?」
 「―――いや」
 「あなた、恋人、いる?」
 「…いないけど」
 「―――じゃあ、誰にも後ろめたくないわよね…」
 そう言うと裕子は、軽く目を閉じて、瑞樹の唇にキスしようとした。
 が、瑞樹は反射的に、裕子の肩を掴んで、それを押しとどめてしまった。頭で考えるより、手が先に動いていた。
 目の前の裕子の目が開き、少し不思議そうに丸くなる。
 「どうして?」
 「…いや、ちょっと」
 どうして、と言われても困る。自分でもよくわからないのだから。
 軽く混乱したように眉を寄せる瑞樹を見つめ、裕子は少しからかうような笑顔を浮かべた。
 「誰とのキスを守ろうとしてるの?」
 「え?」
 「―――いいわ。成田さんが気づいてないなら、それで」
 苦笑し、裕子は、自分のアンサンブルセーターのボタンを手早く外し始めた。その様を、瑞樹は半ば呆れたように凝視した。
 「…あのさ」
 「なぁに?」
 「同情はするけど、あんたの事、別になんとも思ってないぜ? 俺」
 「ええ、わかってるわよ?」
 「なんか、虚しくないか? こんなの」
 その言葉に、裕子は、何を今更、とでも言いたげな苦笑を浮かべた。
 「どうして? セックスなんて、ただの欲望じゃないの。まさか、そこに“愛”が必要だなんて、あなただって思ってないでしょう?」

 そのセリフに、背筋が、ぞくっとした。
 もう一人の自分が、性別を変えて目の前に現れたような錯覚を覚える。裕子のセリフは、そのまま、今までの瑞樹自身のセリフだったから。
 実際、これまで“愛”なんて感じた経験など一度もない。ただ断るのが面倒だったり、ちょっと同情してしまったり―――そんな程度の理由だ。恋愛感情のないまま相手を抱いても、罪悪感を感じた事もないし、後悔した事もない。
 なのに―――さっきから感じているこの違和感は、何なんだろう?

 「“愛”はいらなくても、“情”には飢えてる―――あたしも、あなたも。そう思わない?
 「……」
 「なら、足りない者同士、ほんの少しだけ補いあう日があったって、構わないでしょう?」
 ―――本当に、そうだろうか。
 誘うような、でもどこか縋りつくような目をしている裕子を見て、ますます違和感が増す。
 「…なら、好きにすれば」
 それでも結局、瑞樹は、これまでと同じセリフを口にした。

***

 ―――しまった、ちょっと遅れたか。
 腕時計を確かめると、待ち合わせ時刻を10分以上過ぎていた。舌打ちすると、瑞樹は足を速めた。
 昨日の夜は、終電ギリギリで帰ってきて、家に入るとすぐにベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。そのせいで、結局蕾夏に今日の事を確認する電話もできなかった。一応会社からメールだけは出しておいたが、読んでいるのかいないのか、返事は来ていない。僅かな時間でもいいから電話をしておけば良かった、そう思い、瑞樹は眉を顰めた。
 ただ待ち合わせて映画を観に行くだけなら、ここまでの後悔はないだろう。でも……今日は、蕾夏の誕生日なのだ。よりによって。
 ―――というより、昨日、羽鳥裕子の誘いに乗らなきゃよかったんだよな、そもそも。
 その事を考えたら、余計気分が落ち込んで来た。

 昨日は、最悪の気分だった。
 裕子と話していた時から、瑞樹の中どこかが、狂うほどに“何か”を求めていた。もしかしたら裕子を抱けば満たされるのかもしれない―――そう思ったが、実際には全く逆だった。裕子に触れれば触れるほど増していく違和感に、吐き気すら覚えた。
 だから、裕子に何を言ったか、どうやって家まで辿り着いたか、そんな簡単な事すら、もう覚えていない。最後、見送りに出た裕子は間違いなく笑顔だったので、その点だけは救いだ。
 結局、残ったのは、自分に対する強烈な嫌悪感―――昨日の自分を消せるものなら消したい、そう思うほど、自分に対して嫌悪感を抱いている。

 ――― 一体、どうしちまったんだ? 俺は。
 雑踏の中を歩きながら、瑞樹はぼんやりと、そんな事を考えた。
 自分のコントロール外の所で、もう一人の自分が、荒れ狂っている。自分で自分を把握できないのは、なんとなく不安だ。でも、こんな状態で会って、蕾夏に心配されたくない。瑞樹は、雑念を振り払うように、頭を2、3回、大きく振った。


