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no072:
回復する傷
-odai:65-

 

沙弥香ノ事情。 奈々美ノ事情。

―99.05―

 目が覚めると、隣に寝ていた筈の和臣がいなかった。
 「あ、あれ…? カズ君?」
 「…奈々美さん…ここ」
 妙に下の方から声がする。慌てて周囲を見渡すと、布団が半分、ベッドからずり落ちてるのがわかった。
 覗き込んでみたら、和臣は、布団と一緒にベッドから転落していた。ご丁寧に枕まで一緒に落ちている。
 「…おはよ、カズ君」
 「おはよう、奈々美さん。よく眠れた? 奈々美さん、このベッド初めてでしょ?」
 「あ、うん。よく眠れた…けど…どうしたの? いつ落ちたの?」
 「オレにも、よくわからないんだ。目が覚めたら、この状態だったから」
 「…もしかして、今までも落ちてたの?」
 「ははははー、鋭いね。実は毎日落ちてるんだ」
 先行で新居に住んでいた和臣は、ベッド購入後はこのベッドで寝ていた―――広いダブルベッドに、一人で。それでも毎日落ちているというのだから、尋常ではない寝相だ。
 「ふわぁ〜…今って何時?」
 「ええと…あらら、もう9時過ぎてるわ。起きましょ」
 「うん。…あ、でも、もうちょっと、ゆっくりしよう?」
 和臣はそう言って、掛け布団と枕を持って、ベッドの上に這い上がった。奈々美の隣にゴロンと横になり、奈々美の頬にキスをする。
 「新婚初日だもんね。少しくらい、余韻がなくちゃあ」
 「うふふ、そうよね」
 奈々美も、枕に頭を沈める。やっぱりダブルベッドにしてよかったな、と、頭の隅っこの方で思う。和臣がベッドから落ちるのが気になりはするが、多分和臣のことだ。シングルベッドに一人で寝ても、やっぱりベッドから落ちるのだろう。

***

 次に目が覚めた時、時計は11時近くを指していた。
 ―――やっぱり結婚式って疲れるのねぇ…。
 熟睡している和臣の寝顔に苦笑しながら、奈々美はそっとベッドを抜け出し、手早く着替えた。
 まだ住みはじめて1日経っていない、新しい我が家。和臣が自炊などする筈もなく、ゴールデンウィークに買い揃えた鍋やフライパンは、完全に新品のままだ。まだ買い物にも行っていないので、冷蔵庫にはほとんど何も入っていない。お昼は外に食べに行くしかないかな、と思いつつ、奈々美は紅茶のためのお湯だけは沸かし始めた。
 それにしても、無事に式が終わって良かったな、と、笛吹きタイプのケトルをコンロにかけながら、昨日1日の事を思い出す。
 誓いの言葉やブーケ・トス、ケーキカットや友達から貰った歌のプレゼント―――いろんなシーンを思い出す中、奈々美はふと、姉に啖呵を切った時の事を思い出した。
 『俺だけなら我慢もするけど、蕾夏に難癖つけるのだけは許せない。あの分だと、木下さん以外が諭しても、多分意味ねぇよ』
 怒りを最大限抑えた声でそう言う瑞樹に、驚いて蕾夏の方を見ると、沙弥香が蕾夏に話しかけていた。おそらく嫌味を言われているのだろう、いつもの蕾夏とは違う不愉快さを辛うじて抑えているような笑顔に、奈々美の怒りは頂点に達してしまった。参列者のために―――というより、主役である和臣や奈々美のために事を荒立てないよう気を遣ってくれている瑞樹や蕾夏に心底申し訳なくなり、日頃ならできないほどの強気な態度がとれた。
 気分が良かった。
 でも―――どうしようもなく、寂しかった。
 常に1番だった姉。褒められる事、注目を集める事が当たり前だった姉。だから、目立たない奈々美が目立つ事が我慢ならなかったのだろうか? そう考えると、なんとも言えない寂しさを感じる。いくら気が合わないとはいえ、むしろ奈々美の方が避けている位だとはいえ―――血を分けた姉がそんな人間だとは、やっぱり思いたくない。
 苦い思いに引きずり込まれそうになった時、ケトルがピーッと音を立てた。慌てて火を止めたところに、玄関の呼び鈴が鳴った。
 「…誰だろ?」
 家族と会社の仲間位にしか、まだ新居の住所は知らせていない。和臣もそうだと聞いている。会社の仲間は、昨日和臣と奈々美が帰宅した後もかなり遅くまで飲み歩いた筈だし、新婚初日に押しかけるような事はしない筈だ。
 新聞の勧誘か何かだろうか。不審に思いつつも、奈々美は玄関へと急いだ。
 「―――はぁい?」
 少し警戒気味に言うと、思いがけない声が返ってきた。
 「…私よ」
 「え……っ」
 魚眼レンズを覗きこむと、その向こうに、沙弥香の気まずそうな顔があった。

