←BACKStep Beat TOPNEXT→

 

no058:
宝探し
-odai:32-

 

キラキラシタ瞬間、見ツケタ。

―99.02―

 ファインダー越しに自分を見つめる視線に気づき、蕾夏は慌てて顔をあげた。
 時、既に遅し。瑞樹はファインダーから目を離しており、ちょうど今の1枚でフィルム1本を撮り切ってしまったのか、早くもフィルムを巻き取り始めていた。
 「撮ったの!?」
 「撮った」
 瑞樹の目が、一瞬だけ蕾夏の方を見た。その目は、明らかに笑っている。
 「お前、ほんと公園のベンチに弱いなぁ。ほっとくとすぐ寝る」
 「だからって撮らないでよ」
 うたた寝しているところを撮られた蕾夏はそう言って膨れ、風で顔にかかってしまっていた長い髪を手櫛で直した。
 「春になったら余計に寝そうだな」
 「…いいじゃない。夜、あんまり眠れない分、こうやってバランスとってるんだもん」
 「はいはい」

 瑞樹のフィルム交換が終わったのを見て、蕾夏は立ち上がり、瑞樹の隣に並んだ。2人並んで、またぶらぶらと歩き始める。
 池の縁に沿って歩くと、ジョギングしている人や子供連れと頻繁にすれ違う。まだ寒いけれど、公園は結構賑わっているようだ。
 「のど飴、いる?」
 風邪気味なので持参していたのど飴の缶を蕾夏がカラカラと鳴らしてみせると、瑞樹はにやりと笑った。
 「食わしてくれるんなら」
 「…バカ」
 蕾夏は、缶から飴を1粒取り出し、目にも止まらぬ速さで瑞樹の口の中にそれを入れた。所要時間、僅か2秒。
 「…速すぎ。これじゃ面白くねーよ」
 「面白がらないようにしてるんだから、当たり前でしょっ!」
 自棄になったようにそう言うと、蕾夏も1粒頬張る。瑞樹が覗き込んでみると、その頬は、やっぱり赤く染まっている。
 「前言撤回。やっぱ、面白い」
 「バカっ!」
 ますますそっぽを向く蕾夏の隣で、瑞樹はますます面白そうに笑った。

***

 世間的には、今日はバレンタイン・デー。
 2人は、いつもの休日同様に映画を観に行ったが、蕾夏は少々気まずい思いをした。
 大体、観た映画が悪かった。『ユー・ガット・メール』という、互いに顔も名前も知らない男女が、メールを通じて交流を深めるラブ・コメディ。観ていて、自分の身に置き換えて冷や汗をかいた映画というのは、これが初めてかもしれない。
 なんだか落ち着かない気分で映画鑑賞をし、ちょっと遅い昼食を食べた。そして今、2人は、都内のとある公園に来ている。
 浅草に写真を撮りに行って以来、映画などに行った帰りは、どこかへ写真を撮りにいくのが通常パターンになっている。
 蕾夏はこの写真撮影の散歩を「宝探し」と命名した。「写真に残したい位キラキラした瞬間」を見つけるための散歩だから、というのがその理由だ。それを聞いた瑞樹は「お前、コピーライターの才能ありそうだな」と言って笑った。
 この「宝探し」を、蕾夏は結構楽しんでいる。
 日頃、何気なく見落としたまま通り過ぎている物でも、被写体を探すという目的を持って歩いていると、不思議な位拾い上げる事ができる。そういう物に限って、見つけた時の新鮮な驚きや感動が大きくて、やたら嬉しくなる。そして何より嬉しいのは、蕾夏が見つけた「宝物」を、瑞樹も「宝物」だと思ってくれる事だった。
 どんな時間より、こうして小さな感動を共有する時間が大切だ―――蕾夏は、そう思っている。そして、今もその時間が持てる事に、蕾夏は心からほっとしていた。
 3週間ほど前―――その関係が崩れるかもしれない出来事が、2人の間にあったから。

