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no068:
王様
-odai:81-

 

絶対服従、危険ナゲーム。

―99.04―

 「ねーっ、何でですかー!?」
 「あー、俺、何も聞こえねぇ」
 「猫やんーっ!」
 「ボクかて知らんがな。ボクにふらんといてぇな」
 部屋の真ん中で、行き交う人間全員に質問しまくる彼女と、誰一人目を合わそうとしない。蕾夏は率先して夕食の終わった食器を厨房に運んでいるし、"江戸川"夫妻にいたっては、すっかりリビングコーナーに落ち着いてしまって、さっきから優雅に緑茶をすすっている。
 ―――ていうか。なんでこいつが、ここに居る?
 瑞樹と"江戸川"は、そう言いたげな目で、蕾夏と一緒に食器をせっせと運ぶ"猫柳"を睨み上げた。"猫柳"は力ない笑いを見せ、瑞樹の耳元に囁いた。
 「うっかり口滑らしてしもーてん…おとついのチャットで。“ハルさんが行くならミミも行くー!”っちゅうてきかんから、一応ペンションの場所だけ教えといたら、ほんまに北海道から来てもうた」
 そう、先ほどから騒ぎまくっているのは、北海道のゲームプログラマー・"mimi"である。
 夕食直前になっていきなり彼女が現れた時には、その場の全員が凍りついた。なにせ北海道から、である。その執念にはすさまじいものがある。
 彼女が騒いでいるのは、何故瑞樹と蕾夏の部屋が隣同士で、自分の部屋はずーっと離れてるのか、という事についてである。単にペンションに到着した順に部屋が割り当てられただけなのだが、"mimi"は納得してくれない。
 「…責任とれよ」
 「えぇ〜、ボクに責任とれやなんて、ハルさんてばいけずぅぅ〜」
 「やめろ…気色悪い」
 "mimi"1人いるだけで、疲労度は5割増である。瑞樹はちょっときつめに"猫柳"を睨んでおいた。

***

 ―――あー、結構歩いたから、体だるいなあ。日頃の運動不足がこういう時に影響するんだよね。
 ドライヤーで髪を乾かしながら、蕾夏は大きな欠伸をした。
 さきほど"mimi"が「タタミ・ルームでレクリエーションしますから、シャワー浴びたら来て下さいねー」と伝えに来たが、何をする気なのだろう?
 ―――第一、タタミ・ルームって何? このペンションのパンフレットにもそう書いてあるんだよねぇ…素直に「和室」って言えばいいのに。日本びいきの外国人みたい。
 そういえば"猫柳"も、ペンションのオーナーである"猫柳"の兄も、揃って銀髪である。本当に日本かぶれの外国人かも、と想像し、蕾夏はくすくす笑った。
 他にも若干泊り客がいるし、さすがにパジャマ姿でうろうろするのもまずいので、Tシャツにウェストゴムのスカートという部屋着状態で部屋を出た。するとそこへ、ちょうど隣の部屋の瑞樹も廊下に出てきた。
 「眠そうだねぇ」
 「そっちもな」
 半乾きの髪の瑞樹は、コットンのイージーパンツに洗いざらしのTシャツ姿で、やはり欠伸をしていた。瑞樹の部屋着姿というのは初めて見たかもしれない。
 「あ! また2人で一緒にいるーっ!」
 目ざとく"mimi"が見つけて、こちらに走ってきた。彼女の服装は、ピンクハウスのヒラヒラのネグリジェ姿である。これでペンションの中を歩き回るとは、かなりの度胸だ。
 「す…凄いね、そのネグリジェ」
 「うふふー、可愛いでしょっ。ライさんもネグリジェ着てくれば良かったのにぃ。白のレースとか、絶対似合いますよぉ?」
 「―――冗談でしょ」
 「ところで、レクリエーションとか言ってたけど、何やるんだよ」
 "mimi"が自分にも何か感想を求めそうな予感がして、瑞樹は先手を打つようにそう訊ねた。すると"mimi"はニッコリ笑い、答えた。
 「王様ゲームだって〜」
 フリーズする瑞樹をよそに、隣にいる蕾夏はのほほんと、
 「何? 王様ゲームって」
 と訊ねた。

