←BACKStep Beat TOPNEXT→

no056:
生徒会室
―Memories / Raika Side:1987―
-odai:82-

 

ヒトリキリノ、異邦人。

 「藤井さん、そろそろ起きた方がいいよ」
 「……うー…ん…」
 頭上から降ってくる声に抗うように、蕾夏はゴロンと寝返りをうった。
 「遅刻していいの? 今日、生徒会役員の選挙の日だろ?」
 「…うー…選挙なんてどうでもいいよー…お願い、もーちょっと寝かせてー…」
 「翔子はもう起きてるよ」
 「嘘っ!」
 一瞬にして、目が覚めた。
 蕾夏はがばっと起き上がると、隣に寝ている筈の翔子を探した。右隣に敷かれた布団の上に、翔子の姿はない。そのかわり、Tシャツにイージーパンツという姿の辻が、呆れたような顔であぐらをかいていた。
 「何時!?」
 「7時20分」
 「うわ、ギリギリじゃない!」
 昨晩は、両親が新聞社の慰安旅行で京都に行ってしまったので、辻家に泊まらせてもらっていたのだ。極たまにこうして互いの家に泊まりに行く事はあるが、朝の弱い翔子より後に起きるなんて、かつてない大失態だ。
 「やだもぉーっ! 辻さん、ずるいよ! 翔子ちゃんばっか早く起こしてっ!」
 辻の顔も見ずそう文句を言うと、蕾夏はキャミソールにショートパンツという格好のまま、大慌てで部屋を飛び出していった。
 「…相変わらず…色気がないなぁ…」
 くしゃくしゃの頭のまま、疾風のように目の前を走り去っていった蕾夏を見送りながら、辻はその無防備ぶりに苦笑した。

***

 2学期になると後期生徒会役員の選出が行われると知ったのは、その候補者を1、2年生の各クラスから2名出すように、と担任が告げた時だった。
 前期は前年度の3月に選出された2、3年生が務める生徒会を、後期は9月に選出される1、2年生が務める。それがこの学校のルールになっている。ただ候補を募ったのでは誰も立候補しない確率が高いから、各クラスから強制的に出させようという魂胆らしい。当然ながら、ホームルームの教室には、えーっ、という非難の声があがった。
 「えー、じゃないだろう。全クラス出すんだから、是が非でも2人出せ」
 出せ、と言われても、自ら手を挙げる人間など、誰もいない。
 アミダくじにしよう、とか、じゃんけんで負けた奴がやれ、とか無責任な発言が飛び交う中、比較的現実的な意見が出たのは、ホームルームも半ばに差し掛かった頃だった。
 「1学期に何も委員をやらなかった人で、部活動をやってない人から選べばいいと思います」
 確かに、部活動を熱心にやっている生徒は、生徒会も、となると大変だろう。良案と思われた。
 「そうだな。じゃあ、1学期何も委員をやらなかった奴で、今部活入ってない奴、手を挙げてみろ」
 手を挙げた顔ぶれを見て、蕾夏は硬直した。
 学校生活に馴染みきれていない蕾夏、目立つのは好きじゃない由井、そして素行に問題のある佐野―――以上。3人しかいない。
 ―――なんでもいいから、入っとけばよかった。
 激しく後悔したが、もう遅い。クラスメイトたちの視線を感じ、背中を冷や汗が伝っていった。
 「なんだ、3人だけか。じゃあ―――藤井と、由井。出てくれ」
 「えっ」
 てっきり、3人でじゃんけんでもさせられると思っていた蕾夏と由井は、担任教師の言葉に、目を丸くした。
 思わず振り返り、翔子の1つ前の席に座る佐野の様子を窺う。彼は、いつもそうであるように、憮然とした表情のまま窓の外を眺めていた。手を挙げはしたものの、ホームルームに参加している意識は薄いようだ。
 「他に案はないなー? ある奴、手を挙げろー」
 異論は、一切あがらなかった。こうして、蕾夏と由井の立候補は決定されてしまった。