 あの時は、何故か疑問さえ湧いてこなかった。
 多分、自分の辛い過去を吐露したばかりで、精神的にいっぱいいっぱいだったのだろう。感情がやたら昂ぶっていて、冷静に自分の行動を振り返るだけの余裕はなかった。自分たちの行動のとんでもなさに激しく動揺したのは、一人暮らしの部屋に帰って完全な平常心に戻ってからだった。
 誰もいない空間で、する事もなくぼんやりしていると、背中や髪や唇にやたらリアルに感触が甦ってきてしまう。蕾夏は、恥ずかしさで真っ赤になった顔をクッションにうずめてうろたえまくった。
 ―――あんなキス、いくら親友でも、ありえないんじゃない? …っていうか、親友ってキスなんてしないじゃん、普通っ! なんで私たち、あんな事しちゃったんだろう。恋人同士でもないのに…。
 納得のいく理由なんて、簡単に思いつかない。でも、悩み続けると仕事もままならない状態になりそうだ。蕾夏は極力、あの日のキスについては考えないことにした。

 幸いな事に、2人の関係は、表面上以前と全く変わらない。相変わらず、ほぼ毎日に近い頻度で、どちらからともなく電話をし、顔を合わせれば映画に行ったりビデオを観たり写真を撮りに行ったり。そんな日々が続いている。電話している時や顔を合わせている時の方が、一人でいる時より、かえって変に意識せずに済むようだ。
 ただ―――さっきみたいにからかわれると、どうしようもなく心臓が暴れてしまう。面白がられるとわかってるのに、思いっきり赤面してしまう。
 前からこういう悪ふざけは苦手だったが、ここまでじゃなかった気がする。やっぱり、あの日から、蕾夏の中の何かが変わってしまったようだ。

 ―――瑞樹は全然、どこも変わってないのになぁ…。
 なんか、悔しい。


 「…お前、それ、仕舞うなら仕舞うで、はっきりしろよ」
 呆れたような声で言われ、蕾夏ははっと我に返った。
 蕾夏は、のど飴の缶をトートバッグに仕舞おうとしているポーズのまま、歩いていた。どうやら、仕舞っている途中で、思考がトリップしていたらしい。
 「…私、いつからこのポーズ取ってた?」
 「3分位前から。よくそんな妙なポーズで歩き続けられるな。―――それより、あれ」
 瑞樹が前方斜め上を指差す。その方向を見あげた蕾夏は、思わず感嘆の声をあげて駆け寄った。
 「うわぁ、あれってメジロ!? かわいい!」
 あ、2羽いる、あれって“つがい”だよね、と感動しまくる蕾夏の手には、ずっとのど飴の缶が握られたままだ。
 ―――面白い。
 そんな蕾夏を、瑞樹は笑いを噛み殺しながら眺めていた。