***

 「カズ君」
 「…んー…?」
 ダブルベッドの中央に寝ている和臣の肩をゆすると、和臣は何とか目を開けた。奈々美がちゃんと着替えているのにすぐ気づき、慌てたような表情になった。
 「あ、ごめん。オレ、また眠っちゃったんだ?」
 「ん、それはいいの。あのね―――今、お姉ちゃんが来たの」
 「え!?」
 ギョッとしたように、和臣が飛び起きる。
 「沙弥香さんが来てるの!? き、着替えなくちゃ」
 「あ、違うの、着替えて出て欲しいんじゃなくて、その逆。カズ君はこのまま寝てて」
 「でも」
 「多分、2人きりの方がいいと思うから」
 そういうもんなの? という顔をする和臣に、奈々美は、大丈夫という風に微笑んでみせた。

 納得したらしい和臣を寝室に残し、奈々美は居間兼ダイニングに戻った。
 沙弥香は、ちょっと低めのダイニングテーブルの席につき、紅茶を飲んでいた。昨日の大胆に露出したドレスとは違い、今日は普通の明るい黄色のブラウスにブラウンのスカートという服装。パッと明るいイエロー系統の色は、沙弥香が昔から好きな色だった。
 「カズ君、昨日緊張しすぎてかなり疲れてるみたいだから、休んでもらってるの」
 「…そう」
 何か嫌味のひとつも返すかと警戒したが、沙弥香はあっさりそう返事し、またティーカップを口元に運んだ。
 昨日とはうって変わった様子に、奈々美も少々拍子抜けする。沙弥香の真向かいの席に腰を下ろし、少し冷め気味の自分の紅茶を一口飲んだ。
 「―――昨日は、悪かったわ」
 唐突に、沙弥香がそう切り出した。
 「謝って済む問題じゃないってわかってるけど、とにかく、謝らないと気が済まなくて、福岡に戻る前に寄ったの」
 「…お父さんかお母さんに、謝って来いって言われたんじゃないの」
 あの沙弥香が、自分の意思で謝罪に来るなんて思えなかった。抑揚のない声で思わずそう言うと、沙弥香はさっと顔を赤らめ、細い眉をつり上げた。
 「何よ、それ」
 「だって、お姉ちゃんが素直に“ごめんなさい”だなんて、信じらんない。今まで散々嫌味言われたり馬鹿にされたりしたけど、お姉ちゃん、一度だって謝ったことなんてないもの」
 自分でも、もうちょっと優しい態度をとったっていいんじゃないの、と少し思う。が、沙弥香に対しては、奈々美はどうしてもこういう態度しかとれない。勿論、容姿も成績も姉には敵わない、というコンプレックスもあるけれど、沙弥香は、事ある毎に、奈々美のそのコンプレックスを更に刺激してきたのだ。
 姉の元彼氏と交際する事になった時は「なに、またあんた、私のお下がりに甘んじてるの? 早くオリジナル見つけないとダメよ」と言われた。姉と同じ大学を受験すると言ったら「受験するのだってタダじゃないのよ。お父さんとお母さんに苦労かけないように、確実に受かるとこにした方が親孝行でしょ」と言われた。いちいち(かん)に障るような事ばかり言って、奈々美を苦しめる存在。それが沙弥香だった。優しい態度など、今更とれる筈もない。
 「―――誰に言われた訳でもないわよ。私の意思で謝りに来たんだから」
 むっとしたように口を尖らせてそう言う姉に、奈々美は冷ややかな視線を返した。
 「別にいいわよ。幸い他の招待客の人達は、お姉ちゃんが成田君にべたべたしようとして無視されてた事しか気づいてなかったみたいだから。お式は感動したしパーティーは楽しかったし、私は全然問題なし。だから、私じゃなくて成田君と藤井さんに謝って欲しい位よ」
 「……」
 「そんなに自分が主役じゃないパーティーが面白くなかったの? あんな態度とる位なら、お父さん達が何て言ってもいいから、出なきゃ良かったのに」
 「…そんなんじゃ、ないわよ」
 沙弥香は、そう言ってテーブルの上に組んだ手をぎゅっと固くした。
 「じゃあ、何なの」
 奈々美がそう問うと、沙弥香は少し震える手でティーカップを持ち、何かを抑えるみたいに落ち着かない様子で紅茶を一口飲んだ。そんな沙弥香は初めてで、奈々美も少し眉をひそめる。
 ティーカップを置いた沙弥香は、一瞬だけ奈々美の顔を窺い、また視線を下に向けた。そして、押し殺したような声で、呟くようにこう言った。
 「―――悔しかったのよ」
 「え?」
 「また、奈々美に負けるんだ。そう思ったら、どうしようもない位、悔しかったのよ」

