Psychedelic Note | size: M / L / under800x600 | |
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客先からの帰り、量販店で会社で使うOAクリーナーを物色していた蕾夏は、ふと見覚えのある背中を見た気がして、視線をソフトウェアコーナーに移した。
商品棚を厳しい顔でチェックしつつ、何事かをメモしていたその男は、用事が済んだのか手帳を内ポケットにしまって、鞄を持ち上げたところだった。
「久保田さん!」
蕾夏が声をかけると、久保田は驚いたように振り返った。スーツ姿の蕾夏を見つけ、目を丸くする。
「藤井さん? 偶然だなぁ。客先回り?」
「うん。久保田さんもお仕事?」
「見てのとおり。ボーナス商戦も近いからね。いろいろリサーチが大変だよ」
「パッケージ販売も大変ですねぇ…」
「時間あるなら、喫茶店でも入ろうか。ちょうど喉渇いてたところなんだ」
そう言われ、蕾夏は腕時計を確認した。真っ直ぐ帰れば、まだまだ仕事が十分できる時間。でも、久保田と差し向かいで話す機会など滅多にないだろう。
「堂々とサボったこと、瑞樹には内緒にしといて下さいね」
ニッと笑ってそう言うと、久保田も共犯者の笑いでそれに応えた。
***
「いろいろと噂があるけど、実際どうなのかな、と思ってね」
「え?」
「瑞樹が“取引先の女に手を出した”だとか、なんとか」
コーヒーカップを持ち上げかけた蕾夏の手が止まる。目を上げた蕾夏は、訝しげな顔を久保田に向けた。
「…何? それ」
「前にうちに仕事しに来たらしいじゃない、藤井さん。その時の噂、うちの会社じゃまだ引きずってるんだ」
「―――そんなの、もう3週間も前じゃない…執念深いなぁ、女の子って」
眉根を寄せて、蕾夏はコーヒーカップに口をつけた。その表情からは、動揺は感じ取れない。困りますねぇ、というムードだけは醸し出しているが、本音は読み取れない。
―――こういうところが、瑞樹と似てるんだよなぁ。この子。
「で? 真相はどう?」
「どうかなぁ…。久保田さんと佳那子さんも教えてくれないから、私も秘密にしとこっかなぁ」
―――でもって、こういう切り返しも似てるんだよな。
やり難いなぁ、という顔で、コーヒーカップを口に運ぶ久保田を見て、蕾夏はクスリと小さく笑った。
「…というのは嘘で、ただの噂だから、久保田さんもヘンな噂は一掃しといて下さいね」
「噂なんだ?」
「うちの会社、久保田さんとこの“取引先”じゃないし、別に手を出されてないし」
…なるほど。そうきましたか。
にっこり、と微笑む蕾夏に、こりゃ信用されてないな、と思った久保田は、諦めてコーヒーをすすった。
考えてみれば、瑞樹とセットになっていない蕾夏に
瑞樹と一緒にいる蕾夏は、瑞樹との共通項を見つけるのが難しい。久保田や佳那子を軽くからかってみせる機知はよく似ているが、それ以外では対照的な印象ばかり目立つ。
けれど―――1人きりでいる蕾夏は、どことなく、瑞樹とイメージが重なる。
会話が途切れた時にふっと見せる、外部をシャットアウトするような気配。本心を掴みかけたと思った矢先、スルリとかわして逃げてしまうような、手の届かない感じ。無愛想な瑞樹と常に笑顔の蕾夏なのに、そういった気配は驚くほど似ている。
対照的だから、惹かれる―――似ているから、惹かれる。世間一般でよく言われる法則。ならば、瑞樹と蕾夏の場合は、どちらになるのだろう? 人間ウォッチングを趣味とする久保田にとって、結構興味深い題材かもしれない。
「でも―――正直、あそこまで瑞樹がモテるとは思ってなかったかも」
サービスでついてきたナッツの袋を破きながら、蕾夏がちょっと不思議そうに言った。
「あそこまで、って?」
「打ち合わせ行った時、廊下に女の子が鈴なりになってたから。視線が痛い痛い―――帰りに無事に帰れるか心配だった位。なんか、不思議だよなぁ…大抵の女の子は、カズ君みたいな芸能人タイプが好きなんだと思ってたから」
「ああ、まぁね。カズもモテるよ。ただし、本当にテレビアイドルみたいな扱いだけど。瑞樹の場合は―――」