***

 「あ、そういえばさ」
 メジロに一頻り感動し終えた蕾夏は、やっとのど飴の缶をバッグに収め、瑞樹の方を振り返った。
 「今日って、あんなにおごってもらっちゃったけど、良かったの? なんか悪いなぁ」
 ちょっと眉をひそめて蕾夏がそう言う通り、今日はかなりおごられてしまっている。
 いつもなら、映画のチケット代を出してもらえば昼をおごる、ビデオのレンタル代を出してもらえばカクテルバーを買う、といった風に、適度にお金を出し合っている。別にそう決めている訳ではないが、自然とそういうスタイルになっているのだ。だが今日は、映画も昼も瑞樹が払ってしまった。結構豪華めの昼食だっただけに、ちょっと気がひける。
 「俺が出すって言ったんだから、別に気にする事ないだろ」
 「でもさぁ…」
 「臨時収入あったから、さっさと使いたかったんだよ」
 「臨時収入? なんの?」
 「…詳細は聞かない方がいいと思う」
 さっさと使ってしまいたい臨時収入なんてあるのかな、と不思議に思ったが、それ以上訊くな、という無言のプレッシャーを感じて、蕾夏は詳細は聞かない事にした。
 「えーと、じゃあ…別におごってもらったお礼じゃないけど―――はい、これ」
 そう言って蕾夏は、バッグの中から、1つの包みを取り出し、瑞樹に差し出した。四角形で、青い包装紙に包まれていて、白いリボンがかかっている。瑞樹は、ちょっと驚いた顔でそれを受け取った。持ってみると、結構ずっしりと重い。
 「何?」
 「開けてみればわかるよ。一応、バレンタインのプレゼント」
 「?」
 破いてしまわないよう丁寧に包装を解いていくと、中から現れたのは、1冊の写真集だった。それを見て、瑞樹は更に驚いた顔をした。
 「…お前、よく覚えてたな、これ」
 「バレンタイン向きだよなぁ、って思って、話聞いた時から狙ってたんだ」
 蕾夏からのプレゼントは、ロベール・ドアノーという写真家の写真集だった。人物写真が得意で、恋人たちを写した“キス”シリーズ等が若い女性たちの間で結構人気がある。
 以前―――確か、"猫柳"の先輩の写真展に行った帰りだったと思うが、瑞樹は少しだけドアノーの話をした。人物なら彼の作品が一番温かくて好きだ、と。ただ、彼の写真集は、ロマンチックムード満点な“市庁舎前のキス”が表紙を飾っている場合が多くて、男は結構買い難い。だから瑞樹も持っていない。そんなような事を喋った記憶がある。
 「買う時、一通り中見たけど―――私もこの人の人物、凄く好き。子供も職人もカップルも、みんな優しい色して写ってる。モノクロ写真って、自分で色を自由に感じられていいよね」
 そう言って蕾夏が笑うと、瑞樹はやっと写真集から目を上げ、ふわりと柔らかい笑顔を見せた。
 「―――サンキュ。滅茶苦茶、嬉しい」
 「……」
 瑞樹のこういう笑顔は、初めて見た気がする。その笑顔に、蕾夏は一瞬、言葉を失った。
 続いて、何故か、顔がかあっと熱くなった。のど飴でからかわれた時以上に。
 ―――ええ!? な、ななななんで!?
 「ま…っ、まあ、瑞樹はいっぱいバレンタイン・チョコ貰ってるだろうと思うけど、1つ位変りダネがあってもいいよねっ」
 赤面してしまった事を誤魔化すように、蕾夏は不自然に大きな声でそう言って、先に立って歩き出した。そんな蕾夏の様子に苦笑しつつ、瑞樹が後に続く。
 「チョコなんて、貰っても食えねーし」
 「あ、そっか。甘いのダメだもんね」
 「特にチョコは駄目」
 「あれ? じゃあ、毎年バレンタイン・チョコってどうしてるの?」
 「…それも、聞かない方がいいと思う」
 「???」
 いまいち疑問が残ったが、やっぱりこれ以上訊くなという無言の圧力を感じ、蕾夏はそれ以上訊くのをやめた。

***

 その後、暫くのんびりと公園内をぶらついていたが、
 「ねぇ」
 隣を歩く蕾夏が、急に瑞樹の肘のあたりをつついた。
 「ん?」
 「あの子、もしかして迷子じゃない?」
 そう言って蕾夏が指し示す方を見ると、ベンチの前に立ち尽くして泣いている、3、4歳位の男の子がいた。その周囲には、大人の姿が全くない。
 「…かもしれないな」
 放っておく訳にはいかない。瑞樹と蕾夏は男の子の元に歩み寄った。
 「ねー、キミ。お母さんかお父さんは?」
 蕾夏が、男の子と目線が一緒になるようしゃがみこみ、そう訊ねる。ニューヨーク・ヤンキースのマークが入ったスタジアムジャンパーを着たその子は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を蕾夏の方に向け、続いて瑞樹の方も見た。
 「ママが…ここで待ってなさい、って」
 「そうなんだ。ママが行っちゃってから、どの位?」
 「…よくわかんない」
 「…そうだよね。よくわかんないよね」
 この位の子供じゃ、わからないのだろう。時計も持っていないし、心細さのせいで実際の時間よりずっと長い時間に感じている筈だ。
 瑞樹は周囲をもう一度見回した。目に入るのは、老夫婦2組と若いカップル1組、中年男性2人―――子供の母親らしき人物は、やはりこの辺りにはいなそうだ。
 「―――名前、言えるか?」
 瑞樹もしゃがみこみ、子供に声をかけた。
 男性はやっぱり怖いのか、男の子の顔が少し歪んだ。何か言おうとするが、うまく言葉にならない。瑞樹は苦笑し、男の子の頭をくしゃっと撫でた。
 「んな顔すんな。お前のママ来るまで、一緒に待っててやるから。名前、言ってみな?」
 「お…おおした、つとむ、4さい」
 名前と年齢をセットで覚えさせられているのだろう。つとむは、訊いてもいないのに、年齢まで答えた。
 『いいか、海晴。誰かに“おなまえは?”って訊かれたら、“なりたみはる、4さいです”って答えるんだぞ』
 幼い頃、1つ下の妹にそう言い聞かせたのを思い出し、瑞樹はなんともいえない気分になった。
 「つとむ君、ちゃんとお名前言えるんだ。偉いねぇ」
 蕾夏が満面の笑顔で頭を撫でてやると、つとむの表情がやっと緩んだ。やはり女性の方が馴染みやすいのだろう。
 「じゃ、つとむ君、一緒にママを待とうね」