 ホームルーム直後、蕾夏は真っ先に佐野のところへ行った。
 「佐野君!」
 面倒くさそうに鞄にプリントを押し込んでいた佐野は、蕾夏に呼ばれて、少しだけ目を上げた。相変わらず剃刀みたいに鋭い目で、一瞬心臓が止まりそうになる。
 「…あの…先生、勝手に決めちゃったけど、良かったの?」
 ちょっと心配げにそう訊ねると、佐野は、うんざりしたような顔で、帰り支度を再開した。
 「―――アホらし。リッコウホなんてかったりぃこと、俺は御免だ」
 「ひろむーっ」
 蕾夏がもう一言言おうとした時、廊下から、別のクラスの女の子が声をかけた。“ひろむ”―――佐野の名前だ。
 佐野は、無言のまま、鞄を手にその彼女の方へ行ってしまった。
 教師に、まるで存在しないみたいな扱いを受けた事を、彼はどう思ったんだろう―――不機嫌そうな佐野の背中を見送りながら、蕾夏は微かに胸の痛みを覚えた。

***

 由井にじゃんけんで負けたから、仕方なく「会長」に立候補した。
 ポスターを作れ、と言われたけど、写真は嫌だから、翔子に全然似てない似顔絵を描いてもらった。
 選挙演説は、その朝寝坊したせいで、何を言ったかも全然覚えていない。
 それなのに―――。
 「やりたくないよ…まだ日本の中学っていうシステム自体、慣れてないのに」
 「まぁ、がんばんなよ。オレも手伝うしさ」
 生徒会室の黒板に額をくっつけてうなだれる蕾夏を、由井はそう言って励ました。
 蕾夏は、3票差で、生徒会長に当選してしまった。そして由井も、かなりの僅差で、副会長に決まってしまったのだ。
 「余裕だね、由井君は。1年生の時、クラス委員の経験あるんだっけ?」
 蕾夏が、ちょっと恨みがましい目をすると、由井は困ったように笑った。
 「うん、まあね。でも藤井だってアメリカいた頃は、自分で映画同好会立ち上げたりして活動してたんだろ? 案外向いてると思うよ、生徒会長」
 「…でも、女の子たちが…」
 そう口走ると、由井が表情を曇らせた。
 「―――なに、女の子たちに、何か嫌がらせでも受けてる?」
 「え? あ、ううん、そんな事ない。けど…」
 蕾夏は、曖昧に言葉を濁した。どう言えばいいのか、わからなかった。

 蕾夏は、1学期から既に女子の中では浮いていた。
 当初は、単に自分の「慣れ」の問題だと思っていた。いずれは共通の話題も出来るだろうし、互いの性格がなんとなくわかれば、次第にうちとけてくるだろう、と。だが―――それが思い違いだったらしいことに、蕾夏は最近気づきつつある。
 生徒会立候補が決まった時、そして、会長に選出された時―――その時、自分の背中に浴びせられた刺すような視線が、蕾夏は忘れられなかった。
 1学期の時から、どこか非難するような視線にはある程度慣れてはいたが、生徒会立候補からこのかた、その視線がさらに厳しくなっていた。男子生徒とちょっと雑談をしているだけで、あからさまなほどの視線を感じる。授業であてられた時にも、席を立って本を読む蕾夏の背中に、常に厳しい目が注がれているのが感じられる。
 2学期になってから、蕾夏は、学校に来るのがかなり苦痛になっていた。休んでしまいたい、と思う日すらある。

 「やっぱり、オレにも原因、あるのかなぁ…」
 眉間に皺を寄せて、由井がそう呟いた。
 「何人かに訊かれたんだよね。藤井と付き合ってんのか、って。友達だって言っても疑うような目するし、結構困ってるんだ」
 「そうなんだ…」
 由井とあまり仲良くしない方がいい、と以前翔子が言ってた事を思い出す。あの時はよくわからなかったが、要するに翔子は、こういう事態を危惧していたのだろう。
 「女の子って、難しいねぇ…」
 「―――オレが言うならわかるけど、藤井がそれ言うのって妙だよな」
 「うん。そうなんだけど…もしかしたら、生まれてくる性別間違えたのかもしれない。女の子の考えてる事、全然わかんないんだもの」
 途方に暮れたようにため息をつく蕾夏に、由井は苦笑いを浮かべて、背中をポンと叩いた。
 「何か嫌がらせとかあったらさ、相談してきなよ。小山とか原田もいるんだし、辻さんもいるんだからさ」
 「…ん、サンキュ」
 なんとか笑顔は返したものの、蕾夏の重い気分は、なかなか晴れなかった。