久保田は何か言いかいけたが、蕾夏の目を見た途端、口をつぐんでしまった。
「瑞樹の場合は?」
「…いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」
―――この子に理解できるとは思えないよなぁ。カズは“可愛がりたいタイプ”で、瑞樹は“抱かれたいタイプ”だ、なんていう説明しても。
きまりが悪そうに咳払いし、久保田は焦ったようにコーヒーを飲み続けた。
「久保田さんって、瑞樹と同じ大学だったんだよね」
「そう。学部は違ってたけど、同じ教授の講座をたまたま取っててね。研究室でたまーに顔合わせたりしてた」
「大学時代の瑞樹って、どんな風だった?」
自分の知らない瑞樹、というものに興味があるのだろうか。蕾夏は頬杖をついて、少し身を乗り出すようにして訊ねてきた。
「そうだなぁ…とにかく、印象的な奴だったよ」
「印象的?」
「
「ふーん…友達も恋人も、いらない、かぁ…」
「あいつ、欲しいもん無い奴だからな。物に限らず、人間も。写真と映画以外に欲見せたところなんて、一度も見たことないよ」
「…そうなんだ」
蕾夏の笑顔のポーカーフェイスが、僅かにほころびを見せた。少し落ち着かないように、視線を逸らしている。
今の話の何に動揺したのだろう? 不思議に思って、久保田がちょっと探りを入れようかと思ったら、
「ね。久保田さんは、どういうきっかけで、瑞樹と友達になったの?」
と、いきなり切り返された。
いきなり、攻守逆転。ぐっ、と、久保田は言葉につまった。
「え―――…な、なに? なんでそんなに固まるの?」
まさかそんな質問で久保田が固まってしまうとは予想していなかった蕾夏は、困ったような顔をしている久保田の様子に慌てた。
「―――いや、なんというか…俺と瑞樹の出会い方、ちょっと特殊だからなぁ…」
気を落ち着かせるように、水を半分位一気に飲むと、久保田は息をついた。
「…俺にとっては、いまいち格好悪い出会い方だから、あんまり話さないようにしてるんだよ」
「は?」
蕾夏の目が、キョトン、と丸くなった。
***
教授に頼まれた本を研究室まで持って行った久保田は、無人の筈の研究室に人の気配を感じて、眉をひそめた。
一応、ノックして、ドアを開ける。
室内をぐるりと見渡したら、教授は当然不在で、そのかわり、来客用のソファに人が寝ていた。
いや、寝転がっていた訳ではない。ソファに沈み込むように座って、頭をがくんと前に倒して眠っている。洗いざらしのダンガリーシャツをいかにも「適当に羽織ってきました」という感じで羽織った彼は、胸に抱きかかえたデイパックを枕がわりにしているらしい。
―――すげー心臓。仮にも大学教授の研究室で…しかも来客用のソファで、堂々居眠りかよ。
何者だよこいつ、と思いつつ、久保田は本をローテーブルの上に置いた。その時に腰を屈めたため、俯いている彼の顔を偶然覗き込む形になった。
無邪気とも思えるその寝顔には、見覚えがあった。
―――こいつ、1年の成田じゃねぇか。
眠っていると随分印象が違うが、それは間違いなく、この春入学してきた1年生の、成田瑞樹だった。
久保田はこれまでにも、何度かこの研究室で瑞樹の顔を見ていた。でも、名前まで知っているのは、同じ教授の講座をとっているからではない。もっと、私的な事情からだ。
久保田が、この5月まで付き合っていた彼女。その彼女と別れた理由が、この成田瑞樹なのだ。
“ごめん、久保田君。あたし、どーしても成田君がいいのっ”の一言で、久保田と彼女は別れてしまった。といっても、彼女の一方的な片思いだったらしく、別れて1ヶ月経った今では、彼女は“成田君”を諦め、他の男と付き合っている。結局、女性関係にはいまいち疎い方だった久保田が、女の変わり身の早さを学ぶきっかけになった人物、それが、成田瑞樹だった。
起こした方がいいんだろうか、と、熟睡している瑞樹を見下ろしたが、まぁ放っておいても問題ないか、と結論づけ、久保田は研究室を出て行こうとした。
だが。
「成田ーっ! 1年の成田、そこにいるか!?」