***

 「やめといた方がいいって」
 「だからなんで」
 「お前はダメ。絶対後悔する羽目になる」
 「だって、ただでさえ江戸川さんの奥さん寝ちゃって、人数少ないじゃない。私抜けちゃったら、ゲームとして成立しないんじゃないの?」
 他のメンバーに聞こえないよう、小声でそう反論すると、
 「…何が起きても、俺にはどうしようもねーからな。覚悟しろよ」
 やはり小声で、瑞樹がそう答えた。その顔は、ちょっと怒っているように見える。
 "猫柳"が説明したところによると、王様ゲームとは、みんなでくじ引きをして、1番を引いた人が「王様」になって残りの人間に命令を下すゲームらしい。その説明を聞いても、瑞樹が何をそんなに心配しているのか、蕾夏にはよくわからなかった。
 畳の上に輪になって5人が座り、各自、好みの飲み物を傍らに置いた。蕾夏は勿論、ウーロン茶。瑞樹は、カクテルバーが無いためか、滅多に飲まないバーボンを置いていた。瑞樹がバーボンを選ぶのは、機嫌が悪い時と相場が決まっている。
 ―――なんで、こんなに機嫌悪いの?
 自分の左隣で、壁に寄りかかって憮然としている瑞樹を、ちょっと途方に暮れて蕾夏は眺めた。
 「んではまずー、1回目のくじ引きをしましょう」
 やはり部屋着姿の"猫柳"が、割り箸で作ったくじが5本挿してある不透明なコップを、円陣の中央にドン!と置いた。全員、思い思いに割り箸を引き抜く。割っていない割り箸にデカデカと書かれた番号は、本人以外にも思いっきり見えているのだが、5人しかいないゲームのせいか、誰一人気にする様子もなかった。
 第1回目の王様は、どうやら"江戸川"のようだった。服装が彼だけ浴衣だが、あれは自前なのだろうか―――忍者や侍が大好きな彼だけに、十分あり得る話だ。
 「えーでは―――3番。腕立て伏せ10回よろしくー」
 「うわ、いきなりかいっ」
 3番は、どうやら"猫柳"らしい。超ど派手なアロハ柄の部屋着をパタパタとはたくと、"猫柳"はやおら立ち上がり、
 「も〜、ボク、お坊ちゃん育ちでか弱いんやから、こないなハードな命令せんといて下さいよ」
 と泣き言を言いながら、腕立て伏せを10回クリアした。

 2回目は、瑞樹が王様だった。
 「2番。大阪環状線外回りの駅名を天王寺から暗唱」
 「なんやそれ〜! またボクかいな。っちゅーか、ボクしか暗唱できひんて、それ」

 3回目は、蕾夏が王様。
 「4番の髪の毛を、5番が半分だけ三つ編みにすることっ」
 「…ライまでボクを狙い撃ち? あんまりや…」

 "猫柳"の銀髪は、"mimi"の手によって右半分だけ女学生のようなお下げ髪になった。その妙な姿に、一同ゲラゲラ笑った。
 以下、蕾夏が何故か「春の小川」の1番を歌わされたり、"江戸川"に「宴会で使えるかくし芸」が課せられたり、瑞樹と"猫柳"のアームレスリング、"mimi"の廊下の乾拭き―――と、命令は続いた。
 ―――結構、面白いじゃない。
 別に瑞樹が怒るほどのこともないじゃない、と、蕾夏は次々課せられる課題を楽しみながら思った。