***

 実際に生徒会の活動が始まると、これが思いのほか忙しいとわかり、蕾夏は焦った。
 後期は、体育祭と文化祭という2大イベントがある。これがキツい。クラスの出し物の練習と生徒会の活動を両立させなくてはいけないのだから。
 両立するためには、どうしてもクラスの活動が犠牲になる。体育祭の応援練習は、蕾夏も由井もほとんど参加できなかった。翔子が前日までに決まった事を教えてくれて、学校からの帰りに辻家で一緒に練習してくれたから良かったが、そうでなければ当日一人きりで突っ立ってるしかなかったところだ。
 そして、たまに加わる練習で、蕾夏はまたあの視線に(さら)される―――非難めいた、あの視線。

 「もう、どうしていいかわかんないよ…」
 体育祭をなんとかこなした日の帰り、立ち寄った翔子の家で、蕾夏は辻に愚痴をこぼしていた。当の翔子は、ピアノの先生が来ているとかで、1階でピアノのレッスンを受けている。翔子の前ではできない話なので、都合が良かった。
 「言葉の壁があるとか、そういう事じゃない訳?」
 ティーカップに紅茶を注ぎながら、辻が眉をひそめて言う。蕾夏は大きく首を振った。
 「私、日本語に不自由してないもん。アメリカでも日常会話は極力日本語にするようにお父さんに言われてたの。10年以内に帰国するって決まってたから。第一、言葉の壁感じる以前に、まず会話がないんだから、どうしようもないよ」
 「―――うーん、じゃあ、やっぱり女の子たちの嫉妬だね」
 その言葉に、蕾夏はキョトンと目を丸くした。
 「嫉妬?」
 「中学生位って、女の子の方が早熟だからね。男の子がまだ子供っぽい遊びに夢中になってる時期に、女の子は男の子の目を凄く意識するんだよ。だから普通は、相手が“男の子”だってだけで、藤井さんみたいにフランクに話す事はできないもんなんだよ」
 「“男の子”だってだけで…って、好きとか嫌いとか無関係に? 相手が誰でも?」
 「そうみたいだよ」
 結構、カルチャー・ショックだった。
 由井が翔子を意識してしまってうまく喋れない気持ちは、蕾夏にもよくわかる。好きな女の子には話しかけ難いものだ。その位の心の機微は、蕾夏だってちゃんと理解している。
 でも、相手が誰であれ、それが異性だというだけで話しかけられない、という気持ちは、理解の範疇外だ。でも、それが「普通」なのだと言う。蕾夏の方が変わっているらしい。
 「これで、藤井さんが箸にも棒にもかからない位目立たない子なら問題なかったんだろうけど、不幸にして藤井さん、先生のウケもいいし、大抵の子が苦手とする英語はペラペラだし、髪が長くて色白っていう、男の子にウケの良さそうな要素も持ってるし―――要するに、いろんな意味で“気に食わない”んだろう」
 「…よく、わかんないなぁ…やっぱり」
 蕾夏は、ため息とともに、紅茶にミルクを入れてかき混ぜた。
 「ま…とにかく、無難にふるまった方がいいよ。女の子も、集団になると怖いから」
 辻も同じようにミルクを入れながら、そう締めくくった。
 「無難に、ねぇ…」

 ―――無難に、って、具体的にどうすればいいの?
 男の子と喋らなくなればいいの? 全然話が合わない女の子と、無理に笑って話をすればいいの? 相手も居心地悪そうにしてるのがわかるのに? 生徒会ほっぽりだして、クラスの練習に加わればいいの? 由井君と仲が悪くなればそれで安心するの?
 あの子たちは、私に一体、何をどうして欲しいんだろう…?