久保田を突き飛ばす勢いで、やたら体の大きな男が、研究室に乱入した。イノシシが突進するみたいな勢いに、久保田も思わず道を譲ってしまう。
「やっぱりここにいたんだな!? この野郎、起きろっ!」
短髪に白いTシャツといういかにも体育会系なその男は、眠っている瑞樹を見つけた途端、起こすというステップをすっとばして、いきなり瑞樹のシャツの襟ぐりを掴んで立ち上がらせた。おい、乱暴はよせ、と声をかけようとした久保田も、その剣幕のすさまじさに唖然とし、声をかけられない。
当の瑞樹は、迷惑そうに眉を顰めながら、辛うじて目を開けた。自分の胸倉を掴んでやたら興奮している大男の顔を、前髪の隙間から細めた目で確認し、暫し後、やっと口を開いた。
「…誰、あんた」
「名前は知らなくても、柔道部のキャプテンだって言えば知ってるだろう!? おい、よくも1年生の分際で、人の女に手ぇ出したな! え!?」
唾を飛ばすような勢いでまくしたてる柔道部キャプテンの顔を、瑞樹はまた暫く眉を顰めて眺めた。やっと開いた口から出たのは、まだ眠さを引きずった感じの声だった。
「…何かの勘違いなんじゃねぇの」
「なんだとコラァっ!!!」
「お、おいおいおい、やめろって!」
殴りかかろうとした男の拳を、久保田が飛び出していって、慌てて掴んだ。さすが柔道部キャプテン。ずっと空手をやっていた久保田でも、本気で止めないと止まらない力だ。
「ミカだよ、ミカっ! 3年生の! お前、自分が手ぇ出した女の名前も覚えてねーのかっ!?」
3年生のミカ? ああ、あれね。チアリーダーやってる、ショートヘアーの美人。
と久保田がわかってもしょうがない。瑞樹の方は、耳元で繰り返される大声にますます眉を顰めるばかりで、3年生のミカには覚えがない様子だ。
「やっぱり、何かの勘違いだろ」
「んな訳あるかっ! ミカ自身が言ってるんだよ、1年生の成田に乗り換えるってっ!」
「…ああ、なんだ、そういうこと」
ひたすら眠そうだった瑞樹の声が、急激に不機嫌さを帯びる。今の言葉で、裏事情を理解したらしい。
久保田も理解した。いや、瑞樹以上に、裏事情をしっかり理解した。
瑞樹は実際、ミカの顔を覚えていないだろう。下手すると、ミカと喋った事すらないかもしれない。
―――ようするにこの柔道部のキャプテン、1ヶ月前の俺と同じ状況な訳だ。
…ちょっと…同情するなぁ…。
「とにかく、表に出ろコラ」
「っとととと、や、やめろって」
少し同情したところで、拳を押さえていた手を振り払われてしまった。慌てる久保田をよそに、胸倉を掴まれたままの瑞樹は、妙に冷静な目で男を見上げる。それどころか、妙な提案までしだした。
「表じゃなく、屋上にしたら」
「屋上?」
「のびてるとこ、人前に晒す訳にはいかねーし」
「おう。上等だ。屋上まで来い。逃げるなよ」
瑞樹が逃げないと確信したのか、柔道部キャプテンは瑞樹を放し、先に立って研究室を出て行った。
―――おいおい、そりゃまずいだろ。格闘技やってる奴が暴力沙汰起こしたら、公式大会なんか出場停止になるぞ? わかってんのか、あいつ。
第一、瑞樹とあの男では、全然体格に差がありすぎる。これは止めないとまずいな、と後を追おうとした久保田に、突然、黒とグレーのツートーンのデイパックが突きつけられた。
「悪いけど、これ、預かって」
「え?」
キョトンとする久保田に、瑞樹は再度、手にした自分の荷物を押し付けた。
「命より大事なもん入ってるから。絶対落とすなよ」
「…おう。任せとけ」
思わずそう答え、その命より大事な荷物を抱きかかえてしまった。瑞樹はそれを見てニッ、と笑うと、悠然と研究室を後にした。
たっぷり5分、久保田は、デイパックを抱えたまま、研究室のど真ん中で立ち尽くしていた。
―――なんかよくわからないが、命より大事なものを、初対面の奴に託されてしまった。
信用できそうな奴、とでも思われたのか、世話をやかずにいられない性格を見抜かれたのか、そのあたりは微妙だ。
止めに行けば、荷物をそこら辺にほっぽり出して仲裁に入る羽目になる。さっき見た不機嫌そうな顔が「落とすなっつっただろーがっ!」と怒鳴るのが目に見えるようだが―――でも、やっぱり、止めないとまずい気がする。