 だが―――蕾夏を除く全員に酒が回り始めた頃。
 次第に雲行きが怪しくなってきた。

***

 「猫や〜ん、王様ゲームって言ったら、ポッキーがなくちゃダメでしょ〜」
 "mimi"が、かなり飲みすぎな声でそう文句を言うと、"猫柳"は得意げに、
 「勿論、用意してるで」
 と、ポッキーを1箱取り出した。
 「何、ポッキーが、どうかしたの?」
 何故ここでポッキーが登場するのかわからず、蕾夏は小声で瑞樹に訊ねた。が、瑞樹は蕾夏を一瞥し、ぷい、と横を向いてしまった。なんでここまで機嫌が悪いんだろう、と眉をひそめた蕾夏は、ふと畳に直に置いてあるバーボンの瓶に目をやってギョッとした。
 ―――ちょっと、瑞樹…、こんなに飲んで大丈夫なの!?
 たかだか1時間程度で飲んだにしては、瓶の中身がやたらハイペースで減っている。瑞樹が酔ったところなど見たこともないが、このペースは彼の「普通のペース」なんだろうか? 本気で心配になってきた。
 「じゃー、ライさん、さっき王様だったから、最初に引いてっ」
 "mimi"に促されて、何回目かわからないくじを引くと、蕾夏の手の中の割り箸には「5」と書かれていた。"猫柳"が3。"mimi"が2。"江戸川"が王様で、最後に引いた瑞樹は無言で指を4本立てた。
 「そんじゃあそろそろ、メインイベント始めますか」
 酔いが回って、いつもより喋り方がトロンとした感じの"江戸川"が、にっ、と笑った。
 「3番と5番、ポッキーを両端から食べることー! ルールは一方が半分以上食べるまでギブアップ禁止!」
 「は?」
 ―――ポッキーを両端から食べるって…なに?
 「はーい。ほんじゃあライ、チョコついてる方譲ったるわ」
 真向かいに座っている"猫柳"が、ポッキーのチョコのついてない方の端をくわえ、蕾夏との間合いを詰めた。それで初めて、「両端から食べる」の意味がわかった。
 「え…えええー! そ、そんなの嫌だっ」
 「王様の命令には絶対服従なんやで、このゲーム。はい、覚悟決めて、こっちから食べて」
 ―――やだやだ、絶対嫌だーっ! こんなの、要するにキスさせるための小道具じゃんー!
 勿論そうなのだが、場は完全に、やらないと先に進みそうにない状況になりつつある。瑞樹の言っていた「後悔する羽目になる」の意味が、ようやくわかった。
 それならそうと前もって言ってよ、と、蕾夏は瑞樹を睨んだが、睨まれた瑞樹は、肩を竦めただけで、知るか、という風に顔を背けてしまった。
 「…ど…どっちかが半分食べれば、そこでゲーム終了なんだよね…?」
 確認するように"江戸川"に訊くと、彼は大きく頷いて「いいから早くやんなさい」と学校の先生のような口調で言った。
 ―――わかったわよっ。やってやろうじゃないの。
 ある作戦を胸に、蕾夏は覚悟を決めて、ポッキーを口にくわえた。
 「では―――よーい、スタート!」
 "江戸川"の掛け声。
 と同時に、蕾夏はえいっ、と半分ほどの長さを一口で齧ると、ぱっと飛び退いた。
 時間にして、僅か1秒。その間、"猫柳"は1ミリも進んでいない。
 「あ! ずるっ!」
 "猫柳"が抗議の声をあげる。"mimi"と"江戸川"が大ウケして、ゲラゲラと笑った。
 「ずるくないよーだ。食べたもん、ちゃんと端っこから、半分以上っ」
 「あかん〜! 今のは無効やっ」
 嘆く"猫柳"に、蕾夏は得意げな笑みを返す。そんな2人を見て、瑞樹は密かに笑いを噛み殺していた。

***

 ポッキーの洗礼は、その後も続く。
 蕾夏も2回ほど回ってきたが、辛くも逃げ切った。"江戸川"と"猫柳"という組み合わせでは、互いにタイミングを逃して唇が触れてしまい、ショックを受けていた。瑞樹も"mimi"とするよう命令されたが、1ミリも食べ進まずに、"mimi"が半分食べたところであっさり「ギブアップ」した。「俺、チョコ嫌いだから食いたくねぇ」と涼しい顔で言って、"mimi"に凄い目で睨まれていた。
 レクリエーション開始から2時間以上経過し、"mimi"あたりは、ほとんどベロベロ状態になりつつある。"江戸川"も顔が真っ赤になっている。酒に強い瑞樹と"猫柳"に変化は見られないが、本当の意味で素面(しらふ)なのは、ここでは蕾夏だけである。
 「もうそろそろお開きにした方がいいんじゃないの」
 蕾夏がそう提案すると、"猫柳"は時計を見て、
 「じゃ、ラスト3回っちゅーことでぇ」
 と告げた。素面にしか見えない"猫柳"だが、完全に舌が回らなくなっていた。