***

 体育祭が終わって暫く経つと、今度は文化祭がやってくる。
 といっても、模擬店が出るような文化祭ではなく、クラス対抗の合唱コンクールと、文科系の部活の展示会や演奏会である。クラスは合唱の練習、生徒会は文化祭運営の準備で、また忙しくなる。
 バンド活動をしている生徒などが自主参加で行う演奏会もあり、その受付や演奏タイムテーブルの作成が一番頭の痛い問題だ。受付終了間際になっても、まだまだ参加希望者は出てくる。書記や会計の1年生は、クラスの合唱リーダーも兼ねていたため、その作業の全てが蕾夏と由井の肩にかかってきてしまった。
 2人揃って抜けてはまずいので、2人は交代でクラス練習を休み、練習と作業をなんとか両立させていた。

 「藤井さん! どこに行くの!?」
 放課後の教室で、バタバタと生徒会の用意をしていた蕾夏を、合唱のリーダーをやっている岡田という生徒が呼び止めた。
 「あ…練習だよね、合唱の。自主参加の受け付け、今日が最終日だから、また休まないといけないの。ごめんね」
 放課後に合唱の練習があるのは、蕾夏も知っていた。そのために、クラスメイトの大半が、既に視聴覚教室に移動していることも。事実、今教室に残っているのは、岡田を含め3人の女子だけだ。
 岡田は、蕾夏の返事を聞いて、あからさまに不愉快そうな顔をした。
 「書記の子や会計の子もいるじゃないの。なんで藤井さんと由井君ばっかり生徒会の仕事をやってる訳?」
 「え? それは…」
 「ちょうどいいわ」
 蕾夏の答えを待たず、岡田は腕組みをし、冷たい視線を向けてきた。
 「話があるの」
 それに呼応したように、残りの2人の女子生徒も、岡田のそばに歩み寄った。それを見て、このシチュエイションが計画されたものだったことを、蕾夏は悟った。


 「だいたい藤井さん、協調性なさすぎるわよ。クラスの活動には非協力的だし、女の子と積極的に仲良くなろうとしないし。帰国子女だからってお高くとまってんじゃないの?」
 「それに、男子に人気があるからって、いい気になりすぎよ。由井君ともベッタリだし」
 「先生たちだって、藤井さんだけ特別扱いじゃない? クラスの意見も碌に聞かないで生徒会に立候補させたりして」
 「どうでもいいけど、由井君のことはもう解放してあげてよね。あんたがずっとくっついてるから、由井君だって迷惑してるわよ」

 3人から次々に浴びせられる言葉を、蕾夏は呆然と聞いていた。
 どの言葉も、身に覚えのない事だ。
 クラスの活動に参加できないのは、生徒会のせいだし、帰国子女だと何故お高くとまる事になるのか全然わからない。男子と仲はいいけれど、人気があるとは到底思えない。生徒会立候補者の件も、先生は確か最後にみんなの意見を求めていたと思う。由井に関しては、彼が迷惑しているとは思えないし、べったりした覚えもない。
 ―――この子たちには、私、そんな風に見えるんだろうか。
 嫉妬だ、と、辻は言っていた。自分たちとは異質なものに対して、嫉妬してるのだ、と。集団になると怖いから、無難に立ち回れ、と。
 でも、辻は肝心な事を教えてくれなかった。
 無難に立ち回れなくて、こんな状況に陥った時―――どういうリアクションを返せばいいのか、という事を。

 「ちょっと! 黙ってないで、なんとか言いなさいよ」
 驚いたような顔のまま、黙って立ち尽くしている蕾夏に苛立ったのか、岡田が甲高い声をあげた。耳にキーンとくるその声に、蕾夏の茫然自失状態が解けた。
 不条理な事を言ってると、思う。腹が立ってくる。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ、と憤ってくる。
 でも。
 でも―――岡田の目は、なんだか、傷ついてるように見えた。自分の言葉に、自分で傷ついてるように。
 「…ごめんね」
 無意識のうちに、そう口にしていた。
 岡田が、びっくりしたような顔をする。予想外のリアクションだったのだろう。
 蕾夏は、精一杯の力を振り絞って、笑顔を作った。
 「そ…そんな風に思われてるなんて、知らなかったよ。私、まだ学校のこと、よくわかんなくて、いろいろ嫌な思いさせてたのかもしれないね。―――教えてくれて、ありがと。もし変なとこあったら、また注意して。ね?」

***

 誰もいない生徒会室に飛び込むと、蕾夏は荷物を全部机の上に放り出した。
 全力で階段を駆け上がったので息があがっているのだと、足が震えてるのもそのせいだと、思う事にした。
 椅子にストン、と座り込むと、緊張の糸がプツンと切れた。蕾夏は、机に突っ伏すと、声を殺して泣き出した。