意を決して、久保田は、デイパックをしっかり抱えたまま、屋上へ向かった。
研究室を出、長い長い廊下をひたすら走る。突き当りの階段を4階まで一気に駆け上がると、最近不摂生気味なのがたたったのか、早くも息があがってしまった。
あとは、屋上まで続く階段十数段だけ。そう思った時。
「なんだ。追っかけてきたのか」
階段の最上段から聞き覚えのある声がして、久保田は驚いて顔を上げた。
ちょうど屋上から戻ってきた瑞樹が、そこに立っていた。
瑞樹は、久保田が心配したほどの怪我は負っていなかった。口の端に1発殴られたような痕はあるが、それだけだ。もっと酷い制裁が加えられるんじゃないかと危ぶんでいた久保田は、少し安心した。でも、顔以外を殴られている可能性もある。
「大丈夫か?」
一応そう訊ねると、階段を下りてきた瑞樹は、口の端の傷にちょっと顔を歪めながらも、
「ああ、大丈夫」
と答えた。
だが、それに続く言葉は、全くの予想外だった。
「暫く意識戻らないと思うけど、死んではいないから」
「―――は!?」
―――大丈夫、って…お前じゃなくて、あっちの方かよ!?
「あ、荷物、サンキュ」
呆気にとられる久保田の腕から、瑞樹はデイパックを受け取った。軽く中身を確認し、異常がないことに安心したのか、少し表情を和らげる。
「…命より大事なもの、って、何が入ってるんだ?」
どうでもいい事なのに、何故かそんな質問をしてしまう自分が不思議だ。荷物より、多分屋上でのびてるであろう柔道部キャプテンの心配をした方がいいのに。
「ライカ」
「らいか?」
「この前因縁つけられた時、危うく壊されそうになったからな。オーバーホールしたばっかだから、傷なんてつけたくないし」
カメラに疎い久保田は、ライカと言われてもオーバーホールと言われても、それがカメラの話だとはわからなかった。らいか、って何だ? と訊くべきなのに、口にした疑問は、全然別の事だった。
「それだけ大切なもん、なんで初対面の俺に託したんだ?」
久保田がそう訊ねると、デイパックを肩にかけた瑞樹は、ふっと笑った。
「言いつけに忠実そうな顔してたから」
***
「…そこまで笑う事ないだろう?」
「ご…ごめん、瑞樹らしいなーと思って」
笑い声こそ抑えているものの、全身笑いで震えているので、蕾夏が指を添えているコーヒーカップがカタカタ音をたてる。ゲラゲラ笑われる以上に屈辱的だ。久保田は眉間に皺を寄せると、自棄になったように残りのコーヒーを飲み干した。
「最悪な思い出だよ。瑞樹は、因縁つけてきた奴を叩きのめして気分がいいだろうけど、俺は“忠実そうな顔”してたせいで、あいつの荷物番だからなぁ…。嘘でもいいから“信用できそうだったから”位の事、言えばいいのに」
「瑞樹は、そう思ってると思うよ、本当に。ただ、表現がちょっとひねくれてるだけで…あー、おかしー」
まだ笑っている蕾夏がそうフォローを入れたが、ふと表情を曇らせて、笑うのをやめた。
「…あの、で、そのキャプテンさんは、大丈夫だったの?」
「ん? ああ、全然。俺もズタボロになってるの予想して怖々見に行ったけど、外傷ゼロ。確かに暫く目を覚まさなかったけどな。多分、護身術の一種じゃないか? 瑞樹、子供の頃から絡まれる事が多かったらしいから、長年の経験で効率のいい喧嘩の仕方を覚えたんだろ。何をどうやったのかは“企業秘密”の一言で済まされたから、教えてもらってないけどな」
「…そっか。良かった」
心底ほっとしたような顔をする蕾夏に、よほどバイオレンスが苦手なんだな、と察する。が、キャプテンがズタボロにならなかった事に安堵してるのか、瑞樹が暴力に訴えた訳ではない事に安堵してるのかは、ちょっと見極められなかった。
「でもさ、久保田さん」
「ん?」
「そんなに最悪な思い出なのに、なんで瑞樹の友達になったの?」
頬杖をついた蕾夏が、少し首を傾げるような仕草をしながら、そう訊ねる。
至極シンプルな蕾夏のその質問に、久保田は、なんの答えも浮かばなくて、言葉につまった。
―――そういえば、なんでだろう?