 ラスト3回の1回目は、"猫柳"の頬に"江戸川"がキスをする、というハードな命令を"mimi"が下した。泥酔の"江戸川"は、笑顔で命令に従った。彼の妻がこの場にいなくて良かったと、全員が思った。
 2回目は、"mimi"が"江戸川"のどこか1箇所にキスをする、という命令を"猫柳"が下した。"mimi"は「江戸川さんじゃなぁ〜」と言いながら、恐ろしい事に、"江戸川"の唇にキスをした。彼の妻がこの場にいなくて本当に良かったと、全員が思った。
 ―――というか、江戸川さん、もしかしてお酒飲むと性格壊れるタイプなんじゃないの?
 うりざね顔、と称されるタイプの顔をゆで蛸のように真っ赤にしながら、超ご機嫌でゲラゲラ笑う"江戸川"に、周囲の人間は少し唖然としていた。
 そしてついに、最後のくじ引き。
 蕾夏が2、"mimi"が3、"猫柳"が5、"江戸川"が1。瑞樹が4を引いた。
 「ふーん。僕が最後かぁ」
 "江戸川"が、1番のくじを握り締めて、ニヤリと笑う。そして、"猫柳"と顔を見合わせて、大きく頷いた。
 「ええですよ。もうこれが最後やから、後先考えんと、好きな命令出しホーダイですわ」
 「そう? じゃあ、予定通り」
 「???」
 "江戸川"と"猫柳"以外の3人は、何の話やらわからず、眉をひそめて2人の様子を眺めていた。と、"江戸川"がくるりとこちらを向いた。やたらと嬉しそうな笑顔を、満面にたたえて。
 「2番さんと4番さーん」
 呼ばれた瞬間、とんでもなく嫌な予感がして、蕾夏は顔を強張らせた。
 「2人揃って現地集合に大幅に遅れてきた罰として、これで一本勝負することー!」
 そう言って"江戸川"が2人に指し示したのは、残り1本になった、ポッキーだった。

***

 「…ハル、言っていい?」
 「どうぞ?」
 「―――かなり、後悔してる」
 「今更遅い」
 どちらもポッキーをくわえたままで喋るので、いまいち発音が不明瞭になってしまう。両者憮然としたまま、ポッキーの長さの距離の先にいる相手を睨んだ。
 「ライ、一気食いはもう認めへんで。ハルも、食わん作戦はナシやからな?」
 "猫柳"が、妙にワクワクした顔で声をあげる。最高に不機嫌そうな顔の"mimi"と、日頃の品行方正さはどこへ行った、という位へべれけ状態の"江戸川"が見守る中、最後の王様の命令は実行されることとなった。
 「ほんなら、いきまっせー。…よーい、スタート!」
 合図と同時に、蕾夏は一口だけ食べ進んだ。
 瑞樹も一口だけ食べ進んだが、そこで両者ストップ。
 「…食えよ」
 「…そっちこそ」
 「無理すんな。降参するなら、今のうちだぞ」
 ふっ、と笑うようにそう言われると、元々負けん気の強い蕾夏は、かえって意地になる。
 「とかなんとか言って、ほんとは自分がギブアップしたいんじゃないの。無理しなくていいよ」
 よく似た感じにふっと笑ってそう言うと、瑞樹も意地になったように眉を顰めた。
 「バカ。降りるんなら、お前が先だろ。誰のせいでこうなったと思ってんだ」
 「遅れてきたのは連帯責任じゃん」
 「忠告無視してゲームに参加したのはどこの誰だよ」
 「忠告ったって、肝心なところ教えてくれなかったじゃないっ」
 「俺だってこいつらがここまでバカだとは思わなかったんだよっ」
 「ああ〜、もう、バカでもなんでもいいからさ。さっさとやっちゃいなよ、早く早く」
 ―――これからは絶対、江戸川さんの事を“良識派”だなんて言ってやんないんだから…!
 焚きつけるように上機嫌に急かす"江戸川"を、蕾夏は横目で恨めしそうに睨んだ。
 一方の瑞樹は、そういう態度に出るか、という風に片眉を上げて"江戸川"の顔を見た後、半分涙目状態の蕾夏の目を、真正面から見据えた。
 「ライ」
 「え」
 「5秒我慢しろ」
 「え!?」
 それってまさか―――。
 「…じ…冗談…だよね?」
 「いや、マジ」
 言った次の瞬間、瑞樹が残りのポッキーを一気に食べ進んだ。その勢いにまかせて、唇が蕾夏の唇に押し付けられた。
 「――――――…!!」
 一気に、体温が上昇した。
 他の3人が、唖然としてフリーズする。その雰囲気を肌で察し、蕾夏の体温がさらに二割増で上がった。
 硬直した蕾夏をよそに、瑞樹は憮然とした表情のまま、フリーズ状態の"猫柳"と"江戸川"の方を睨んだ。
 「―――これで満足かよ。え?」
 「……」
 ポカン、としていた2人が、そのセリフを合図にしたみたいに、瞬時に赤面する。それを見て、蕾夏の理性の糸の最後の1本が切れた。
 「ばっ…馬鹿ぁーーーっ!!!」
 気がついたら、すぐ後ろに積んであった座布団を、男3人めがけて投げつけていた。