***

 つとむの母親は、なかなか戻ってこなかった。
 瑞樹と蕾夏は、ベンチに座り、その間につとむを座らせた。つとむは、心細さでガチガチに固まってしまっている。
 「つとむ、鳥、好きなのか?」
 近くをウロついている鳩を気にしているつとむを見て、瑞樹が唐突にそう声をかけた。一瞬つとむはびくっと肩を震わせたが、おずおずと答えた。
 「…う、うん。ぼく、セキセイインコ飼ってるの。鳩も大好きだよ」
 「なら、あそこ見てごらん」
 そう言って瑞樹が指さしたのは、池のほとりの木の枝先だった。小鳥が2羽とまっているが、それぞれ色が違っている。
 「スズメだ」
 つとむは、ちょっと嬉しそうにそう言う。瑞樹は小さく笑う。
 「へー、つとむの家の近所には、あんな色したスズメがいるのか? そりゃ凄いな」
 「だって、スズメだよ」
 「違うよ。あっちの緑っぽい色のやつがメジロ、その下にいる赤っぽいやつがモズだよ」
 「えっ、モズ?」
 つとむに話しかけていた筈なのに、蕾夏がモズという言葉に反応して、声をあげた。
 「モズって、“モズのはやにえ”のモズでしょ? えーっ、あんなに可愛い鳥なの!? すごーい!」
 既に蕾夏の目は「宝物発見時のキラキラした目」になっている。彼女も鳥はかなり好きなのだ。そんな蕾夏をつとむはキョトンとした目で見上げ、ついで、蕾夏を眺めてくっくっと笑っている瑞樹の方を見た。
 「“モズのはやにえ”ってなぁに?」
 「ああ…モズは、虫とかカエルを獲って食べるんだけど、獲った虫を木の枝に刺しておいて、後から食べたりするんだよ。なんでなのかは、知らないけどな」
 「うわあ、虫、かわいそう…。メジロも虫を食べちゃうの?」
 「いや、メジロは、花の蜜を吸ったりするよ。つとむのセキセイインコは、何食べてる?」
 その質問をきっかけに、つとむは、自分の飼っているセキセイインコの話を、目を輝かせながらしだした。
 時に脱線したりして要領を得ないその話を、瑞樹は根気強く聞いている。時折茶々を入れてみたり、笑ってみたり―――つとむの意識が「お母さん」に舞い戻ってしまわないよう、たくみに話をコントロールしている。その様子に、蕾夏は少なからず驚いた。
 それにしても―――子供に優しく接している瑞樹なんて、瑞樹を陥落しようと躍起になっている女性陣には絶対想像がつかないんだろうな、と、蕾夏はこっそり考え、笑ってしまった。

***

 喋り疲れたのか、つとむは間もなく、瑞樹に寄りかかるようにして眠り始めた。
 つとむを見つけてから、そろそろ30分が経過するが、母親はまだ戻って来ない。親が子供を一人で待たせておくには、ちょっと長すぎる時間だ。
 「…どういう事なのかなぁ?」
 つとむの背中を、寝かしつける時のようにポンポンと軽く叩きながら、蕾夏は瑞樹に声をかけた。
 だが、瑞樹からの返事はなかった。彼は、少し硬い表情でつとむを見下ろしたままでいる。
 「瑞樹?」
 「ん?」
 「大丈夫?」
 「何が」
 ―――だって、凄く辛そうに見えるよ。
 そう言いかけて、蕾夏は口をつぐんだ。
 なんとなく、感じたから―――これは、多分、触れてはいけない瑞樹の領域なのだ、と。
 「あと10分経って来なかったら、交番行った方がいいな」
 「うん…そうだね」
 2人がそう判断した時。