 ―――なんだかもう、自分が凄く、嫌だ。
 なんで私は、どこに行っても「異邦人」にしかなれないんだろう。
 アメリカのプライマリー・スクールでもそうだった。「ライカの髪はどうして黒いの?」って訊かれて、自分だけが黒髪だって事に初めて気づいた―――でも、黒髪の子たちに囲まれたここでも、やっぱり私は異質な人間でしかない。仲間になんてなれない。
 どこに行けば、私が私として認められるんだろう?
 それとも、もっと私が大人になれば、どこに行ってもちゃんと仲間に入れるようになるんだろうか…。

 ふと、誰かが入ってきた気配があって、蕾夏は顔を上げた。
 ぼんやりした目を擦り、視界をはっきりさせる。やがて、自分の目の前に立っているのが、同じクラスの佐野だとわかった。
 慌てて、セーラー服の袖口で、涙を拭った。泣き顔など見せて、不審がられたくない。体を起こし、なんとか笑顔を作った。
 「さ…佐野君。どうしたの? 今って合唱の練習じゃない?」
 「…あんなガキどものイベントなんて、参加できっかよ」
 佐野は、吐き捨てるようにそう言うと、ポケットをごそごそと探った。
 「これ」
 いつもの憮然とした顔で、佐野が1枚の紙を差し出す。それは、自主参加の演奏会に出演を希望する紙だった。
 「佐野君て、バンド活動やってるんだ」
 「…まぁな」
 メンバー構成を見ると、どれも知らない名前ばかりだった。おそらく他クラスの生徒なのだろう。だが、演目を見た時、蕾夏の目が輝いた。つい今しがたまで泣いていた事も、一瞬頭から抜け落ちた。
 「へーっ! 渋いね、ディープ・パープルだなんて!」
 「…悪いのかよ」
 「違うよ。私も好きなんだ、ディープ・パープル。でもさ、他の参加希望者見てると、みんなボン・ジョヴィとかヨーロッパとか、最近のバンドばっかりやりたがるじゃない? 中学生でもディープ・パープルやってくれる人がいるんだと思うと、嬉しくて」
 蕾夏がそう言って笑うと、佐野も僅かに笑顔を見せた。相変わらず鋭い目つきで怖い感じだが、笑うとそれなりに親しみがもてる。いつもそうやって笑顔でいればいいのに、と、蕾夏は思った。
 「代表者は佐野君でいいんだよね?」
 希望者一覧にバンド名や曲名を書き写しながら、蕾夏が訊ねる。
 「ああ。―――生徒会って、結構大変か?」
 「うーん、まぁ、そこそこにはね。由井君もいるから、助かってる。一歩間違えれば、佐野君が生徒会長になってたかもしれないんだよ? 感謝してよね」
 「藤井」

 え? という感じで、蕾夏は顔を上げた。
 と―――それを見越していたかのように、佐野が少し身を屈める。
 次の瞬間、蕾夏の唇に、佐野の唇が、一瞬押しつけられた。

 「!」
 驚いて蕾夏が体を引くより早く、突然のキスは終わった。
 「さ―――…」
 「じゃあな」
 口にしかけた名前は、最後まで言わせてはもらえなかった。佐野は、そっけなくそう言うと、まるで何もなかったかのように生徒会室を出て行った。混乱していた蕾夏は、結局、佐野がどんな表情をしていたかすら、きちんと見ることはできなかった。

 ―――ちょっと、待ってよ。
 取り残された蕾夏は、暫く呆然としたまま、全く動けなかった。
 頭が、ついていかない―――あまりに多くの事を考えなくてはいけなくて。今まででさえ精一杯だったのに、この上佐野の事まで考えなくちゃいけないなんて、頭の容量が絶対足りない。

 …今のって、私のファーストキスなんだけどな…。
 こんなのって、あんまりじゃない?

 気づくと、今日2度目の涙が、蕾夏の目からこぼれ落ちていた。


←BACKStep Beat TOPNEXT→


  Page Top
Copyright (C) 2003-2012 Psychedelic Note All rights reserved. since 2003.12.22