***

 ―――あー、最悪の気分。
 翌朝、蕾夏は、重たい頭を抱えて身支度をしていた。
 座布団を投げた後の記憶は、正直言ってほとんど無い。ただ、泣きながら歯を磨き、泣きながら着替えをし、泣きながらしっかり目覚まし時計をセットした記憶だけは、おぼろげながらある。朝見たら、脱いだ服まできちんと畳んであった。人間の脳は、時々訳のわからない事をするものだ。
 まだシャキッとしない頭のまま、朝食を食べに行こうとドアを開けた。
 と、まさにそのタイミングで、隣の瑞樹の部屋のドアも開いた。
 「……」
 お互い、今更閉める訳にもいかず、気まずいムードの中、廊下に出てきた。
 「…おはよ」
 「…はよ」
 言葉少なに挨拶を交わし、並んで食堂に向かう。
 「昨日って、あの後どうなったの」
 「…さぁ。俺もよく覚えてねー…。結構飲んでたからなぁ…」
 「まさか、ポッキーの件も覚えてないとか言わないでしょうね」
 「それは一応、覚えてる」
 「酔ってたにしても、やりすぎじゃない? 全く…」
 「…まぁ―――確かにな」
 憮然とした口調でそう言い、瑞樹は眉を顰めた。ハイペースで減っていたバーボンを思い出し、蕾夏も眉を顰める。あのボトルを取り上げていれば…と思うが、後悔先にたたずだ。
 「それにしても、集合の時、2人とも何も文句言わねーから、変だとは思ってたけど…ありゃ確信犯だよな」
 「うん、間違いなく、最初からそのつもりでレクリエーションやったんだと思う。…とりあえず、“王様ゲーム”の危険性は、よく理解できた」
 「二度と参加すんなよ」
 「ライさんっ」
 とそこに、後ろから追いついてきたらしい"mimi"が、蕾夏に声をかけた。
 「おはよーございますっ。今日はミミと一緒に朝ごはん食べましょっ」
 相変わらずピンクハウスのヒラヒラ服に身を包んだ"mimi"は、そう言って蕾夏の腕をくいっと引っ張った。てっきり瑞樹と一緒に食べたがると思っていた蕾夏は、その行動にキョトンとした。
 「私?」
 「勿論ですっ」
 「ふーん。俺はもういいんだ?」
 少しからかいを含んで瑞樹がそう言うと、"mimi"は冷たい視線を瑞樹に向け、ツン、とそっぽを向いた。
 「人前で、恋人でもない女の子にキスしちゃうなんて、サイテー。バーボンがあれだけ減ってれば酔っ払わない方がおかしいとは思うけど、ハルさんがそんな事するなんて、もー幻滅ですっ」
 ―――妻子もちの"江戸川"に、人前で思いっきりキスしたくせに…。
 瑞樹も蕾夏も、自分の事は棚に上げた"mimi"の発言に、少々呆れる。が、当の"mimi"はお構いなしだ。
 「ライさんも、こういう男には注意しないといけませんよっ。ライさんはミミの憧れなんですから、誰ともキスなんてしちゃ駄目なんですからねっ。―――さささ、行きましょ」
 「えっ、あの」
 驚く蕾夏を無視して、"mimi"は蕾夏の腕を引っ張って、ずんずん食堂へと歩き出してしまった。小柄なのに力持ちな"mimi"の力を前に、蕾夏はあっけなく引っ張られていってしまった。
 引っ張られながら振り返ると、瑞樹は笑いを必死にかみ殺している。もう一言二言文句を言おうと思っていたのに、結局蕾夏は、そのタイミングを逸してしまった。


 「…予想通りの反応だよなぁ…」
 ずるずると"mimi"に引きずられていく蕾夏の後姿を見送りながら、瑞樹は笑いを押し殺していた。
 ―――これでミミも、二度と俺を追っかけたりしねーよな。嵌めやがった猫やんと江戸川の鼻も明かせたし…(にわか)仕立てのシナリオにしては、上出来上出来。
 問題は―――あの位のバーボンじゃ、ほとんど飲んでないに等しい状態だ、という事が、いつ蕾夏にバレるかだが…。
 とりあえず、素面とバレているであろう、同じく酒豪の"猫柳"にだけはフォローを入れておこう―――と考えながら、瑞樹は食堂へと向かった。


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