 「つとむーっ!」
 遠くから、女性の呼び声がした。見れば、池の反対側から、縁をぐるりと回って走ってくる女性の姿―――年齢的には30代前半といったところだろうか。どうやら、つとむの母らしい。
 眠っていたつとむの体が、その声に反応してぴくん、と動き、目もぱっちりと開いた。そして、駆け寄ってくる母の姿を確認すると、
 「ママだ!」
 と嬉しそうに言い、ベンチから飛び降りた。
 駆け寄ってくる女性の顔を見て、瑞樹も蕾夏も少し驚いた。何故か、とんでもなく怖い顔をしているのだ。
 が、その理由は、次にその人物から発せられた言葉で、すぐにわかった。
 「あんたたち、うちのつとむに何してたの!?」
 ―――は?
 瑞樹と蕾夏は、思わず顔を見合わせた。
 「つとむ! 早くこっちいらっしゃい!」
 「ママ〜、どこ行ってたの?」
 「知らない人とお話しちゃダメって、あれほど言っておいたでしょ!?」
 足元でじゃれつくつとむを、母親はそう言って叱った。
 つまり―――自分が長時間子供を一人きりで放っぽり出してたことは棚にあげて、つとむを心配して付き添った2人を「不審人物」扱いした挙句、知らない人と話したと言って叱っている訳だ、この母親は。
 蕾夏の中に、爆発寸前の怒りがこみあげてくる。
 だが。
 「何言ってんだよ、てめーは!」
 蕾夏が口を開くより前に、瑞樹が立ち上がって怒鳴った。母親は、びっくりしたように瑞樹を凝視し、固まる。
 「泣いてるつとむを見つけたのが蕾夏だったから良かったけどな、誘拐犯や変質者だったら、あんた、どうするつもりだったんだよ! 見つけてからもう30分以上経ってるんだぞ!? 子供をこんな所に一人で置いておけるような時間じゃないだろ!」
 「しょっ…しょうがなかったのよっ! 子供を連れていけるような所じゃ」
 「なら、子供はどっかにちゃんと預けてから動けよっ! あんた、母親だろ!? どんな思いでつとむがここにいたと思ってんだ!」
 母親は、言葉につまった。
 と、その時。まるで母親と瑞樹の間に入るように、つとむが母の前に立ちはだかった。
 瑞樹の顔を睨み上げると、つとむは叫んだ。

 「ママをいじめるな!」

 今度は、瑞樹が言葉につまった。
 なんとも言えないやるせなさが、その場を覆う。
 自分を放置しておいてなお「しょうがなかった」とうそぶく母を、(かば)おうとする子供―――いじらしいけれど、いや、だから余計に、やるせない。
 瑞樹は、それ以上何も言う様子は無かった。黙って、自分を睨み上げるつとむを見下ろしている。耐え切れず、蕾夏は瑞樹の袖を引っ張って座るよう促し、つとむの母に向かって口を開いた。
 「あの…つとむ君、ここでずっと泣いてたんです。交番に連れていこうと思ったんですけど、ママがここで待ってろって言った、って言いはるので―――もう、つとむ君をあんな風に泣かせないで下さい」
 「…はい」
 母親は、少し冷静になったのか、弱々しい声でそう答えた。そして、2人に向かって、頭を下げた。
 「すみません、ヘンな勘違いして…。お世話をかけました。―――さ、つとむ、おうちに帰ろうね」
 母親は、つとむの手を握ると、逃げるようにして去っていった。子供の足ではついていくのがやっとなスピードだ。最後まで自分本位な親だなぁ、と、蕾夏は少々呆れた。

 隣に腰を下ろした瑞樹は、一見無表情とも思える顔で、歩き去る親子を見送っていた。
 「…宝探しだったのに、とんでもない物、見つけちゃったね」
 蕾夏がそう声をかけると、視線をようやく蕾夏の方に向け、寂しそうに苦笑いした。
 「そうだな」
 「―――瑞樹?」
 「ん?」
 「大丈夫?」
 さっきと、同じセリフ。
 でも今度は、瑞樹は「何が」とは訊ねなかった。その代わり、首を横に振り、疲れたようにその頭を蕾夏の肩に預けてしまった。
 「―――リセットできるまで、こうしてていいかな」
 蕾夏はちょっと驚いたが、微かに微笑んだ。
 「うん―――いいよ」

 ―――いつかは、話してくれるよね。
 心の中で、そう呟く。
 彼の見る悪夢をわかってあげられないこと―――それが、蕾夏には無性に寂しく感じられたのだ。


←BACKStep Beat TOPNEXT→


  Page Top
Copyright (C) 2003-2012 Psychedelic Note All rights reserved. since 2003.12.22