***
会社に戻ると、定時過ぎの休憩なのか、ミーティングテーブルの所で瑞樹と和臣が向かい合わせでコーヒーを飲んでいた。
「あ、久保田さん、お帰りなさーい」
「…おう。ただいま」
「部長の大阪土産が、机の上にありますからね」
機嫌よく言う和臣の向こうで、瑞樹は何かの書類に目を落としていた。蕾夏の質問がまた頭の中に甦ってきて、久保田はつい、瑞樹の俯いてる横顔をじっと凝視してしまった。
その視線に気づいたのだろうか。ふいに、瑞樹が目を上げた。
「なに」
「え」
「なに、見惚れてるんだよ、気色悪い」
見惚れてるとはまた、誤解を受けそうな単語だ。むっとした久保田は、つい本音を口にしてしまった。
「…いや。なんで俺、お前と友達になったんだろうな、と思って」
それを聞いた瑞樹は、大学1年生の時と同じように、ふっと笑った。
「俺、あんたの友達だったんだ? 知らなかった」
―――友達、辞めたくなるぞ、本気で。
ひねくれ者の瑞樹らしい表現とはわかっているものの、時に瑞樹の悪魔ぶりは少々キツ過ぎる。
こと、瑞樹に関してだけは、無敵の久保田もセオリー通りにはいかない。そういう、久保田の範疇外な存在に、確かに「見惚れている」のかもしれない―――ふとそんな気がしたが、悔しいので口には出さなかった。
***
『今日話してよくわかった。瑞樹と久保田さんの関係』
「え?」
『SMの関係だな、って』
危うく、手にしたカクテルバーの瓶を落としそうになった。
「…お前、
『だって、ちょうどピッタリな表現なんだもん。瑞樹、久保田さん苛めるの好きじゃない。久保田さんも、瑞樹がかまうと大抵怒ってるけど、あれって内心喜んでるよ? 絶対』
「…そのセリフの方が、よっぽどいじめだぞ、隼雄にとっては」
楽しげな蕾夏の声に、瑞樹は苦虫を噛み潰したような表情でカクテルバーの蓋を
『でもね。なんか、凄く安心した』
楽しげだった蕾夏の声が、穏やかな表情に変わる。それに伴って蕾夏の実際の表情がどう変わったか、瑞樹にはなんとなく想像がつく。
『瑞樹のこと話す久保田さん見てて、あー、この人、瑞樹のこと、凄く好きなんだな、ってわかったから』
「…ふーん…」
『瑞樹には、久保田さんもいるから、大丈夫だなって思えた。…いいよね。いい友達が、毎日、身近にいて』
くすぐったくなるような言葉。いつもの瑞樹なら、絶対肯定なんてしない。なのに。
「―――まぁな」
つい、そんなストレートな言葉を返してしまった。
感じてしまったから。蕾夏の気持ちを。
蕾夏は、瑞樹が抱えているものが瑞樹を侵食してしまわないか、それを心配している。この前、その一端を見てしまったから、特に。すぐにいつもの瑞樹に戻れたとはいえ、瑞樹の奥底にそれが沈み続けている事は、同じように過去を抱え込んでる蕾夏だからこそ、痛いほど理解しているだろう。
瑞樹のそばに、久保田のような友人がいてくれて良かった―――瑞樹が、一人きりじゃなくて、良かった。
そんな、声にならない声が、携帯電話を通して、伝わってきたから。
ひねくれ者の瑞樹の、範疇外な存在。彼女のまっすぐさにつられて、自分までまっすぐになってしまう―――そんな力を持った存在。
どうも蕾夏の前では、本音を隠すのが下手になる。そんな自分に苦笑しながらも、そういう自分も悪くはないな、と瑞樹は少しだけ思った。
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