 ―――私に、負ける? お姉ちゃんが?
 しかも、また、って…どういう意味? いつ私が、お姉ちゃんに勝ったっていうの?

 奈々美は、目を丸くして、目線を合わせようとしない沙弥香を凝視した。冗談や皮肉を言ってる訳ではないことは、沙弥香の様子を見ていればわかった。だから一層、訳がわからない。
 「私、お姉ちゃんに勝ったことなんて、一度もないじゃない?」
 正直な気持ちでそう言うと、沙弥香は顔を上げ、キッ、と奈々美を睨んだ。
 「冗談じゃないわよ! 物心ついてからずっと、私はあんたに負けてばっかりじゃないの! 一瞬勝ったって思ったって、最後は全部あんたが持ってっちゃうのよ!」
 「…そんな、こと…」
 「小さい頃から、あんたなんて大嫌いだった!」
 ズキン、と、胸が痛んだ。
 沙弥香が大嫌いだった。でも、面と向かってそう言った事は一度もなかったし、沙弥香からそう言われた事だってない。
 言われて初めて、その言葉がこの上ない凶器だと気づく。心臓に大きな穴があけられたような痛み―――奈々美は、大きな目を更に大きく見開き、沙弥香の半分泣きそうになったような顔を見つめ続けた。
 「確かにみんな、褒めてくれたわよ。美人だね、頭がいいね、よく出来るね、って言われて、私もその気になったわよ。小さい頃はそれで優越感に浸ったりもできたわよ。でも―――100点取っても1位を取っても、褒められて終わり。ただそれだけ…しかも、やればやるほど、“沙弥香は出来て当たり前”って目で見られるようになっちゃうのよ。毎回毎回、1位取れなかったらどうしよう、って私が怯えてた事、あんたは全然知らないでしょう?」
 「……」
 「褒めるだけで、全然関心を持ってもらえない―――それが私だったのよ。なのにあんたは、可愛いって褒めてもらえる上に、お父さんやお母さんの関心も独り占めしてたじゃないの。奈々美はあんなに勉強してるのに何故成績がいまひとつ上がらないんだろう、塾に通いたいなら言いなさい、無理して高い学校狙わないでもいいよ、って散々気を遣ってもらって、50番でも“よくやった”って褒められるじゃないの。私の進学で親があれこれ気をもんだ事なんて一度もなかった。受験の朝だっていつもと変わらなかった。沙弥香なら大丈夫、今回も楽勝よね、って…緊張して前の夜一睡もできなかった事も知らないで。なのに、奈々美の受験の時には、わざわざお守りまで買ってくるし、あんたが熟睡しててもお母さんの方が一睡もできないのよ。なんなのよ、この差は!」
 「…だ…だって…」
 うまく、頭が回らない。
 だって、あんまり、意外すぎて。
 奈々美自身、思っていた。“沙弥香は出来て当たり前だ”と。100点を取っても1位を取っても、お姉ちゃんだからね、と冷めた目で見ていた。努力しなくても100点取れる人はいいよね、と皮肉な目を向けていたのだ。その座から転落する事を恐れる立場の気持ちなんて、1位を取った事のない奈々美にわかる筈がなかった。
 両親は確かに奈々美を気にかけていたが、それは、奈々美が“いたらない娘”だからだと解釈していたし、事実そうだと思う。沙弥香のように出来るならばもっと気楽にしていられるだろうに、と、心配をする両親の姿を見るたびに申し訳なさまで感じていた。なんだか、出来ない事を責められているような気にまでなっていた。
 それが―――全く同じことなのに、沙弥香の目には、こんな風に映ってたなんて。