 待ち合わせ場所に着いた時は、既に20分近い遅刻だった。瑞樹は、雑踏に流されるようにガラス扉の中に入り、広いロビーの中、蕾夏の姿を探した。
 と、その時。
 「んだよっ、シカトすんなよっ」
 ヒップホップ調のだらけた服装の男が、苛立ったように誰かにからんでいた。しかも、2人。その凄みのある声に、何事かと目を向けた瑞樹は、彼らの向こうに蕾夏の姿を見つけ、思わずギョッとした。
 男たちにからまれていたのが蕾夏だったから、ではない。いや、それもあるが、蕾夏の服装に、より強いショックを受けたのだ。
 蕾夏は珍しく、黒のミニタイトを穿いていた。しかも、黒のモヘアの八部袖セーターを着ている。脱いで腕にかけたコートこそベージュだが、全身黒づくめだ。背格好も似ているので、昨日の裕子とどこかダブって見えてしまう。
 ―――嫌がらせとしか思えねー、あの服装…。
 勿論、蕾夏が裕子を知る筈もないのだが、今の瑞樹からすれば、一番して欲しくない格好だった。にわかに頭痛がしてきて、思わずこめかみを押さえた。
 「もう30分もここに立ってるんじゃんかよ。どうせ彼氏も来ねーって。俺らが相手してやっからさ」
 「どうせあれだろ、“アルマゲドン”見に来たんだろ? 俺らもそうだよ。一緒に見ようぜ。おごるからさ」
 そう言って食い下がる2人を、蕾夏は綺麗に無視していた。円柱にもたれて前を向き、まるで2人の存在など始めから無いみたいに、その場に静かに佇んでいる。
 「蕾夏」
 瑞樹が声をかけると、蕾夏はパッと瑞樹の方に顔を向けた。途端、表情がほっとしたように緩む。
 例の2人も振り向いたが、瑞樹はわざとそれを無視して、彼女の方に歩み寄った。
 「悪い。ちょっと遅れた」
 「ううん。さっき来たとこだから」
 ―――嘘つけ。30分ここに立ってるって言ってたじゃねーか。
 心の中でそうつっこみを入れつつ、瑞樹はわざと蕾夏の肩に腕を回した。肩を抱かれて、一瞬、蕾夏がびっくりしたように瑞樹を見上げてきた。が、瑞樹の真意を察したらしく、例の2人組に見せ付けるかのような笑顔を浮かべた。
 まるでこの場に存在しないみたいな扱われ方をした2人組は、毒気を抜かれたように、瑞樹と蕾夏が去っていくのをポカンと眺めていた。思ったとおり、追いかけてくる気配も全くない。
 「くっついてんのを引き剥がすだけの根性はないのか…案外あっけないね、あの人たち」
 肩越しにこっそり後ろを伺いながら、蕾夏はそう言ってくすっと笑った。
 「高校生位か? あれ。お前、もうちょい大人に見える努力しろよ。なめられ過ぎだろ」
 「嘘だぁ。大学生にはなってるよ。服装は変だったけど、顔、老けてたもん」
 服装が「変」な上に、顔が「老けてる」―――もの凄い言われようだ。あいつらに聞かせたかったな、と、瑞樹は苦笑した。
 「ま、とりあえず、25回目の誕生日おめでとう」
 「ありがと。でも…今日、瑞樹来るかどうか半信半疑だったよ。昨日、電話するって言ってたのにしてこなかったから。何かあったの?」
 いきなり、蕾夏が、一番触れて欲しくない話題を口にした。あっさり流すべきところなのに、急だったせいもあって、不覚にも動揺してしまった。
 「―――…ああ、ちょっと、忙しくてな」
 無意識のうちに、蕾夏の肩に乗せていた手を外す。
 ―――もの凄く、後ろめたい。
 なんで蕾夏に対して後ろめたいのか、よくわからない。が、罪悪感のあまり、ほんの指先ですら蕾夏に触れるのはまずい気がした。
 「あ、もしかして、デートだった?」
 蕾夏の方は、あくまでも無邪気だ。少しからかうような口調でそう言って笑うが、瑞樹は笑い返す余裕がない。
 「…デートなんかじゃねぇよ。第一、今日メールは送っただろ」
 不機嫌にそう返すのが精一杯だ。
 「あ、読んだ読んだ。ただ、時間ギリギリだったから、返事書く暇なかったんだ。ごめんね?」
 「…謝ったりするなって」
 ちょっと心配げに見上げてくる蕾夏から、思わず目を背けてしまった。バツが悪かったせいもあるが、それ以外の理由もあった。

 見慣れていない服装のせいなのだろうか。
 ふわりとした黒いセーターから覗く、その白い首筋に、一瞬、ドキリとさせられたのだ。

 ―――ありえねーだろっ! こいつに“女”感じてどうすんだよっ。
 自分は、やはりどこか壊れてしまったのかもしれない。とにかく、蕾夏より1歩前に出て、なるべく彼女を見ないようにした。
 「ねえ、この映画の監督って、“バッド・ボーイズ”の監督なんだよね。“ディープ・インパクト”とテーマが被りまくってるけど、やっぱりアクション性が高くなってるかなぁ?」
 瑞樹の気も知らないで、蕾夏はすっかり映画の話題に集中している。少し苛立ちつつも、いつものペースに戻れることに安堵した。
 「…キャスティング見ても、娯楽性は高そうだよな。最後は相当泣かせるらしいけど」

 ―――そう、この距離感が一番、心地良い。
 肩から外してしまった手が少し寂しい気がした。でも瑞樹は、その寂しさを、あえて無視した。


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