 「男だってそうよ。活発で明るいところが気に入った、なんて言って付き合った癖に、やっぱり女は控えめな方がいい、だなんて―――挙句の果てに私と別れて奈々美と付き合って、“奈々美ちゃん位の柔らかさがお前にもあればなぁ”なんて言うのよ!? 冗談じゃないわよ! 付き合うまでは美辞麗句で褒めまくる癖に、今更何言ってるのよ! あんな事言われる位なら、最初から大人しくて控えめな人間演じてやったわよ…どのみち、明るくて人気者な私なんて、全部演技なんだから。必死に明るいふりしてる私をよそに、あんたは普通にしてても“やっぱり奈々美ちゃんの方が可愛くて女らしい”なんて言われるのよ。ほんと、馬鹿らしくてやってらんないわよっ!」
 「お…姉ちゃん…」
 「だから、1位を取り続けることしか、頭になかった」
 感情が昂ぶりすぎたのか、沙弥香の目から涙がこぼれた。
 「奈々美がついて来れない所を歩くことしか頭になかった。絶対追いつかれないように、先に先にって―――私の28年間って、それしかなかった。いい会社に勤めて、最高の男見つけて、早く子供作って―――完全勝利した気になって、安心してた。安心しきったところに、あんたは涼しい顔して現れて、両親が絶対反対しないような最高の恋人を連れてきたのよ。仕事も最近楽しくなってきた、やりがいが見つけられた、なんて嬉しそうに報告するあんた見て、私がどんな気分味わってたか、あんたにわかる!? 最後は全部あんたが持っていく―――気にかけられて、心配されて、最後に勝つのはあんたなのよ!」
 激情を全て吐き出した沙弥香は、そう叫ぶと、テーブルに突っ伏して泣き出してしまった。―――肩を大きく震わせて、子供みたいに声をあげて。
 奈々美は、そんな沙弥香の姿を、呆然と見ていた。
 まるで、鏡に映った自分がそこにいるような錯覚を覚える。
 コンプレックスの塊で、相手には絶対敵わないという強烈な敗北感を覚え続けて―――憎しみに限りなく近いものを感じるほどに、相手に優しくなれなくて。だから余計、相手からも冷たくされて。
 相手と自分を比較する事でしか、自分の価値をはかれなかった―――奈々美だけではなく、沙弥香も。
 「…私…」
 まだうまく考えがまとまらない中、奈々美は無意識のうちに口を開いていた。
 沙弥香に告げるでもなく、自分に言い聞かせるでもなく、独り言のように。
 「私は…一度でいいから、“沙弥香より奈々美の方が可愛い”“沙弥香より奈々美の方ががんばってる”って、褒めてもらいたかった…」
 しゃくりあげながら、沙弥香がふらりと顔を上げた。
 「…でも、結局、一度も褒めてもらった事、ないよ?」
 「……」
 「だって、お姉ちゃんの方が綺麗だし、お姉ちゃんの方が成績がいいんだもの。結果で測れば、お姉ちゃんに軍配が上がるのは当たり前なんだもの。だから―――…ずっと私、お姉ちゃんが羨ましかった…」
 気づけば、奈々美も涙を零していた。
 何の涙だろう? 沙弥香に対する同情、そんなの違うという憤り、嫌われていたという事実に対するショック、嫌う事しかできなかった事への後悔―――いや、その、全てかもしれない。
 ただ、涙を流すと、なんだか少し痛みが和らぐ気がした。
 傷つけられた傷も、傷つけた傷も、少しだけ浄化されていく気がした。
 「―――ごめん…せっかくの奈々美の結婚式に、あんな顔しかできなくて…」
 「…うん」
 「本心で言ってるのよ…?」
 「うん…うん、わかる…」
 零れ落ちる涙を、手の甲で拭いながら、奈々美は何度も頷いた。
 「わかるよ―――今なら、ちゃんと、届く…。もう、いいよ…」

***

 半ば放心状態で座っていると、寝室のドアが開いて、すっかり着替えた和臣が出てきた。
 「…沙弥香さん、帰ったみたいだね」
 「―――うん」
 泣きすぎて真っ赤になった目を和臣に向けて、奈々美は微かに笑顔を見せた。
 「聞こえてた?」
 「あれだけ大きい声ならね。それに、部屋、小さいし」
 苦笑を返した和臣は、奈々美の隣に腰を下ろした。
 向かい側の沙弥香が座っていた席には、空になったティーカップが1客と、リボンと包装紙を解いた箱が1つ、置かれていた。箱の中には、凝った細工を施した写真立てが入っていた。
 「沙弥香さんから?」
 「うん。結婚祝いだって。福岡で買ったんだって」
 「…そっか…昨日もちゃんと、お祝いする気持ちはどこかにあったんだね」
 「―――なんか、ヘンな感じ」
 奈々美は、疲れたような顔のまま、少しだけ笑った。
 「あのお姉ちゃんが、私にコンプレックス持ってたなんて」
 「…誰にだって、コンプレックスはあると思うよ、オレ」
 「カズ君にもある?」
 「オレなんてコンプレックスの塊だよ」
 「ほんとに?」
 「…あのね」
 まるで秘密を打ち明けるみたいに、和臣は少し声を落とした。
 「成田って、どっか、武次にいちゃんに似てるんだ」
 奈々美は、その言葉に目を丸くした。
 勘当されている和臣の兄・武次には、金沢へ行った際、駅で少しの時間だけ会った。が、がっしりとした体格といい、大工のイメージそのままな職人風の顔立ちといい、瑞樹とは全く違うタイプだった。
 「どこが?」
 「誰にも何も言わずに、自分一人で全部解決しちゃうとこ」
 「…ああ…そういうところは、成田君もあるかもしれない」
 「強いんだ、武次にいちゃん。自分の力だけで、自分の考えた通りに道を切り拓くことができる大人なんだ。オレみたいにすぐ泣かないし、オロオロしないし、見た目と違って面倒見もいいし―――外見は対照的なんだけど、なんか、そういうところが、成田と時々だぶるんだ。オレ、成田のそういうとこが羨ましくて…前、藤井さんに言っちゃった事があるんだ」
 「何て?」
 「“オレ、成田と入れ替わりたい”って」
 和臣の目が、驚いたようにこちらを見ている奈々美の目を見返した。苦笑を滲ませながら。
 「そしたら、藤井さん、言ってた―――“入れ替わったら、カズ君の魅力がなくなっちゃうからダメだ”って。放っておけないような、母性本能くすぐるようなとこが、オレの魅力なんだってさ。…それって、オレが情けない男だって言われてるようなもんなんだけど―――なんか、そういうもんなのかな、って思えた」
 「……」
 「自分がコンプレックスと思ってるところって、他人から見たらそれが魅力だったりするのかな、って―――そう思ったら、ちょっとダメな自分でもいいや、って思えた。無理に大人のフリしなくてもいいや、って」
 「…じゃあ、私の魅力って、何?」
 何故か急に、聞いてみたくなった。
 奈々美が、問いかけるような目でそう言うと、和臣はクスリと笑って、奈々美のふわふわの頭を撫でた。
 「いつも自分に自信がなさそうに怯えてるけど、勇気持って1歩踏み出した時の笑顔が、滅茶苦茶可愛いところ」
 思わず、顔が熱くなった。
 「そういう笑顔がいっぱいいっぱい見たいから、一生そばにいて見ていこうって思ったんだよ、オレ」
 「…カズ君…」
 「ほら、今も」
 和臣が、少し嬉しそうな笑顔を見せた。それで初めて、今、自分が笑顔になりかけていることに、奈々美は気がついた。

 沙弥香と完全に仲直りできた訳ではないけれど―――長い間、抱えてきた何かを、1つクリアできた気がする。
 和臣の笑顔にそれを実感できて、奈々美はやっと、心からの笑顔を見せることができた。


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